目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第65話 【最終話】栄光

 - ゲートの破壊から100年:王都 -


 魔界はゲートの破壊を期に、人間界との断絶を宣言した。

 この決定は、魔界内で様々な意見が交わされたが、多くの者が断絶を歓迎した。

 長年にわたる人間界との摩擦や不信感がその根底にあった。


 以降、王都では毎年『破壊記念祭』として祭が行われている。

 この祭典は、魔界の歴史における重要な節目を記念し、魔族たちの団結と誇りを再確認する場となっている。

 今年は100周年ということで、美術館の開館と記念式典が予定されている。


 儂は記念式典でスピーチを依頼されたため、王都に滞在している。

 今日は記念式典が行われるが、その前に美術館を訪れている。


 美術館に入ると、3枚の見事な絵画が来館者を出迎える。

 1枚目のタイトルは【栄光】。

 優しく微笑んだグロリア様が玉座に着座している。

 グロリア様の笑顔は今でも脳裏に焼き付いており、懐かしさを感じた。


 グロリア様は名君だったが、その在位期間は20年と長くはない。

 早々に王子に王位を譲り、魔界全土の瘴気を消すための旅に出たからだ。

 旅の途中で病気となり、そのまま55歳という若さで生涯を閉じられたことは本当に残念だった。


 2枚目のタイトルは【3賢者】。

 椅子に腰掛けたグロリア様を中心に、左にスカーレット様、右にゾルト様が並んでいる。

 この3人はグロリア様が王となられる前からの主従関係で、数々の困難を共に乗り越えてきた戦友でもあった。

 現在では3賢者と呼ばれ、王国復興の象徴とされている。


 3枚目のタイトルは【ドラゴンスレイヤー】。

 灼竜フェルドリムを討伐した絵だ。

 これは、大分違うな……。

 竜はこんな簡単に戦える相手じゃない。

 でも……儂はこの絵が一番好きかもしれない。


「カイル様、こちらにおられましたか。まもなく式典が始まりますので、会場へお越しください」


「そうか、ご苦労をかけたね。でも、もう少しだけ、この絵を見てもいいだろうか。儂にとって最高の思い出なのだ……」


「もちろんです。車椅子を持ってきましたので、少しであればお待ちします」


 かつて勇者と呼ばれた儂も、杖なしでは歩けなくなった。車椅子はありがたい。

 双子の妹、師匠のゾルト様、親友のゾルテス……みんなもうこの世にはいない。

 儂も随分と老いたが、そのおかげで100周年の記念式典に参加できるというものだ。


 車椅子で式典会場まで運んでもらい、いよいよ儂のスピーチとなった。


 ――


 私は、かつて王国に属していなかった魔人族の集落で育ちました。

 双子の妹がドラゴンの生贄に選ばれ、途方に暮れていた頃、グロリア様に救われたのです。


 初めて会った魔王陛下は、どう見ても強そうに見えない、どこにでもいそうな黒髪の美少女でした。

 ですが、ドラゴンとの戦いはグロリア様の魔法が決め手となり、勝利を収めました。

 私と妹は、強さ、優しさ、気品をすべて備えたグロリア様に心から惚れました。


 グロリア様は常に民を想う、優しい心をお持ちでした。

 当時、魔界の土は瘴気を含んでおり、農業に適さない荒野ばかりでしたが、これを農業できる土地に改造するというのです。

 一人も飢える者がいない世の中を作るという、その事業は『魔界改造計画』と名付けられました。


 今、皆様が美味しい食事を食べられるのも、グロリア様とスカーレット様の努力の賜物なのです。

 考えてみてください、この広大な魔界から瘴気を消し去るなんて、どれだけ長い時が必要となるのでしょう。

 それでも……グロリア様は王位を譲ってまで、魔界のために瘴気を消し続けたのです。


 もちろん、グロリア様だけではありません。

 その事業を受け継いだ歴代の魔王陛下、そして現場の光魔法使いたち。

 彼らの絶えまぬ努力によって、この魔界は支えられています。

 見てください。この魔界に広がる緑の大地を。


 人間界との断絶から100年。

 我々はさらに発展を続けるでしょう。

 だが、忘れてはいけません。グロリア様の名とその栄光を!


 天国のグロリア様、見ておられますか。

 あなたの思いは、我らで必ず守ります。


 ――


「あ、うん。もちろん見ているよ。みんな頑張ったよね。ねえ、スカーレット」


「そうですね。私たちの苦労が報われるというものです」


「おいおい、わらわを無視するなよ。こんな特等席を用意してあげているのだぞ」


 私とスカーレットは女神シレンシアに呼び出され、天からカイル君のスピーチを見ていた。

 最初に会ったときは子供だったのに、今やおじいちゃんだ。

 そろそろ君呼びも止めないといけないな。


「シレンシア様、もちろん感謝しておりますが、まさか死んだ後も毎年呼び出されるとは思いませんでしたよ」


「死んだら終わりだなんて一言も言ってないのだがな。これだから定命の者は……」


 私は死後も、女神シレンシアに毎年呼び出されている。

 毎年話し相手になると約束したものの、まさか永遠だとは思わなかった。

 天国でセリアナとティータイムを楽しんでいるところを呼び出すとは、女神も容赦しないものだ。


 だが、今回はゲート破壊100周年の記念式典だということで、特別にスカーレットも呼んでくれたので良しとしよう。

 スカーレットはベルモント殿と仲良く暮らしているらしく、めったに会うことはないからね。


 しかも、シレンシア様と初めて会ったときの姿に戻してくれるというサービス付きだ。

 シレンシア様が言うには、今の私は誰だか分からないのだそうだ。

 この日だけは、白髪のおばさんではなく、黒髪の美少女に戻れるから少し嬉しい。


「えっ、陛下……。自分で自分を美少女と言っちゃうのですか?」


「び、美少女だよね?私……」


 シレンシア様の宮殿に2人分の笑い声が響いていた。

 えっ、その笑いは何?


 - 完 -


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?