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第10話 今、修行の成果をぶつける時

 夜闇の中、俺は一人で歩いていた。

 歩いている場所は、盗賊のアジトに通じる峡谷だった。

 堂々としたもので、しっかりと道まで整備されている。このアジトに通じるまでの防壁に、よほどの自信があったからだろう。

 空からグリフォンが金切り声を響かせる。見上げると、飛兵が槍を突き出しながら迫ってきていた。

 俺は腰の剣に手をかけ、振るった。



 ズザザザザザ……。



 飛兵が空ではなく、地を滑った。

 程なくして、騎乗していた男の首が地面に落ちる。



 カチン。



 剣を腰の鞘にしまう。

 ペースを変えることなく、俺は歩みを続ける。

 その度に、黒いコートがフワリと揺れた。



 ◇◇◇◇



「クッ! やめろ! 離せ! 離せー!!」 


「おいおい、どうしたんだよ、ファイターのお姉ちゃーん。自慢の槍術はどうした? いっちょ前に、討伐隊になんて志願しちゃってさー。可愛いのにー」



 ゲスな声が聞こえてきた。

 サングラスに夜目にきく呪と、遠くの音を拾う呪の、二つをかけているからだ。

 だから近くで聞こえているようで、まだ距離はある。

 それでも俺は歩くペースを変えなかった。どこに罠が仕掛けているかも分からない。

 だから俺はただ、かけているサングラスを、指先で持ち上げ、やや歩くペースを上げて、現地に向かった。



「やめろ! 私に触れるな! やめて、いや……っ!」


「ケッケッケ。ありがたいねー、戦士ファイターを志願してる勝ち気な女ってのは。そうですねー、氣功術があれば男とも対等に戦えまちゅねー。これからもガンガン志願してくれ。お前みたいな女を屈服させるのが好きな男は、世の中にはごまんといるからさー」


「い、いやあああああああああああ!」



 ザッ。

 俺は足を止めた。



「んー?」



 盗賊らが振り返る。

 俺は今一度サングラスを持ち上げだが、あることに気がついて、逆に指でサングラスをずらした。



「驚いたな。西ベルンツィアじゃねえってのに、また出会うことになるとは。お前みたいな奴と、運命を感じたくはなかったが」


「あー? 何だあ、てめえは」


「まあ覚えてないかな。ローディス家三男。クロード=ローディスさ。以前お前に金貨をくれてやったろ?」


「むむむ。あーお前かー? 久しぶりだなあおい。生きてたのか、あんた。あの後、西ベルンツィアの新聞で行方不明になっていると聞いたが」


「おかげさんで」


「しかしどうだい。あんたからもらった金を元手に作った盗賊団は。今や東ベルンツィアを脅かす一大勢力になったぜー? たっくさんの女の子を傷つけてなー? お前のおかげだよ、クロードさーん」


「そいつはよかった」


「悔しいね悔しいねー、負け惜しみしか言えなくて悔しいねー」


「お前がここで活動してくれてよかったってことさ。立場上ここのゴタゴタには顔を出なきゃならんもんで。俺がまいた種だ。自分の手でケリをつけれてよかったよ」



 俺は半身になって、腰の剣を引き抜いた。



「決着なんて悲しいこと言わないでよー? まーた君は、お金を恵んでくれるんだろー? 今度はこのファイターの女の子を助けるためにさぁー」


「喋り方と同じで、頭の回転も緩い奴だ。お前、俺がどうしてここにいると思うんだ?」


「あ?」


「ここに来るまでの間に並べた部下は、どうなったと思ってるんだって聞いてるのさ」


「あ……」



 ケルベロス盗賊団は、ここレイティス渓谷に三つの砦を築いている。

 一つはこのアジト。二つに渓谷に至る入り口の要塞。そして、レイティス河川を挟んで、もう一つの崖に築かれた砦だ。



 俺がここにいるということは、少なくとも入り口の要塞が突破されていることは確実である。

 その後に並べた部下も含めて。



「次、お前にくれてやるのは死だよ。来な」


「くく。くっくっく。やっちまえ!! てめえら!!」



 盗賊がそれぞれの得物を手に、俺目掛けて殺到する。

 俺は大地に剣を突き刺した。



「汝の心に我はあり」



 掌を上向け、口を開く。



「何だそりゃ? 俺たちが、精霊の固我を狂わす呪さえ知らないとでも思ったか!」


「俺たちは討伐に来た貴族も取っ捕まえて、全員冥門を開いてんだよ!!」


「もう貴族だって敵じゃねえ!!」



「――我の心に汝あり」



 俺は呪を続ける。



「死ねえええええええええええ!」



 盗賊がそれぞれの得物を持って、一斉に俺の命を取りにくる。

 その無骨な刃が俺の身に届こうかという時――盗賊の身体が炎に包まれる。盗賊は悲鳴さえも溶解され、ドロドロの液となって俺の周りへとボタボタと落ちていく。



「な、何だ、今のは……っ」


「ただの黒魔術の詠唱断絶さ。炎魔帝グリモワールを呼び出す呪のな」


「え、炎魔帝……」


「まともに呼ぶとそこら一帯吹き飛ぶが、詠唱断絶して使うとちょいとした障壁になる。日に何度も使っていいやり方じゃないが、まあ人間さえ死んでりゃ向こうもまあまあ納得するんでね」


