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第13話 燃え上がるは復讐の火

「よお。久しぶりだな、兄貴。いや、この格好じゃわからないか?」



 サングラスを取って、俺は言った。ウィプスは盗み聞きする際に消している。



「お前は……クロ、か?」


「正解」


「呪は、解いたみたいだな」


「ああ。おかげさんで地獄をみたが、解呪してもらったよ」


「俺達を殺しにきたのか?」


「この隠し牢獄はお前の趣味か?」



 質問には答えず俺は言った。



「親父のだよ。貴族には自主裁判権がある。だから専用の牢獄を持ってるのは当たり前のことだ」


「なるほどな。ここの有り様はかなりひどいが、それなら死罪は免れそうだな。お前の質問の答えだが、答えは否だ。殺したいって言うならイエスだがな。姉さんが行方不明だってんだから来てみたら犯人はお前だ。いずれにせよ、拘束はさせてもらうぜ。お前にはいくつか聞きたいこともあるんでね」



 俺はスラリと剣を引き抜いた。

 抜いてから思った。

 そういやサングラス外していたんだったなと。

 俺の十八番は光破壊ライトブレイク、つまり光を用いた目潰しからの奇襲である。

 そのためのサングラスだったのだが、さすがに一度外してるのにつけ直すのはダサすぎか。

 まあいいけど。面倒くせえけどな。



「アイン様。ここは私が」


「キルバルト〜〜〜〜〜」



 名を呼んだ。

 俺の殺意に押されてか、キルバルトが一歩下がった。正直キルバルトに向けた殺気に一番驚いたのは、自分だった。



「久しぶりだなーキルバルト。また会えると思ってなかったよ、今日は最高の日だな、おい」



 剣の腹で肩を叩く。

 そして一歩踏み込んだ。

 キルバルトが一歩下がった。



「良いことを教えてやるよ、キルバルト。さっき俺は殺したいというならイエスと言ったな。お前は俺がもっとも殺したいと思っている男だ。二番目がそこのカス。三番目がエイフィスとかいう、逃げ延びたカス野郎。いつか必ず見つけ出す。必ずだっ!」



 持っていた剣を持ち上げ、振るった。

 すると、周囲の壁にヒビが入り、備え付けられた燭台の炎が勢いよく吹き上がった。

 俺の魔力に、周囲の精霊の個我が狂わされているからである。



 ――本を正せばこいつだった。

 主犯こそアインだが、そもそもこいつが変な古代魔術を覚えていなければ、こいつがクソバカのアインに加担しなければ、俺があんな目に合うことはなかったのだ。

 一瞬フラッシュバックした。

 俺をハメた五人の冒険者の姿。

 シャルルーとエイフィスを除き、報いこそ受けたものの、あの時の痛みと屈辱は忘れない。

 誰のせいだ?

 こいつだ。

 その元凶が今、俺の目の前に立っている。



「ふん!!」



 キルバルトが胸から小瓶を取り出した。親指でふたを回転させて弾き飛ばし、瓶の口から中身を豪快に飲み干す。中身は見た感じブードゥドラッグのようだ。

 俺は笑った。



 カラン、カラカラカラ……。



 キルバルトが瓶を放り出す。

 手を俺に向けて口を開いた。



「炎よ、我が声を聞け、そして応えよ。無尽の弾となりて敵を撃ち滅ぼせ。連火炎球フレアバーニング



 キルバルトの手から幾つもの火球が飛んでくる。

 俺はそれを笑って見ていた。

 火球は俺の手前の魔力障壁に着弾し、炎を撒き散らしながら四散する。

 足場が炎の海と化した。



「邪魔だな」



 俺は片手の一振りで、炎を全てかき消した。魔力の炎は酸素ではなく魔力を糧に燃えているため、対象の魔力に自分の魔力をぶつけて呑み込めば、自然と炎は霧散する。



「バ、バカな……」



 キルバルトがつぶやく。

 そんなキルバルトの髪は白く染まり、手、頬、唇にもシワが入っていた。

 恐らく二十年近くは寿命を使っただろう。それでも、俺に呪を唱えさせることさえできていない。



「呪も唱えずに。私の寿命を使った魔術が。こんな。こんなことが。奴は魔神か……?」



 俺は笑った。

 誇ったわけじゃない。

 ただの失笑だった。



「思い出すなーキルバルト」



 俺がまた一歩足を踏み出す。

 キルバルトが一歩下がった。



「お前には毎日毎日しごかれた。やりすぎだろってぐらい、毎日な。こいつは俺のことが嫌いなんだろうと思って、実際そうだった。そんなお前がよく言ってたな。相手から目を離すな。今だからわかる。いい助言だよなキルバルト。だから俺からも同じ助言をくれてやる。絶対に俺から目を離すな。今の俺をしっかりと見ておけよ。じゃないとお前――何もわからないまま死んじまうかもしれないからさー。そんなことは許せねえよ。なあ? キルバルトー」



 更にまた一歩。二歩。三歩。

 その度に下げた剣が石畳を擦り、ジャリジャリと音を立てている。

 キルバルトはこれ以上下がれない。後ろにはアインがいるのだ。

 俺と立ち会う他にない。

 足を止めた。

 キルバルトが持つブロードソードの間合いだった。

 キルバルトの剣がカタカタと揺れていた。足も小刻みに震えている。

 息も荒くなっていた。

 俺とキルバルトでは圧倒的に魔力量が違う。しかもキルバルトは古代魔術を覚えた副作用で精霊魔術が使えない。古代魔術とはそういうものだ。今の精霊魔術はブードゥドラッグにより寿命を対価に行使したもので、寿命を使っている分、本来の魔術よりもむしろ威力はあっただろう。だがそれももう種切れ。もっとも、切れてなくても俺にとってはどうということもないがね。

