ビーチは今も人で賑わっていた。
スマホを見てみると、時刻は5時過ぎ。カボチャ探しが始まってから、もう結構経っている。
どうりで、日の光が黄色っぽくなっている訳だ。
「平和だなぁ」
勝負に負けてお役御免の俺は、パラソル下のベンチに腰掛けて海をぼんやりと眺めていた。
青い空に、これまた青い海。
天と海が地続きになっているかのように、地平線の先まで続いている。
入道雲は地平線を我が物顔で乗っ取り、空の果てへと伸びている。
「暇だなぁ」
ザラメたちは、血眼でカボチャを探しているんだろう。
だが関係ない。だって俺に勝ち目ねぇもん。
ザラメに一泡吹かせるチャンスだったのに。
「あーあ、面白くねーなぁ」
ここに来る前は、あんなにも平穏を喜んで受け入れていたのに。
今は何故か落ち着かねぇ。もどかしい。
潮の匂いにも、飽きてきた。
昼飯の時に飲みかけていたコーラのカップを手に取り、ストローに口をつける。
「ぬっる」
炭酸が抜けて、その上溶けた氷で薄まってるからちっとも美味くねぇ。
帰って、一足先に風呂に入ろうかね。
そう思って、ベンチから立ち上がった俺だったが……、
「郡さぁ〜ん、ちょっと来てくださいぃ〜!」
例のごとく、いつものごとく、ザラメが飛びついてきた。
————
「あれが最後の1体と」
「そうですっ、かぼちゃんです!」
最後の1体は、まさかの海の上だった。
揺れる水面に合わせて、ぷかぷかと浮かぶ緑色の野菜。
これまた地脈の影響か、飼い主に構って欲しいインコみたいに「バカヤロー」を連呼してる。
「この距離なら、泳げばいけると思うんです!」
「まぁ、そうだな。……じゃあなんで俺を呼んだんだよ」
泳いで捕まえられるなら、1人でも十分のはず。
「ふっふっふ、それはですね……ザラメの泳ぎっぷりを見てほしいからです!」
「帰るわ」
「行かないでくださいよおお!!」
引き返す俺の腕にしがみつくザラメ。
しゃーねぇ。ザラメを引きずって進む俺だったが、ザラメはちっとも引き下がらない。
「見ていってくださいよぉ、泳げますからぁ!!」
「お前死体なんだから無理に決まってんだろ!!」
水死体にクラスチェンジするだけじゃねーか。
「ザラメは、不可能を可能にするキョンシーなんです!」
「意味分かんねぇわ! とっととその手をHA・NA・SE!!」
「良いじゃないですかちょっとぐらい~!」
絶対見てやんねぇ。男には譲れないプライドってもんがあるんだ。
「それなら交換条件っ、お風呂でお背中流してあげますから!」
「それ喜ぶのデウスだけだろ!!」
1歩、また1歩と踏み出す俺に、諦めたのかしがみつく力が弱くなっていく。
そんでザラメの腕は、俺の腕から腰を通りすぎて……。
「ってズボン引っ張んな! 誰か見てたらどうすんだよこのエッチ!!」
「最終手段です!! こうすれば止まるって教えてもらいました!」
「誰にだよ?!」
「佐藤さん」
あいつ帰ったら締めヨ。
堅く誓う俺を尻目に、ザラメはまだ離れない。
「どうせ郡さん、負けたんですからやることないじゃないですか~」
……お前、言ってはならないことを言ったな。
「そこまで言うなら見てやろうじゃねーか。忠告しといてやるが、俺は厳しいぞ」
ズボンを上げ直す俺に、ザラメはガッツポーズを決めて言った。
それはもう、ドヤって聞こえるほどのドヤ顔で。
「ドンとこいです! ザラメ、海に行くって決まった時からお風呂で練習してきたんです」
これは駄目そう。
そんで、結果↓
「郡さん、手! 絶対離さないでください!!」
足が余裕でつく浅瀬だっていうのに、ザラメが俺の手をがっちり掴む。
沈まないようバタ足をしてるが、水面を叩くだけのへたっぴな蹴りだ。さっきから俺の顔にかかりまくってんだが。
「離さねぇと進まんだろ」
「そんなことしたら溺れちゃうじゃないですか! それならこのまま、かぼちゃんの所まで行きましょう!」
「無茶言うなや」
俺が溺れるわ。
「こんなんじゃ、カボチャまで辿り着かねぇぞ」
「うー……まだキョンシー力が足りないってことですね」
どういうことか分からんが、まぁそういうことなんだろ。
ザラメはバタ足をやめ、地面に足の裏をつける。
そして宣言する。
「では特訓です、泳げるようになってみせます!」
ザラメは続いて、俺に頭を下げた。
「郡さん……いえ、コーチ! 師範代!! ザラメに泳ぎ方を教えてください!!」
うーむ、コーチに師範代かぁ。
そこまで言われちゃしょーがねぇなぁ。
「だったら、俺の指導は絶対だぞ?」
「分かりました! これもかぼちゃんとキョンシー力のためです!!」
従順なザラメを見下ろす。
一泡吹かせるのとは違ったものの、これはこれで爽快感。ちょー気持ち良い。
「じゃあ早速始めるぞ、ついて来いよ!!」
「はいっ!!」
「……何やってるの、2人とも……」
2人高く拳を突き上げたその時、水を差すように静かな声が。見下ろすと、コスズが浮き輪で浮かびながら、不思議そうに首を傾げている。
「コスズちゃん、今から特訓なんです。危ないので、離れておいてください」
お前は特訓を何だと思ってるんだ。
「何の……?」
「泳ぎのだよ、カボチャを捕りに行くためにな」
「……カボチャなら」
徐ろに、コスズが人差し指を向けた先には……。
「捕ったど~!」
「「はあああああああ??!!」」
お手製なのか。カボチャの代わりに浮かぶのは、防波堤にロープをしっかり括りつけた筏のボート。
その上にはデウスが乗っていて、カボチャを高く掲げていた。
「一等賞……デウス様」
「優勝は貰ったぞ! そしてご褒美に、私はザラメとあぁ〜ん♡なコトを……夜が楽しみだ♪」
デウスが身体をくねらせて何か言っていたが、全然頭に入ってこなかった。
やる気も熱意も、俺たちの交わした青春のやり取りも、海の藻屑へと消えていく。
虚しい波のさざめきと、カボチャによるこだまを残して。
バカヤロー、バカヤロー、バカヤロー……。
……カボチャに罵倒されるとか、腹立つんだが。
カボチャどもを可愛がって、あんなに熱心に探していたザラメも、俺と同じ気持ちみたいだ。
「……郡さん」
「ああ、分かってる」
俺とザラメは、2人海へと仁王立ち。
今までで一番深く吸って、思いっきり吐き出してやった。
「お前の方がバカヤローぉおおおおおお!!!!」
「バカヤローですぅうううううう!!」
慰めるように、潮の匂いが鼻をツンと小突いた。