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第62話 恋バナ

 『勇者パーティ』が旅立って半年、魔界改造計画は順調に進んでいる。

 最初に作った国営農場ではついに米の収穫が始まった。


 広大な畑は緑一色に染まり、風が吹くたびに稲穂が揺れる光景はまるで絵画のようだった。

 その中心にはスカーレットが設計した巨大な倉庫があり、収穫した米が次々と運び込まれていた。

 スカーレットの話によれば、今年は豊作とのことなので、予想以上に備蓄できそうだ。


 北部地区ではようやく食料が行き渡り、飢える者はいなくなった。

 国営農場の建設も終盤に差し掛かっており、一部の作物は収穫が始まっている。

 建設完了後は、北部第2農場の建設に着手する予定であり、雇用問題も解消していくだろう。


 国営農場がうまくいっていることは、経済にもよい影響を与えていた。

 食料価格が安定しているため、民の負担は最小限に抑えられている。

 現在は税金を半分にしているため、食料以外の商品もよく売れるようになっているようだ。


 そして、ベルモント殿が人間界に戻る日が来た。

 隣にいるスカーレットは死んだような顔をしている。


「陛下、私はこれから人間界に戻ります。必ず戻りますのでお別れの言葉は言いません」


「気をつけていってらっしゃい。ほら……スカーレット、しっかりしなさい!そんな顔で見送るなんて駄目じゃないの」


 彼女はずっと我慢していたのだろう。

 スカーレットの目からは大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちてくる。


「そんなこと言ったって……。へいかああ」


 あのスカーレットがここまで取り乱すなんて、今後一生見ることはないだろう。

 彼女がこんなにも感情をあらわにするのを見たのは初めてだった。

 彼女の強さと脆さを同時に感じ、私も胸が締め付けられる思いだった。


 私はスカーレットの尻を叩くと、ベルモント殿の前に行かせた。

 そして私はこの場を去り、2人だけにしてあげた。


 ドアの向こうから、スカーレットの泣き声とベルモント殿のなだめる声が聞こえてきた。

 この2人には幸せになってほしいな……。

 私はそう祈らずにはいられなかった。


 ベルモント殿は去る前に、国営農場の拡張プランを立案してくれていた。

 今度は牧場の建設ということで、私は毎日張り切って牧草地の瘴気を取り除く作業に取り組んでいる。

 北部地区は勇者パーティに任せて、王都の国営農場は王宮からも近いので毎日通えるのがありがたい。


 牧場が軌道に乗った暁には、今まで絶っていたチーズケーキを解禁しようと思う。

 そう思えるほど、魔界は豊かになってきたのだ。


 ――


 1ヶ月ほど経過し、国営農場の拡張工事は順調に進んでいる。

 瘴気が抜けた大地からは牧草が生え始め、かつての荒野は緑のカーペットを敷いたかのような美しい景色に生まれ変わってきている。


「陛下、いよいよ明日ですね」


「スカーレットも嬉しそうね。浮かれすぎて馬車から落ちないようにしてね」


「私がそんなミスをするとでも?」


「今のスカーレットなら、どんなミスをしても驚かないわよ」


 スカーレットはすっかり乙女の表情になっていた。

 そう、明日はベルモント殿が戻る日でもあり、私がゲートを破壊する日でもある。

 この日のために、魔法の練習もしてきた。

 きっと破壊できるはずだ。


 今日の作業が終わったので、ゲートへ向かう馬車に乗り込んだ。

 ゲートは王都から1日程度の距離なので、急いでいけば今日の夕方には到着するだろう。

 ゲート前には商人の使う小屋があるので、今晩はそこで一晩過ごすことになる。


「ねえ、そういえばどちらからプロポーズしたの?」


 これ、ずっと気になっていたのよね。

 だって、ベルモント殿に初めて会ったときなんて、1m以内に近づいたら額を撃ち抜くとか言っていたもの。

 何がどうなったら結婚になるのか……私にはさっぱり分からない。


「それは……私からです」


 馬車に揺られながら黙って外を見ていたスカーレットは、そうポツリと呟いた。

 きっと色々な葛藤があったのだろう。


「それは意外ね。私はいつ額を撃ち抜くのか、ずっとヒヤヒヤしていたのよ」


「その話、この先もずっとされるのでしょうね。こういうのを黒歴史と言うのでしょう」


 スカーレットは軽く微笑むと少し遠くを見るような仕草をした。

 出会った頃を思い出しているのだろう。


「でも、そんなスカーレットが何故ベルモント殿と付き合うことになったの?全く想像がつかないんだけど」


「実は私もよく分からないのです。『恋はするものではなく落ちるものだ』という話がありますが、私もいつの間にか落ちてしまったのかもしれません。全く好みのタイプじゃなかったのに、本当に不思議です」


 それよ!

 私がずっと聞きたかったのは。

 まさか、スカーレットから聞かされるとは夢にも思わなかったけど。


 噂には聞いていたけど、本当にそういう気持ちになるのだとしたら、私は正気でいられるのだろうか。

 王という立場では無理なのかもしれないけど、一度くらい恋をしてみたい。


「そういうものなのね。私はまだそういう経験がないのだけど、いつかそう想える人が現れたら嬉しいかな」


「きっと現れますよ。それより、宰相という立場にありながら、自身の恋愛感情を優先させてしまったこと、申し訳ありませんでした」


「いいのよ。誰であろうと、自分を一番に優先すべきだと思うわよ。自分のことさえ大事にできない人が国を大事にできるはずがないでしょ」


「陛下も随分と成長なさいましたね。初めて会った頃は、自分のことしか考えない我儘なお嬢様でしたのに」


 色々と心当たりがありすぎる。

 勉強や鍛錬をサボって遊んでいたら、鬼の形相をしたスカーレットに捕まって連れ戻されたなんて、数え切れないほどあるものね。


「昔はずいぶんと迷惑をかけたものね。あ、ゲートが見えてきたわよ」


 丁度いいタイミングで目的地に到着した。

 過去の汚点を掘り起こされたら、たまったものじゃないもの。


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