 魔術の手札レパートリーから筋力に至るまで、全てが俺が上。キルバルトが俺に勝てる確率は万に一つもない。情を与えられる可能性もゼロ。

 キルバルト目線で語れば、キルバルトはここで死ぬ。確実に。



魔呑症まのんしょうと言って、甚大な魔力は精霊だけでなく自身の個我をも狂わせる。気をつけることだな。魔呑症まのんしょうになると瞳の色が黄金に輝くからすぐにわかる』


『お前が強くなりたい理由は、復讐なんて矮小わいしょうな理由のためではない。そうなんだろ?』



 ふと、ライザの言葉を思い出す。

 しかし俺は――

 ただ、わらった。



「来いよ。キルバルト。自慢の剣で刺してみろ。殺したかったんだろ? 俺を。気持ちは同じだ」


「殺したかったわけではない」


「苦しめたかったのか?」


「違う!! 私はただ守りたかったのだ!」



 突いてくる。

 俺はそれを二本の指で挟んで止めた。



「ぐ! ぬおおおおお!!」



 キルバルトが力一杯押し込むも動かない。



「ぐう!! は、はああああああああああ!!」



 力一杯退くも、やはり動かない。



 惨めだとは思わない。

 愚かだとも思わなかった。

 ただ――◯す。

 それだけ思って、俺は笑った。



「そうか。守りたかったか。じゃあしょうがないな。許すぜ、キルバルト。復讐は、何も生まないからな」



 俺は下に向けたままの愛用の剣を放ってやった。

 もう終わりにしよう。

 そんな気持ちが伝わればと思った。

 片足を上げる。

 そして。

 キルバルトの左膝と右膝。

 足裏で蹴り込み、ほぼ同時に破壊した。骨と靭帯がぶちぶちと千切れる感触を確かに感じた。

 倒れ込むキルバルト。そのあごが真横に吹っ飛んだ。振り抜いた俺の裏拳がキルバルトのあごを砕いたからだ。歯が紅い飛沫しぶきと一緒に何本か飛んでいく。

 踊るように舞うキルバルト。その後頭部をすかさずつかみ、顔面から壁へと叩きつける。

 鈍い音がした。心配しなくても本気でやっていない。だから壁も砕けちゃいない。ただキルバルトの鼻骨が砕けただけだ。壁からタラタラと血が垂れる。

 ドカっと、ゴミでもどかすように、キルバルトの腹を蹴り飛ばした。多分肋骨も折れただろう。俺の靴の先端とかかとには鉄が仕込まれている。



「許してやったぞ、キルバルト」



 ほうった剣をつかみながら、俺は言った。

 キルバルトは口から血を零しながら、ふいごのように息をしている。多分折れた肋骨が内臓を傷つけている。

 ざまあみろと思った。



「半殺しでな」



 積年の恨みを込めて俺は言った。聞こえているかは謎である。

 半死半生のキルバルトを、アインが見下ろしている。

 次はお前の番だ。

 そんな気持ちで俺はアインを見ていた。

 俺はライザに力を求めた。

 努力がしたかった。努力した先の成功がほしかった。あんな惨めな目には二度とあいたくない。そんな気持ちを吐露とろして、だからライザは俺を鍛えてくれた。

 そこに邪な気持ちはないと、信じてくれたから。

 だが今ハッキリとわかる。

 認めるよ。

 俺は嘘をついていた。

 本当の俺はずっと、こうやってお前らを叩き潰したかった。

 復讐の鬼にこそ、本当はなりたかったのだ。



「強くなったな、クロ。さすがだよ」



 キルバルトを抱きかかえて、アインが言った。



「ああ。お前のおかげさ」


「いいや。俺のおかげじゃない」


「そうだな。お前のおかげじゃなかった。ライザのおかげだ」


「それも違う」



 抱きかかえたキルバルトを、離れた位置においた。

 そのまま逃げてもライザが仕留める。

 心の底でそれを望む自分がいた。

 こいつらを前にすると本当の自分が出てしまう。

 それがたまらなく嫌だった。

 本当はもっと超然としていたかった。復讐? 何だそれ? あの時のことなんて、もう忘れたよ。なんて。

 そんな気持ちもまた、本音なのだ。

 そんな俺でありたい。

 だから逃げちまえよ。

 そう思った。

 しかし俺の気持ちとは裏腹に、アインは俺と向き合った。

 スラリと剣を抜く。



「俺は気づいていたぞ、クロ。お前は産まれた時から意識があった。そうだろ?」


「え……」



 目を見開く。

 事実そうだった。

 何故なら俺は転生者なのだから。



 しかし何故こいつがそれを知っている? 



「産まれた時から意識? あんたバカじゃないの? 惑わされちゃ駄目よ、クロ。こいつはハッタリでしか勝負できない、情けない男なのよ!」


「カトリ。お前はガキだった上に察しが悪いから気がつかなかったのさ。俺は気がついていた。こいつは人間じゃない。化け物だってな」



 アインが剣を構える。

 すると、身体から黄金の光が噴き出した。

 氣功術ではない。魔力でもない。これは――

 アインのスキル。光の剣。効果は、モンスター特攻。魔物じゃない俺には本来無効のスキルだ。



「お前は、人間じゃない。強いのも当然だ。だがこの三年で、俺も強くなった。今こそこの鍛え上げた力で、ローディス家長兄、アイン=ローディスが、お前を討つ!!」


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