海の家での買い物を終え、俺は両肘からレジ袋を提げながら砂浜を歩いていた。目的地は、ザラメとデウスの待つ場所だ。
「美味しい……」
呟きながら、隣でコスズがいそいそとかき氷を食っている。
相当嬉しいのか、耳を澄ますとハミングも聞こえてくる。
「ありがとう、郡……」
「礼なら良いって、お代は利子付きで
無数に刻まれる、大小様々な足跡。
大人も子どもも入り乱れる、雑然としたビーチ。
だいたいの場所は分かるが、ここまで人が多いと探すのも骨が折れそうだ。
「目印かなんかあればいいんだが……あ」
思わず足がピタリと止まる。
恐らくだが、俺の目はさぞまん丸になっていたことだろう。
それもそのはず。「これが目印です!」と言わんばかりに、緑色の火の玉が乱舞していたのだから。
日中、しかも距離があるにも関わらず、ビーチボールの飛び交うコートでやたらと目立つ炎。
俺の希望を汲んでくれたのだろうか。いやいや、あいつがそこまで考えるわけねぇよな。
俺の手ぐらいのまん丸な火の玉は、真っ直ぐ昇ったかと思えば、ネットすれすれを豪速で通り砂浜に落ちる。
俺はまずありったけのため息をつき、炎をアタックした主に詰め寄った。
「今度は何やってんだよ」
「ザラメちゃん☆ファイアの特訓です! アタックして、砂浜に書いたポイントをゲットするんです」
次の球を両手で挟むように浮かべながら、ザラメは言った。コートの外にはまた観客が湧いてるし。
次のサーブをすべく構えるザラメに、今度はコスズが尋ねる。練乳の馴染んだ氷を頬張りながら。
「デウス様は……?」
「ああ、デウスさんなら」
ザラメに倣い、海と反対方向を振り向く。
ここから少し離れたパラソルの影の中で、砂が山のように盛り上がっていた。
大方予想はつくが、確認のために山を覗き込む。
「なんという幸せ……」
案の定、デウスが砂の山から顔を出していた。胴から下をすっぽり覆われ、1人愉悦に浸っている。
「砂風呂か」
「違うぞ青年」
俺の言葉に異を唱えたデウスは、心底嬉しそうに続ける。
「ザラメの、砂風呂だよ」
「は?」
「ザラメが、私のために施してくれたのだよ。なんと地脈までコーティングしてくれてな。羨ましいだろう?」
「全然」
悩むまでもない。羨ましいわけがない。
一応ザラメにも真相を聞いてみる。
「デウスはこう言ってるが、ホントなのか?」
「はい。……デウスさんがザラメちゃん☆ファイアに当たりに行って特訓どころじゃなかったので」
あー、納得。
答えるザラメの目には諦念が滲んでいた。死んでるけど、言うなれば目が死んでる。ご愁傷様だな。
「っと、そろそろ休憩するぞ」
「ほぇ?」
「昼飯買ってきたんだよ。海の家は混んでるし、こっちで食うぞ」
俺がレジ袋を見せるように肘をあげると、
「おおっ!!」
「おおっ……!」
ザラメが目を輝かせ、コスズも真似をするように感嘆の声を出した。
お前は買ってるの見てただろ。
――――
焼きそば、たこ焼き、それからおにぎり。
パラソルの影がかかるテーブルには4人分の紙皿とが置かれ、そこに料理が盛られている。
「ほくほく……」
「たまには外で食べるのも、良いものだな」
コスズもデウスも、楽しそうだ。
「すっごくシャリシャリします!! それにこのブルーハワイの色、すっごく綺麗……!」
ザラメはかき氷が気に入ったらしい。カップを持ち上げ、シロップで彩られた氷を日向にかざす。
太陽に照らされた青い氷が、キラキラと宝石のように輝いている。
「全部食べるの、勿体ないなぁ」
「凍らせるの、できる……また作れる……」
「そうでしたね、コスズちゃん」
笑いかけるザラメだったが、考えるように間を置いたのち、
「でも、良いんです」
申し訳なさそうに首を横に振った。
「このかき氷は、1度きり。だから好きなんです」
溶け始め、少し水を帯びたかき氷にザラメは微笑んだ。
「1度きりだから、好き……か」
俺の向かい側に座るデウスも、伏し目になってしみじみと呟く。
こいつのことだから、ザラメの言葉に感動でもしてるんだろうが。
口に入れたかき氷が、頭をキンと唸らせる。
――このかき氷は、1度きり。
ザラメがそんな哲学じみたことを言うとは思わなかった。
口の中で氷が体温に馴染み、食感が消えていく。
隣にはいつもと変わらないザラメがいるのに、どうしてか馴染まない。
ザラメがザラメと思えない――人でも、キョンシーでもないような、そんな不思議な目をしていて。
頭が違和を告げていたから。
「とっとと食っちまえよ。溶けたら食感も見栄えも無くなっちまうんだし」
「はーい」
そう、俺は駆り立てていた。
俺の言葉を素直に聞き入れ、再びかき氷をゴリゴリと噛むザラメ。キョンシーだから、頭が痛くならないようだ。
「さて、食べ終わったら特訓再開です!」
かと思えば、意気揚々と告げる忙しい女。
「まだやんのかよ」
「勿論です! カボチャもまだまだ一杯ありますからね」
そう言って、ザラメは背中を丸めて椅子の下に手を伸ばす。
指先が触れたのは、クーラーボックスだった。この中に、ザラメが愛情を注ぐカボチャどもが収まっている。腐らないよう、さっき入れておいたのだ。
「かぼちゃんにパンジィ、それからそれから……」
「全部に名前つけてんのかよ、お前」
これから特訓で使うってのに。多分帰らぬカボチャになるってのに。
そんなことを考える俺を後目に、ザラメはボックスの蓋を開ける。
「良いじゃないですかぁ〜。それに、地脈も回復しましたし、今度こそ大丈夫なはずです!」
「ほんとかぁ? もし腐らせたら、責任持ってお前が全部食えよ」
「勿論です、というか腐らせないので! …………あれ?」
不自然な間と不安げな疑問符に、胸を糸で引っ張られるような奇妙な心地を覚える。
吸い寄せられるように蓋を持ち上げたまま、ザラメが固まっている。
口をぽっかりと開けたまま、瞬きも忘れて。
「どうしたのかね、ザラメ」
デウスも違和感に気づいたのだろう。
焼きそばをすするコスズの横で食べる手を止め、訝し気に尋ねる。
ザラメはこっちを見ることなく、言葉を漏らす。
状況を飲み込みきれていないのか、声は抑揚を失っていた。
「カボチャが…………無くなってます……」
「は?」
見ると、緑の重厚感ある塊がきれいさっぱり消えていて。
空っぽのボックスから流れる冷気が、足元に絡みつくのを感じた。