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第41話 特訓? これぞ青春の潮味

 ビーチは今も人で賑わっていた。

 スマホを見てみると、時刻は5時過ぎ。カボチャ探しが始まってから、もう結構経っている。

 どうりで、日の光が黄色っぽくなっている訳だ。


「平和だなぁ」


 勝負に負けてお役御免の俺は、パラソル下のベンチに腰掛けて海をぼんやりと眺めていた。

 青い空に、これまた青い海。

 天と海が地続きになっているかのように、地平線の先まで続いている。

 入道雲は地平線を我が物顔で乗っ取り、空の果てへと伸びている。


「暇だなぁ」


 ザラメたちは、血眼でカボチャを探しているんだろう。

 だが関係ない。だって俺に勝ち目ねぇもん。

 ザラメに一泡吹かせるチャンスだったのに。


「あーあ、面白くねーなぁ」


 ここに来る前は、あんなにも平穏を喜んで受け入れていたのに。

 今は何故か落ち着かねぇ。もどかしい。

 潮の匂いにも、飽きてきた。


 昼飯の時に飲みかけていたコーラのカップを手に取り、ストローに口をつける。


「ぬっる」


 炭酸が抜けて、その上溶けた氷で薄まってるからちっとも美味くねぇ。


 帰って、一足先に風呂に入ろうかね。

 そう思って、ベンチから立ち上がった俺だったが……、


「郡さぁ〜ん、ちょっと来てくださいぃ〜!」


 例のごとく、いつものごとく、ザラメが飛びついてきた。




 ————


「あれが最後の1体と」

「そうですっ、かぼちゃんです!」


 最後の1体は、まさかの海の上だった。

 揺れる水面に合わせて、ぷかぷかと浮かぶ緑色の野菜。

 これまた地脈の影響か、飼い主に構って欲しいインコみたいに「バカヤロー」を連呼してる。


「この距離なら、泳げばいけると思うんです!」

「まぁ、そうだな。……じゃあなんで俺を呼んだんだよ」


 泳いで捕まえられるなら、1人でも十分のはず。


「ふっふっふ、それはですね……ザラメの泳ぎっぷりを見てほしいからです!」

「帰るわ」

「行かないでくださいよおお!!」


 引き返す俺の腕にしがみつくザラメ。

 しゃーねぇ。ザラメを引きずって進む俺だったが、ザラメはちっとも引き下がらない。


「見ていってくださいよぉ、泳げますからぁ!!」

「お前死体なんだから無理に決まってんだろ!!」


 水死体にクラスチェンジするだけじゃねーか。


「ザラメは、不可能を可能にするキョンシーなんです!」

「意味分かんねぇわ! とっととその手をHA・NA・SE!!」

「良いじゃないですかちょっとぐらい~!」


 絶対見てやんねぇ。男には譲れないプライドってもんがあるんだ。


「それなら交換条件っ、お風呂でお背中流してあげますから!」

「それ喜ぶのデウスだけだろ!!」


 1歩、また1歩と踏み出す俺に、諦めたのかしがみつく力が弱くなっていく。

 そんでザラメの腕は、俺の腕から腰を通りすぎて……。


「ってズボン引っ張んな! 誰か見てたらどうすんだよこのエッチ!!」

「最終手段です!! こうすれば止まるって教えてもらいました!」

「誰にだよ?!」

「佐藤さん」


 あいつ帰ったら締めヨ。

 堅く誓う俺を尻目に、ザラメはまだ離れない。


「どうせ郡さん、負けたんですからやることないじゃないですか~」


 ……お前、言ってはならないことを言ったな。


「そこまで言うなら見てやろうじゃねーか。忠告しといてやるが、俺は厳しいぞ」


 ズボンを上げ直す俺に、ザラメはガッツポーズを決めて言った。

 それはもう、ドヤって聞こえるほどのドヤ顔で。


「ドンとこいです! ザラメ、海に行くって決まった時からお風呂で練習してきたんです」


 これは駄目そう。




 そんで、結果↓


「郡さん、手! 絶対離さないでください!!」


 足が余裕でつく浅瀬だっていうのに、ザラメが俺の手をがっちり掴む。

 沈まないようバタ足をしてるが、水面を叩くだけのへたっぴな蹴りだ。さっきから俺の顔にかかりまくってんだが。


「離さねぇと進まんだろ」

「そんなことしたら溺れちゃうじゃないですか! それならこのまま、かぼちゃんの所まで行きましょう!」

「無茶言うなや」


 俺が溺れるわ。


「こんなんじゃ、カボチャまで辿り着かねぇぞ」

「うー……まだキョンシー力が足りないってことですね」


 どういうことか分からんが、まぁそういうことなんだろ。

 ザラメはバタ足をやめ、地面に足の裏をつける。

 そして宣言する。


「では特訓です、泳げるようになってみせます!」


 ザラメは続いて、俺に頭を下げた。


「郡さん……いえ、コーチ! 師範代!! ザラメに泳ぎ方を教えてください!!」


 うーむ、コーチに師範代かぁ。

 そこまで言われちゃしょーがねぇなぁ。


「だったら、俺の指導は絶対だぞ?」

「分かりました! これもかぼちゃんとキョンシー力のためです!!」


 従順なザラメを見下ろす。

 一泡吹かせるのとは違ったものの、これはこれで爽快感。ちょー気持ち良い。


「じゃあ早速始めるぞ、ついて来いよ!!」

「はいっ!!」

「……何やってるの、2人とも……」


 2人高く拳を突き上げたその時、水を差すように静かな声が。見下ろすと、コスズが浮き輪で浮かびながら、不思議そうに首を傾げている。


「コスズちゃん、今から特訓なんです。危ないので、離れておいてください」


 お前は特訓を何だと思ってるんだ。


「何の……?」

「泳ぎのだよ、カボチャを捕りに行くためにな」

「……カボチャなら」


 徐ろに、コスズが人差し指を向けた先には……。


「捕ったど~!」

「「はあああああああ??!!」」


 お手製なのか。カボチャの代わりに浮かぶのは、防波堤にロープをしっかり括りつけた筏のボート。

 その上にはデウスが乗っていて、カボチャを高く掲げていた。


「一等賞……デウス様」

「優勝は貰ったぞ! そしてご褒美に、私はザラメとあぁ〜ん♡なコトを……夜が楽しみだ♪」


 デウスが身体をくねらせて何か言っていたが、全然頭に入ってこなかった。

 やる気も熱意も、俺たちの交わした青春のやり取りも、海の藻屑へと消えていく。

 虚しい波のさざめきと、カボチャによるこだまを残して。


 バカヤロー、バカヤロー、バカヤロー……。


 ……カボチャに罵倒されるとか、腹立つんだが。

 カボチャどもを可愛がって、あんなに熱心に探していたザラメも、俺と同じ気持ちみたいだ。


「……郡さん」

「ああ、分かってる」


 俺とザラメは、2人海へと仁王立ち。

 今までで一番深く吸って、思いっきり吐き出してやった。


「お前の方がバカヤローぉおおおおおお!!!!」

「バカヤローですぅうううううう!!」


 慰めるように、潮の匂いが鼻をツンと小突いた。

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