「……」


「投降するか? いずれにしてもお前らの末路は拷問の末の首吊りだがな。それとも、レイティス河川にでも飛び込んで逃げてみるか? この高さと急流だ。まず助からん。まあ俺と相対するよりかは、生存率は上がるかもしれないがね」


「……」


「補足しとくが、向こうのアジトも正規兵が向かって潰してるぞ。援軍は期待できると思うなよ」


「くっくっく。なるほどなるほど。腐れ貴族が。また俺たちから全てを奪うのか」 


「この状況で同情する奴はいねえな。例えお前の家族が皆殺しにされていようが、お前を犬の餌にすることに何の躊躇も抱かない」


「先に部下が言っていたろ。俺たちは皆、冥門を開いている」


「結末も見たと思ったが?」


「奴らと俺は違うと、そう言っているのさ! フン!」



 ハゲ頭の筋力が突如膨張する。パンプアップではない。

 魔力を血液に流し、筋力を肥大化させているのだ。破壊の力の源である魔力には、精霊の個我を狂わすだけでなく、こういうこともできる。

 一転、ハゲは三メートルを超す怪物となっていた。



「どうだぁー? 今の俺の姿は。これでもまだ、減らず口を叩けるかー!」


「師ってのは大事だな」


「あーん?」


「そして一番重要かつ残酷なのが時間だ。お前が無駄なことに時間を費やしている間に、俺は遥かに強くなった。もうお前にどうこうできる相手じゃねえんだよ、俺は」


「ほざくなよ!! 親からも見捨てられた、腐れ貴族の落ちこぼれがあああああ!!」



 ハゲの男が突撃してくる。

 そうこうしている間にも筋肉は膨張を続けている。

 まるで水が沸騰するかのように筋肉が膨れ上がり、膨れ上がった筋肉が更に新たな筋肉を生む。それには顔筋も含まれているようで、もはや誰かも定かではない。

 気持ち悪いったらねえな。

 俺は刺していた剣を引き抜いた。引き抜いた剣を、相手の拳に合わせる。

 拳と剣が噛み合い、そして――



「ぎゃあああああああああああ!!」



 盗賊の腕が肩の先に至るまで、二つに割れた。すかさず俺は相手の懐に潜り込み、心臓に剣を突き刺す。相手の背中にまで飛び出た剣先から、ポタリポタリと血が落ちる。



「バ……バカな。この俺が……お前なんかに!!」



 心臓を貫いてもまだ話す力があるとは。

 俺は笑った。



「俺がお前に勝てる未来があるはずがない。そう思ったか?」



 相手は何も答えない。

 すでに事切れているのかもしれない。

 しかし俺は剣を引き抜きながら、続く言葉を口にした。



「俺もだよ」



 振りかぶった剣が、盗賊の首に吸い込まれ、食い込んだ。



「じゃあな」



 それは豆腐に包丁でも通したかのように、滑らかに先まで通り過ぎていく。



 ザン!!



 盗賊の首が、テンテンと転がり見えなくなった。

 俺は汚い血がついた剣を振るい、血を飛ばした。

 ブロードソードを鞘にしまう。



「う、うわああああああああ」



 盗賊の連中が、蜘蛛の子を散らしたように逃げ出した。

 俺はそれを追うことなく背を向けた。俺の代わりに、馬に乗った東の正規兵が追討をかけたからだ。



「やれやれ」


「さすがですね、シュミットさん」


「どうも」



 女騎士の言葉を俺は適当に流した。ちなみにシュミット=クロウというのは、俺がつけた偽名である。



「さすが、最年少の傭兵男爵にして、東の八剣の一人なだけあります。見事なお手前でした。勉強になります」


「どうってことはない。ってか次は他の奴にも招集かけろよなー? 八剣でまともに動いてるの俺だけ説あるよな。次はいかんぞ」


「そんなー。いっそこのまま正規兵に入ってしまうのはどうですか? シュミットさん。我々とともに、正義を貫きましょうよ。それに個人的にあたしも、シュミットさんとお仕事が――」



