光の剣。効果モンスター特攻。モンスターと対峙した時、瞬発力、耐久力、心肺機能、魔力、装備の強度、威力、全てが二倍となる。
ずっと不思議に思っていた。
スキルは、十五年の歳月で経た経験や願望によって効果が決まるもの。
なのにアインのスキルは何故、光の剣なのか。
アインの人生に、魔物と多く関わった経歴はない。それなのに、アインがスキル光の剣を会得できるのはおかしい。しかしその答えが今わかった。
こいつはずっと、俺のことを魔物と思い定め、それをいつか討ち果たすことを目的に、生きてきたんだ……。
つまりこいつの思想は――
―――――――――――――
『努力だ。俺みたいな無能は努力するしかないんだ』
《おい。また◯◯だけ一人で何かしてるぜー?》
《どんだけ要領悪いんだよ、あいつ》
『欲しいものなんて何もない。趣味だって何もない。好きな人も彼女だっていない。だって俺は一度も勝てていないから。まずは一勝。俺はとにかく、努力するしかないんだ』
《えー△△くんすっごーい》
《本当に初めてなのー?》
《あーこんなの、初めてでも大体わかるっしょ?》
《アハハー》
『努力だ。人と比べるんじゃない。俺はただ、努力。努力。どりょく。どりょ――』
《団体戦のメンバーを発表するぞ》
カラン。
持っていた竹刀を、俺は落とした。
中学の剣道部で、ロクに練習にも出ていない男に、最後まで勝てなかった時だった。
――神様。
もしもいるなら教えてほしい。
俺は本当に――
人間、なのだろうか……?
―――――――――――――
そうだ。
アインの思想は、地球にいた頃の俺と――ほぼ同じだ。
「行くぞ、クロ!!」
「チッ!!」
光の弾となって突撃してくるアインの剣を、俺は舌打ちして迎え撃った。
ギィン! ギィン! ギィン! ギィン!
こいつ……っ!
強い。
いや違う。
俺が弱くなってるんだ。
ダブル。
どうしても、過去の弱かった自分に。
過去の――
幸せになれていたかもしれない、自分に。
俺はこいつを――
斬れるのか?
ギィン! ギィン! ギィン! ギィン!
斬れる。
その隙は何度もあった。
だがその度に刃が止まる。
《こいつ何やっても出来ないんだぜ?》
《□□くんはできるのに、どうしてあなたはできないの?》
《◯◯!! どうしてお前はいつもそんなにやる気がないんだ!》
『え……?』
《いつまで経ってもお前だけ二段にもなれないで! お前は本当に努力しているのか!?》
ギィン! ギィン! ギィン! ギィン!
《すごいです、クロードさんの魔術の才能は! 何の修行もなくこの魔力容量は、才能としか言えません!》
《素晴らしい剣の腕前ですよ、坊っちゃんは。とても初心者とは思えません》
《あ、クロードちゃんだー。ローディス様の四人目の子供ですってよ。まあ可愛い。まるで大人と話してるみたいよねー》
《それに比べてアイン坊っちゃんは……》
《本当に長男なのかしら?》
《何年も早く産まれているのに――ベレト様やクロード様に、何一つお勝てになれないなんて……》
「風よ我が声を聞けそして応えよ。空を貫く力よ、この手に宿って弾け散れ。
「チッ!」
俺は飛び上がり、アインの魔術を回避した。だが頭上。洞窟の天井に、アインが足をつけ剣を振りかぶっていた。
「遅い!!」
天井を蹴り飛ばし、
まずいな。アインの強烈な思い込みのせいか、光の剣の効果が剣と蹴り足に乗っている。
ただのブロードソードじゃ止めきれない。
ガキィン!!
剣がへし折られ、血が舞った。
俺は石畳に足をつき、後方に大きく下がった。
とっさに投げたナイフがいい牽制にはなったのか、アインはその場から動くことなく、剣先を石畳に向けながら、荒々しく息をついている。
アインの全身から光の剣の視覚効果である、光の粒子が立ち上っていた。
「勝てる!! 勝てるぞ!! 今度こそ僕は、クロに勝てるんだ!!」
アインが暗示のように唱え続ける。
牢屋から、姉の声援が聞こえた。
しかし、俺の心は折れかけていた。
本当に悪いのは、アインか?
いや惑わされるな俺。
状況をよく見てみろよ。
今の姉の有り様を見ればわかる。俺の過去を思い出せばもっとわかる。アインとキルバルトに毎日どんな目に合わされたよ。アインもキルバルトも混じりっ気なしのクソ野郎じゃないか。だが――
そこまでアインを追い詰めたのは、誰あろう俺じゃないのか?
アインは、俺が赤子の頃から意識があることに気がついていた。
わずか五歳でだ。
天才と言い切っていい。
俺でさえ気づかれた原因がわかっていないのに、普通そんなこと、五歳でわかるわけがない。
俺さえいなければ、アインはまっすぐ育ち、ローディス家を担う人間になれたんじゃないのか?
