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第39話 ブレイク、唯一無二なる昼飯を

 海の家での買い物を終え、俺は両肘からレジ袋を提げながら砂浜を歩いていた。目的地は、ザラメとデウスの待つ場所だ。 


「美味しい……」


 呟きながら、隣でコスズがいそいそとかき氷を食っている。

 相当嬉しいのか、耳を澄ますとハミングも聞こえてくる。


「ありがとう、郡……」

「礼なら良いって、お代は利子付きで保護者デウスに請求するし。にしても、どこにいるんだ? あいつら」


 無数に刻まれる、大小様々な足跡。

 大人も子どもも入り乱れる、雑然としたビーチ。

 だいたいの場所は分かるが、ここまで人が多いと探すのも骨が折れそうだ。


「目印かなんかあればいいんだが……あ」


 思わず足がピタリと止まる。

 恐らくだが、俺の目はさぞまん丸になっていたことだろう。


 それもそのはず。「これが目印です!」と言わんばかりに、緑色の火の玉が乱舞していたのだから。

 日中、しかも距離があるにも関わらず、ビーチボールの飛び交うコートでやたらと目立つ炎。

 俺の希望を汲んでくれたのだろうか。いやいや、あいつがそこまで考えるわけねぇよな。

 俺の手ぐらいのまん丸な火の玉は、真っ直ぐ昇ったかと思えば、ネットすれすれを豪速で通り砂浜に落ちる。


 俺はまずありったけのため息をつき、炎をアタックした主に詰め寄った。


「今度は何やってんだよ」

「ザラメちゃん☆ファイアの特訓です! アタックして、砂浜に書いたポイントをゲットするんです」


 次の球を両手で挟むように浮かべながら、ザラメは言った。コートの外にはまた観客が湧いてるし。

 次のサーブをすべく構えるザラメに、今度はコスズが尋ねる。練乳の馴染んだ氷を頬張りながら。


「デウス様は……?」

「ああ、デウスさんなら」


 ザラメに倣い、海と反対方向を振り向く。

 ここから少し離れたパラソルの影の中で、砂が山のように盛り上がっていた。

 大方予想はつくが、確認のために山を覗き込む。


「なんという幸せ……」


 案の定、デウスが砂の山から顔を出していた。胴から下をすっぽり覆われ、1人愉悦に浸っている。


「砂風呂か」

「違うぞ青年」


 俺の言葉に異を唱えたデウスは、心底嬉しそうに続ける。


「ザラメの、砂風呂だよ」

「は?」

「ザラメが、私のために施してくれたのだよ。なんと地脈までコーティングしてくれてな。羨ましいだろう?」

「全然」


 悩むまでもない。羨ましいわけがない。

 一応ザラメにも真相を聞いてみる。


「デウスはこう言ってるが、ホントなのか?」

「はい。……デウスさんがザラメちゃん☆ファイアに当たりに行って特訓どころじゃなかったので」


 あー、納得。

 答えるザラメの目には諦念が滲んでいた。死んでるけど、言うなれば目が死んでる。ご愁傷様だな。


「っと、そろそろ休憩するぞ」

「ほぇ?」

「昼飯買ってきたんだよ。海の家は混んでるし、こっちで食うぞ」


 俺がレジ袋を見せるように肘をあげると、


「おおっ!!」

「おおっ……!」


 ザラメが目を輝かせ、コスズも真似をするように感嘆の声を出した。

 お前は買ってるの見てただろ。




 ――――


 焼きそば、たこ焼き、それからおにぎり。

 パラソルの影がかかるテーブルには4人分の紙皿とが置かれ、そこに料理が盛られている。


「ほくほく……」

「たまには外で食べるのも、良いものだな」


 コスズもデウスも、楽しそうだ。


「すっごくシャリシャリします!! それにこのブルーハワイの色、すっごく綺麗……!」


 ザラメはかき氷が気に入ったらしい。カップを持ち上げ、シロップで彩られた氷を日向にかざす。

 太陽に照らされた青い氷が、キラキラと宝石のように輝いている。


「全部食べるの、勿体ないなぁ」

「凍らせるの、できる……また作れる……」

「そうでしたね、コスズちゃん」


 笑いかけるザラメだったが、考えるように間を置いたのち、


「でも、良いんです」


 申し訳なさそうに首を横に振った。


「このかき氷は、1度きり。だから好きなんです」


 溶け始め、少し水を帯びたかき氷にザラメは微笑んだ。


「1度きりだから、好き……か」


 俺の向かい側に座るデウスも、伏し目になってしみじみと呟く。

 こいつのことだから、ザラメの言葉に感動でもしてるんだろうが。


 口に入れたかき氷が、頭をキンと唸らせる。


 ――このかき氷は、1度きり。

 ザラメがそんな哲学じみたことを言うとは思わなかった。


 口の中で氷が体温に馴染み、食感が消えていく。

 隣にはいつもと変わらないザラメがいるのに、どうしてか馴染まない。

 ザラメがザラメと思えない――人でも、キョンシーでもないような、そんな不思議な目をしていて。

 頭が違和を告げていたから。


「とっとと食っちまえよ。溶けたら食感も見栄えも無くなっちまうんだし」

「はーい」


 そう、俺は駆り立てていた。

 俺の言葉を素直に聞き入れ、再びかき氷をゴリゴリと噛むザラメ。キョンシーだから、頭が痛くならないようだ。


「さて、食べ終わったら特訓再開です!」


 かと思えば、意気揚々と告げる忙しい女。


「まだやんのかよ」

「勿論です! カボチャもまだまだ一杯ありますからね」


 そう言って、ザラメは背中を丸めて椅子の下に手を伸ばす。

 指先が触れたのは、クーラーボックスだった。この中に、ザラメが愛情を注ぐカボチャどもが収まっている。腐らないよう、さっき入れておいたのだ。


「かぼちゃんにパンジィ、それからそれから……」

「全部に名前つけてんのかよ、お前」


 これから特訓で使うってのに。多分帰らぬカボチャになるってのに。

 そんなことを考える俺を後目に、ザラメはボックスの蓋を開ける。


「良いじゃないですかぁ〜。それに、地脈も回復しましたし、今度こそ大丈夫なはずです!」

「ほんとかぁ? もし腐らせたら、責任持ってお前が全部食えよ」

「勿論です、というか腐らせないので! …………あれ?」


 不自然な間と不安げな疑問符に、胸を糸で引っ張られるような奇妙な心地を覚える。

 吸い寄せられるように蓋を持ち上げたまま、ザラメが固まっている。

 口をぽっかりと開けたまま、瞬きも忘れて。


「どうしたのかね、ザラメ」


 デウスも違和感に気づいたのだろう。

 焼きそばをすするコスズの横で食べる手を止め、訝し気に尋ねる。

 ザラメはこっちを見ることなく、言葉を漏らす。

 状況を飲み込みきれていないのか、声は抑揚を失っていた。


「カボチャが…………無くなってます……」

「は?」


 見ると、緑の重厚感ある塊がきれいさっぱり消えていて。

 空っぽのボックスから流れる冷気が、足元に絡みつくのを感じた。


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