「あの!!」



 後ろから声をかけられ振り返る。

 先のファイターの女の子だった。

 ややあられもない姿をしているが、俺はポーカーフェイスを装った。



「助けていただき、ありがとうございます!!」



 頭を下げられた。



『――助けていただき、本当にありがとうございました』



 三年前の、あの時のことをふと思い出す。

 思い出して、俺は笑った。



「ああ」



 歯を見せて、俺は答えた。



「次回からはお気をつけて」



 背中越しに手を振った。



「はい!」



 背中から気持ちのいい返事が聞こえてきた。

 俺は笑ってそれを受け止めた。



「モテモテですね。シュミットさん」


「はあ? ただの礼だろ? 自慢じゃねえが、俺はモテたことがねえぞ」



 隣に並んできた女騎士、ミアに向かって俺は言った。

 ミアが呆れたように掌を上向け、左右に首を振る。

 その顔は、何だか嬉しそうに笑っていた。

 俺は釈然としないまま、空を見上げた。

 空は未だ暗い。

 街の門も、ライザがいる宿屋も閉まったままだろう。

 きっと朝までこいつの愚痴と騎士談義に付き合わされるんだろうなと思うと、ついついため息が漏れるのだった。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「たらいまー」



 両手に買い物袋を持ちながら(ディメンションクロスを市場で使いたくないため)宿の扉を開いた。

 出る時には夜も深けていたが、今ではすっかり朝方になっている。

 ちなみにあの後、俺の予想通り、天幕でミアの熱い勧誘と騎士談義と愚痴に五時間ぐらい付き合わされた。

 あー疲れた。



「やっと帰ったか。朝飯の献立こんだてはちゃんと考えてきたか?」



 椅子に腰掛け、魔導書を読みながらライザが言った。

 読んでいるのは、魔術で次元を開くための研究の本だ。

 あれから三年。今のライザの生きがいは、俺が作る飯と、向こうの世界、つまり近代の地球の話と、そして、地球に転移するための魔術の研究をすることだった。


 ライザは神の代理人シャドウである。神の代理人シャドウにはスキルではなく、権限オーソリティと呼ばれる、スキルより五ランクは上の特殊能力を与えられている。


 ライザの権限オーソリティ文明創造アイテムマスター

 どんな道具でも作れてしまえるという、俺なんかよりよっぽど転生者なのではと思えるほどの、チート中のチート能力を持っている。


 だがライザのこの権限(オーソリティ)には欠点とは言えないまでも、ちょっとした副次効果がある。

 それは、作ったアイテムがダンジョンに宝箱としてポップしてしまう、ということだ。


 つまり、下手に道具を作ってしまうと、文明が数歩飛ばして進化するかもしれないし、チートアイテムを使ったパーティーにとんでもなく世の中を荒らされるかもしれない。(余談だが、ダンジョンに隠されている古代魔術もその類のものであり、失われた古代の魔術、というものでは実はないらしい)


 俺のチートスキル、アーストゥエバーグリーンの時もそうだったのだが、神は全体的に説明不足だ。

 ライザの文明創造アイテムマスターは確かに何でもできるが『本当に何でもしていいのか?』という問いには答えていない。


 ライザの能力は確かにすごい。だがそれはあくまで借り物の力でしかない。そしてライザの立場は神の代理人である。


 欲のまま世界の秩序を乱しすぎた場合どうなるのか。罰は下るのか。それともそのまま放置されるのか。下るならどんな罰なのか。能力剥奪だけなのか死刑なのかそれ以上のものなのか。それはライザにもわからないのだ。


 ただまあ俺のアーストゥエバーグリーンの時もそうだったが、その能力を持つものだけが感じる肌感ってやつがある。


 多分ライザも、地球に転移するための道具を創造するのはまずい、と感じているのだろう。

 だから文明創造アイテムマスターに頼ることなく、自力で転移するための術を開発中、というわけだ。


 俺は勉強熱心なライザを目端で捉えて笑い、厨房に向かった。



「すぐに何か作るよ」


「お前は新聞を読むのが好きだったな」



 魔導書に目をやったままライザが言った。



「あーまあ好きというか、単に実戦ができる修行場所を探すのに使ってるだけだけどね。別に経済に興味があるわけではないよ」


「後で読んでみるといい。まあまあ面白い記事が出ていたよ」


「ふーん」



 ライザがそんなことを言うのは珍しいなと思いつつ、俺は厨房の前に魔導コンロを置いた。

 足下には朝方市場で買った材料がいくつか。それと、俺がアーストゥエバーグリーンで呼び出した調味料。

 この三年で元の調味料は賞味期限切れとなり全滅したが、ライザの文明創造アイテムマスターにより、探知剣サーチソード(切った物質の材料と工法が刀身に表示される剣。ただし形ある煙を通すのに近く、物質が真に切れるわけではない)を創造し、出てきた工法を実践することで完全ではないにしろ、複製することに成功した。そのまま複製する道具を創造しなかったのは、上記で言った通りである。

 俺はタルの中の水で手を洗い、鍋の中で沸騰させた包丁を見る。

 長い旅路の中で魔導コンロは二つになっていた。



「よし、作るか」



 窓から差し込む朝日を見ながら俺はつぶやいた。

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