それだけの素質がこいつにはあった。
それを俺という異質な存在が、何もかも黒く塗りつぶしたんだ。
必要か?
俺は。
この世界に。
本当に、必要なのだろうか?
俺が消えてしまうこと。
本当はそれこそが、世界から見ての正義なんじゃないのか……?
「何だ。まだ片付けてなかったのか」
透き通った声と共に、アインの背中側にある階段から、ライザが姿を現す。
俺達を見て、ライザは少し困惑した顔を見せた。多分俺が、この程度の相手に手こずっていたからだろう。
「う、うぅ……」
ライザが足下に目をやった。
アインが先程運んだキルバルトが、うめき声を上げていたのだ。
「よせ!! キルバルトに手を出すな! 僕が許さないぞ!」
「そうか。こいつもか」
アインの言葉を無視して、ライザが腰を下ろした。キルバルトに光る手を当てる。
うめき声をあげれるだけでも奇跡と言える致命傷を与えたと思っていたが、ライザの
まあ
「人間一人をここまで壊しておいて今更迷いも何もあったものじゃないな、クロ。お前のそれは迷いじゃない。浸っているっていうんだ」
ライザが辛辣な言葉を投げかける。
ごもっともだが、キルバルトとアインは違う。
アインがおかしくなったのは、完全に俺のせいだ。
俺が――
地球における三十五十年の知識と、神から与えられた莫大な魔力量。
こんなものを持って産まれてしまったから。
本来いるはずのない化け物が産まれてしまったから――
アインは狂ってしまったのだ。
全て、俺のせいだ。
「クロ。お前の自己犠牲の精神は立派だよ。褒めてやる。それは尊ぶべきもので、大事にしていけ。だがそれを踏まえた上で言ってやる。御託はいいからとっとと勝てボケ。自分なんていらないというのなら、あたしのためにさっさと勝て。目の前の男とあたし。どちらを選ぶべきかは明白だろ。それでもウダウダ悩むようならそれでもいい。あたしが一瞬で片をつけてやるよ。そこをどけ」
治療が終わったのかライザが立ち上がり、こちらへと手を向ける。
向けられた掌が淡く光っていた。全身からはこれでもかというほどの魔力、俺と伍して余りあるほどの魔力を立ち上らせている。
ライザの魔力に呼応して、ダンジョンが塵を落としながら、ガタガタと揺れていた。
マ……。
マジかこいつ……。
とんでもない女である。
控え目に言っても神の
後一応言っておくと、ライザは俺のために言っているわけではない。情はあっても自死しようとする者を助けるほどの情はない。
それがライザだ。
ライザは百パーセント、自分のために言ったのだ。俺がいないと、千年生きているライザの知的好奇心を満たせないから。
そして人間の生き方なんてものは、それで十分。
昔ライザが俺に言ったことだった。
俺は笑った。
どちらにしてもと思ったのかもしれないし、悩むのがアホらしくなったからかもしれない。
いずれにしてもわかったことは一つある。
それは――
俺は立ち上がって、折れた剣を横に構えた。精神を集中する。
「闇の精霊よ。我が声を聞け。そして応えよ。我が手に集いて、全てを切り裂く刃と化せ。
剣を振るった。
剣は半ばから折れているにもかかわらず、石畳を切り裂き煙を上げた。
「悪いな、アイン。待たせちまったが、今ようやくできたよ。自分のために全てを粉砕する――覚悟ってやつが!」
目元を袖でぬぐった。
弱かった――いや、浸っている自分との、決別だった。
――そうだ。
俺は強くなりたかった。
今度こそ自分が勝者になりたかった。
そのために手さえ汚した。
アインには同情している。悪いとも思っている。ここはさすがに自分が引くべきなのではとさえ思っている。
だがそれでも通る。
俺はもう二度と譲らない。
自分さえ傷つけばとか。自分が負けてあげればとか。
現世の時のような生き方は絶対しない。
俺の前に立ち塞がる奴は、誰であろうと粉砕する。
誰に外道と呼ばれても構わない。誰が泣くことになっても関係ない。
今ハッキリ理解した。
それが
人生二度目の生き方だ。
剣を構える。
するとアインが失笑するように、笑った。そして同じく構える。
手を前に出し、切っ先を相手に。同じ剣術指南役から教えてもらった構え方で。
アインの全身から、光の粒子がより強く噴き出した。
「バカが! そんなものはな、最初から誰もが持ってんだよ!! 全身全霊で来い、クロ!! 今日こそは、僕が勝つ!!」
アインが光の弾になって突っ込んでくる。
俺も同じく突っ込んだ。
アインは突進力を殺さぬままの上段振り下ろし。
俺は身を低くしての下段からの切り上げ。
光と闇が衝突する。
そして――