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第63話 対決!

 ゲート前の小屋で一晩過ごし、いよいよベルモント殿が戻る日となった。

 私たちは朝からずっとゲートを見ているのだが、ただ時間だけが過ぎていった。


 スカーレットは黙って俯き、食事をとろうともしない。

 彼女の目は虚ろで、手は微かに震えている。

 ベルモント殿を信じてはいるものの、胸の奥にある不安を拭いきれないのだろう。


 夕方になる頃、1台の馬車がゲートから飛び出してきた。

 スカーレットはベルモント殿の名を叫び、全力で駆け寄った。

 馬車からは、ベルモント殿……ではなく、青い顔をした商人だけが飛び降りた。


「陛下、申し訳ありません。ゲートの向こう側で野盗に襲われ、ベルモント殿と離れ離れになってしまいました」


「ベルモント殿が討たれたところを見ましたか?」


「いえ、見ておりませんが、敵はベルモント殿が目的だったかもしれません。ベルモント殿はそれに気付いたようで、我々を逃がすために一人で別の方向に逃げたのです」


 商人の顔には冷や汗が浮かび、彼の声は震えていた。

 襲撃の恐怖が彼の心に刻み込まれているのが見て取れた。


「そうですか……。なんとかここまで逃げきれればいいのですが」


「陛下、どうしましょう……」


 スカーレットが大粒の涙を流しながら、私にしがみついてきた。

 彼女の手の冷たさが私の肌に伝わり、その震えが彼女の絶望感を物語っていた。

 私だって、どうすればいいのかわからないのに。


「スカーレット、落ち着いて。まだ討たれたと決まったわけじゃないのだから、ベルモント殿を信じて待ちましょう」


「……そうですね。私が一番信じるべきですね。大丈夫、きっと無事で戻ってきます」


 ――


 それから1時間ほど経った頃、傷だらけのベルモント殿がゲートを通って帰ってきた。

 彼の顔は泥と血にまみれ、その姿はまるで戦場から逃れてきた戦士そのものだった。

 彼の目にはかすかな光が残っており、それが必死に生き延びた証だった。


「ベルモント!」


 スカーレットが駆け寄ると、ベルモント殿は地面に倒れ込んだ。

 重傷ではないが、出血がひどい。

 この状態で走り続けたのだとしたら、非常に危険だ。


 スカーレットはアメリアの開発した医療魔法をベルモント殿にかけた。

 優しい橙色の光がベルモント殿を包み込んだ。

 魔法の光が傷口を包み込み、見る見るうちに出血が止まっていく。

 ベルモント殿の顔に少しずつ生気が戻ってきた。

 傷口が塞がるのを確認したのち、ベルモント殿を馬車に寝かせた。


「おや、ネズミを追ったら、とんでもない大物が釣れたようですね」


 声に気付くと、ゲートに若い女性が立っている。

 彼女の目は冷酷な光を放ち、唇には薄笑いが浮かんでいた。

 その姿からは計り知れない邪悪さが感じられた。


 見た目は魔法使いのようだが……。

 ま、まさか!


「イシル!貴様、なぜこんな酷いことを……」


「何故?もちろん、皇帝陛下を裏切った者を追いかけて、黒幕を調べるためさ。それにしても、黒幕がお前だったとはね。しかも、こんな男と恋仲とは……落ちぶれたものだな」


「貴様は絶対に許さない。ここで全て終わりにしてやる!」


 スカーレットが右手を上げると、指輪が光りだした。

 指輪に封印されていた魔法が発動し、スカーレットとイシルを囲むように結界が生成された。


「なるほど、魔王を守るために結界を張ったか。よかろう、この勝負受けて立とう!」


 2人は魔法の盾を張りながら、攻撃魔法の打ち合いを始めた。

 実力は互角……?いや、イシルのほうが優勢に見える。

 凄まじい攻防に目を奪われそうになるが、私にはやるべきことがある。


「輝翼閃!」


 私は自身の体に残された魔力を全て絞り出すように、大量のアゲハ蝶を作り出した。

 意識が朦朧としはじめるが、気力を振り絞ってゲートに向かって飛ばした。


 ドーン、ドーン、ドーン!


 激しい爆音とともに、ゲートが砕け散る。

 やった!

 これで人間界に怯えることもないのだ。


「バ、バカな……ゲートを破壊しただと!」


 イシルはゲートが破壊される瞬間を目の当たりにし、わずかに意識がそちらに向かった。

 それを見逃さず、スカーレットが何かをしたようだったが、一瞬のことだったので私にはわからなかった。


 イシルは激しく怒り、攻撃魔法を撃ちまくった。

 スカーレットは防戦一方となり、ぼんやりとした橙色の光に包まれながら逃げ回っていた。


 えっ、橙色の光?

 それって、医療魔法じゃないの。


 2人の攻防は長い間続いていたが、突然イシルが苦悶の表情を浮かべ、地面に崩れ落ちた。

 彼女の身体は力なく横たわり、もう動くことはなかった。


「この勝負、私の勝ちですね。あなたにはここで死んでもらいます」


「毒を使うとは……卑怯者め!」


「女狐に言われるとは心外ですね」


 スカーレットの魔法の矢が容赦なく、無抵抗となったイシルを貫いた。


「セリオス……さようなら」


 イシルは最期に勇者セリオスの名を口にした。

 魔界を混乱に陥れた張本人だったが、その行動原理はセリオスへの愛だったのかもしれない。


 私は必死に意識を保ちつつ、事前に用意していた回復薬を一気に飲んだ。

 これで、なんとか動けるが、しばらく魔法は使えないだろう。


「陛下、ゲートの破壊、お見事でした」


「ありがとう。スカーレットも見事な勝利でしたね。あれは何をやったの?」


「陛下がゲートを破壊したとき、イシルの意識がゲートに向かった瞬間を見逃さず、予め隠し持っていた神経毒の瓶を開けたのです。毒が結界内に広がるまで時間が掛かりましたが、医療魔法で自分の解毒をしながら逃げ回りました」


「そうか、それでイシルは急に倒れたのね」


「毒が回って動けなくなれば魔法は使えませんから、最後はあっけないものです」


 指輪に封印されていた結界魔法と神経毒の瓶の組み合わせで準備していたということは、きっとこのような戦い方も想定していたのだろう。

 イシルのように魔法に長けた者を相手にするのであれば、相手の得意な魔法で戦わないというのが、いつものスカーレットだと思う。


「これで、魔界は人間界の脅威から解放されるのね」


「はい。先代陛下の逝去から苦労続きでしたが、ようやく報われたようです」


 私とスカーレットは手を取り合って喜んだが、急に視界がグニャリと歪んだ。


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