「ここは……どこ?」
「陛下、お目覚めになられましたか。どうやら見たこともない場所に転送されたようです」
周囲を見渡すと、神殿のような建物の中にいるようだった。
人の気配はないが、明かりは煌々と灯っている。
「ようこそ、わらわの宮殿へ」
背後から声がして振り返ると、1人の女性が立っていた。
その女性は、2本の長大な角を持ち、その間から覗く瞳は深淵のような闇を秘めていた。
彼女の姿は妖しく、不思議な魅力を放っていた。
見た目は魔人族に似ている。
いや、魔人族だとしても、こんな大きな角は見たことがない。
そもそも、いつからそこにいたのだろう。
さっき、周りを見回した時には、確かにいなかったはずなのに……。
「私は魔界の宰相、スカーレットと申します。こちらは魔界の王、グロリアです。恐らく私たちは招かれたのだと思いますが、どのようなご用件でしょうか」
私が狼狽えているのを見て、スカーレットが私の前に立ち、謎の女性と向き合った。
スカーレットは『招かれた』と言った。
そうか、この者に転送させられたということか。
「ほう、事態の飲み込みが早いじゃないか。なに、わらわの大事なオモチャを壊したお前たちと話がしたいと思ったのじゃ」
「大事なオモチャとは何でしょう?まさか……」
「そのまさかだよ。お前たちの世界では『ゲート』と言われているあの門のことさ」
ゲート!
いつからあるのか、誰が作ったのか、全てが謎に包まれていたあの物体を作ったのが、目の前のこの人だというのか。
もしそうなら、さっき私が壊したから呼ばれたのだろう。
「つまり、あの『ゲート』を作ったのはあなたということでしょうか」
「その通りさ。おっと、名乗り遅れたようだね。わらわの名はシレンシア。人間界では女神と呼ばれておる」
「人間界で信仰され、癒やし魔法に力を貸しているという、あの女神シレンシア様ということですか」
「ほう、魔界人にも知られているとは意外だな。魔界の者はわらわを敬う心を持っていないと思っていたが」
こんどは神……。
急展開すぎて頭が付いてこないけれど、神であればゲートを作ったとしても不思議ではないのかもしれない。
「私は人間界の生まれなのです。さて、確かに私たちは『あなたのゲート』を破壊しましたが、もちろん事情がございます。その理由をお聞きいただけるのでしょうか」
「もちろんじゃ。話すがよい」
「我々の住む魔界は、人間界からの侵攻で壊滅的な被害を受けました。人間界は魔界より環境が良いため国力に大きさな差があります。この脅威を取り除くためには『ゲート』の破壊が必要でした」
「ふむ。だが、侵攻の歴史はお互い様じゃ。わらわは大昔から観察しているが、魔界だけが被害を受けているというのは違うぞ。それに、交流を通じて発展が進むこともある。事実、魔界は人間界の支援で成長しているではないか。長い目でみれば両世界の差は縮まっていると言ってよいだろう」
「そうだとしても、我らの命は限りがあります。受け継げる歴史にも限りがあり、目の前の問題を最優先にせねばなりません。未来のことは未来の者に託すというのが我らの考え方なのです」
「なるほどのう。定命の者はそのように考えるのか、なかなか面白いではないか」
「では、私からも質問をさせていただきます。あの『ゲート』とは何の目的で作られたものなのでしょうか」
「神という仕事は退屈なのだ。毎日下界の様子を監視してはいるものの、特に変わり映えもしない景色を何千年、何万年も見ている。そこでわらわは考えた。2つの世界を繋いでみたら変化が現れるのではないかとな」
「だから、オモチャなのですね……」
「その通りだ。人間界の者が魔界で増え続け、まさか魔王になるとは予想もしなかったぞ。こうして退屈な日々に彩りが出てきたところで、お前たちがそのオモチャを破壊したというわけだ」
私はスカーレットと神の話を黙って聞いていた。
スカーレットは納得しているのだろうか……私にはどうしても納得できない。
私にとって一番大切なのは、父上が愛したこの国と民なのだから。
それをオモチャ扱いされるなんて……たまったものではない。
「さっきから聞いていれば、随分とふざけたことを言ってくれるじゃないの!私の宝である国と民をオモチャだと言うのかしら?」
「神に対してそのような口を聞くとは、これだから魔界の民は不敬だというのだ。だったらどうする?ゲートを破壊した魔法を私にぶつけてみるか?」
そうしたいのは山々だが、私にはもう魔力が残っていない。
だとすれば……。
私はスカーレットを押しのけて、神の前に進み出た。
「我が名はグロリア!魔界を愛する王だ。これは我が民の思いだ!あんたなんかに人間の心が分かってたまるもんですか!」
私は全力で神の顔を叩いた。
不敬だの何だのと言っていたが、まさか叩かれるなんて思わなかったのだろう。
体勢が崩れたところを押し倒し、馬乗りになって殴り続けた。
殴りながら、いつの間にか私は泣いていた。
「貴様、何をする。おい、スカーレットとやら、この者を引き離せ!」
「ではお約束ください。ゲートは破壊されたままでよろしいですね」
「分かった。このままでよいから、引き離してくれ」
――
スカーレットによって引き離された私は、まだ涙が止まらなかった。
私に殴られたはずの神の顔は無傷であり、それがまた悔しかったから。
「魔王グロリア、そなたの気持ちは分かった。だが、神の退屈しのぎが無くなるのも困るのだ。そこで、お前は年に1回、私の話し相手になるというのはどうか。わらわの顔を殴るなど、定命の者はなかなか面白いからの」
神の声は力強く響き、その言葉には威厳が込められていた。
しかし、その威厳の中にも何か寂しげな響きが混ざっているように感じられた。
「分かったわよ。神との話し相手なんて、魔王である私以外ありえないでしょ」
「では話は終わりだ。元の世界に戻してやろう。年に1度、このようにわらわが召喚するから、忘れぬように」
神がそう言うと、私たちの視界が再び歪み、破壊されたゲートの前に戻っていた。