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第11話 バッドニュース

 ガーリックエッグトーストを二人して食べた後、俺はライザが言っていた新聞を読んでみた。



 食後のために用意したコーヒーの香りが部屋内に漂う。

 まあそれ以上にニンニク臭いかもだが。揚げにんにくと卵をこれでもかってほど乗せたしな。後マヨネーズと。

 半ば神であるライザに口臭はないが、俺にはある。当たり前だが。今の俺の口はとんでもないことになっているだろう。まあそんな話はさておき――



 確かに面白い情報は多い。特に目を引いたのは、ベルンツィア皇国の東に隣接している国。ラクシュータ公国の公主エンシェント=ルーク=ラクシュータがそろそろ死ぬかもねって記事か。

 次代を継ぐのは公女アン=イザベラ=ラクシュータで決まりだろうが、アンはかなり好戦的な性格だと言われている。

 つまり――



 まーた招集されるんじゃねえだろうな。

 俺ばっか駆り出されるのはもうゴメンだぜ。

 さすがに次はボイコットしようかなー。



 新聞をパラリとめくる。

 四面だった。

 つまり最後の方の、ここ東ベルンツィア帝国にとっては、しょうむない記事を載せる場所。

 流し見で記事を読んでいると、最後の最後。小さい記事ながら、俺にとって『だけ』衝撃的なタイトルが、俺の心をわし掴みにした。

 握り潰されて、血があふれ出そうになるほどに。



『バーバラ候が執心している異例の男爵として有名なディスケンス=ローディスの長女カトリ=ローディスが行方不明。三年前から行方知れずのクロード=ローディスに続き二人目』



 時計の針の進む音。

 いたく大きく聞こえた。

 新聞を置いて、あご肘をつく。

 しばし考えた。

 もう俺には関係のないことだ。

 忘れたのだ。

 あの家の全てを。

 だがカトリ姉はいい人だった。

 ベレト兄もエイチカもそして――アイリスも。



『逃げてください、クロード様。少しですが、金貨が入っています。これだけあれば、しばらくは食べていけるはずです』



 目を見開く。

 入っていた金貨は二十枚。突発的に、家の中で渡されたのだ。普通に考えればありえないことだ。

 つまりアイリスとアインはグルだった。

 二人して俺のことをハメたのだ。

 あの時ライザと出会わなければ俺はとっくに死んでいた。

 カトリだってどうかはわからない。裏でアインに加担していなかったとどうして言い切れる?

 裏切られるのはもうごめんだな……。



「行かなくていいのか?」



 ライザが言うので、目を向けた。

 ライザは魔導書に目を向けたままだ。



「お前の家族だろ?」


「元家族さ。今の俺はただのしがない傭兵だろ?」


「いいことを教えてやろう。子どもでも知っている当然のことだが」


「なんだよ」


「死ねばそれまで。お互いにとってな」


「……」


「言いたいことがあるなら言っておいた方がいい。言っておいた上でまた後悔する。そんなもんだ。そして人は思ってる以上にあっさり死ぬ」


「……重いな。ライザが言うと」


「……どうする? 時はあたしのように待ちはしないぞ」


「ご忠告どうも。と言いたいところだけど」



 ガタンと椅子を引いて俺は立ち上がった。

 笑ってライザを見下ろす。



「だったら飯前に言ってほしかったね、俺は」


「そうだな。先に言っておけば今日の献立こんだては変わったかもな」



 パタンと本を閉じて、体臭も口臭も存在しない、半ば神であるライザが言った。

 二人の目の前には、ガーリックエッグトーストを食べた皿が置かれていた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇



「結局一昼夜走り倒しだったな」



 姉が捕らえられているであろうと思われる洞穴を、二百メートルほど先の高丘から見下ろし、俺は言った。

 場所の割り出しは例によってライザの能力に頼っている。  

 ライザの権限オーソリティである文明創造アイテムマスターは、あまり強大なものを創造してしまうと、ダンジョンにポップした時に世が乱れる。

 そこで探索サーチできる相手を肉親のみに限り、かつ探索サーチする時にその肉親の身体の一部を要求することで、道具のレアリティを下げている。ちなみに今回は髪の毛を使った。

 まあレアリティを下げるとそれはそれでポップする数が増える、との話だが。



「疲れたか?」


「いや? まあ全くといえば嘘になるけど。とりあえず相手の数ぐらいは確認しとくか。大地よ。我が願いを聞け、そして応えよ。我が手の先に続きしその姿、我が魂にへと明示せよ。地続観ノームロックス



 大地に手を当て、呪を唱えた。

 魔力が波動となり、大地の上を走っていく。

 この先の地形、地形に立った建造物から人間の姿までが、輪郭だけとはいえはっきりわかる。



「何人だ?」


「正面に九人。裏に一人。洞窟の中は――かなり多いな。でもこれ死んで――いやちょっとこれわかんねえな」


「話にならんな」


「んだとじゃあライザがやってみろよ!」


「よく見ておけよ」



 ライザが地面に指を添える。



「大地よ」



 ただそれだけの呪で、大地が脈動する。ライザぐらいの高魔力と練度になると、呪なんて必要ない。『大地よ』の一言で精霊の個我が狂う。



「なるほどな。確かに多いな」


「……で?」


「……恐らく秘宝を取った後のダンジョン跡地をそのまま使っているのだろうな。秘宝を取っても人が残っていればダンジョンは崩れない。その修正を利用して、ダンジョンをそのまま使うやからが多い。嘆かわしいことだ。そんなことのために作ってるわけじゃないんだがな」


「……で? 何人なんだよ」



 若干キレ気味に俺は先を促した。



「……かなり多い。大半死んでるが恐らく、生きてる囚人は七……いや八人。一人は恐らくカトリ=ローディスか。そして後二人ダンジョンを潜っている人間がいる。合計十人。わかったか? よく頭に叩き込んでおけ、ボケ」



 こ、このガキャ〜〜〜〜〜っ。

 殴っていい? 殴っていいですか? この子? そろそろ鉄拳制裁、ありっすよね? いや殴れない上にぶっ飛ばされるだけですね。やめとこう。



「は……はい」



 俺は苦虫を噛み潰すよりも苦い気持ちで、そう答えた。

 そんな時。

 二百メートル先の見張りの男が、キョロキョロと振り返っていた。その首が、俺達を見据える位置で止まる。二百メートルの距離を離した、高丘にいるにも関わらずだ。

 明らかに気がついている。


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