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第15話 尋問

「起きたか?」



 目を開いたアインに俺は言った。アインが目だけを俺に向けてくる。目以外、動かせる場所がなかったからだろう。

 俺達は今、召喚獣に引かせた荷車に乗っている。荷車はライザがディメンションクロスから出したものである。

 アインが使っていた部下は手足を縛り、隠し牢獄に放っている。

 今荷車に乗っているのは、俺、ライザ、カトリ、アイン、キルバルトの五人である。無論アインとキルバルトに関しては、両手足を布で縛り雁字搦めにしている。後余談だが、カトリは服を着替えている。



「今、ブリンストンに向かってる最中だ。お前の処遇は自主裁判権を持つ親父が決めることになるだろう。俺はそれ以上関与する気はない。ただお前にはいくつか聞きたいことがある」


「……何でも聞けよ」


「まず一つ目。お前は本当の母様や姉様がどうのと言っていたがあれはどういう意味だ?」


「そのままの意味だ。俺とお前らは母親が違うんだよ」


「お前がわめいていた時、お前は俺達と言っていた。あれはお前とキルバルトを指すのか?」


「盗み聞きだった割によく聞いてるな。さすがだよ」


「質問には端的に答えろよ」


「訂正しよう。俺とお前は母親が違う。そして、アイリスも」


「アイリス?」


「アイリスは、お前らと半分血が繋がってんだよ。母上と血が繋がってないだけでな。つまり俺とアイリスは姉弟なのさ。双子のな」


「え……」


「ちょっとまってよ」



 アインの妹にして俺の姉、カトリが口を挟んだ。



「それはおかしいわ。アイリスはあたしが子供の頃から魔術指南役だったし、あんたみたいなスカが受け入れられてるのに、アイリスみたいな可愛い子が召使いやってるのは明らかにおかしいでしょ」


「バカが」


「なぁんですってー!!」


「獣人と人間じゃ成長過程が違うんだよ、姉さん」


「補足すると、獣人と人間は犬猿の仲だ。だから、獣人の血を色濃く継いでしまったアイリスは、士官学校にはもちろん入れないし、家族として受け入れるにしてもリスクがある。獣人と人間が交わることを、獣姦と同じと考える輩が多いからだ。同時にそれ界隈の変態も多いらしいが、余計にそれが悪評に拍車をかけている、というわけだ」


「じゃああんたのお母様は獣人だったってこと?」


「らしいな」


「らしい?」


「俺が物心つく頃にはもう死んでたよ。父上は弱者だったから死んだと言っていた」


「弱者だったから……」



 随分意味深な物言いをするなと思った。

 それはつまり、野盗に襲われたとか、そういうことなのだろうか。

 いくら父上が強くとも、目の届かない場所で襲われたらどうしようもない。



「じゃあ本当の姉様ってのはアイリスのことを指してたってことか? お前の行動がアイリスのためになるとは思わんが」


「は? 本当の姉様? 何のことだ。確かにアイリスのことは姉だとは思っているが、それだと二人いるみたいじゃないか」



 目を開く。

 カトリを見る。カトリは掌を上向け、呆れた顔で口を開いた。



「確かに言ってたわよ。本当の母様や姉様のためにもって」


「何を言っているのか本当にわからない。まあ、子供の頃はアイリスのことを姉様と呼んでいた……グッ、うっ、ような気がするが、そのせいかな」



 しかめっ面をした後、アインが言った。まあそう言われると、そうなのかもとしか言いようがない。実際理は通っているのだ。アインがアイリスを姉様と呼ぶのをやめたのは、アイリスが戸籍から実質外れたからだろうし。

 ……まあとりあえず、今はこの話題は置いておくか。

 聞きたいことは他にもある。



「次の質問だ。ベレト兄さんを殺したのは、本当にお前じゃないのか?」


「違う。俺は父上が殺したと確信しているがな。他に該当者がいない。ベレトは研究者でありながら、剣の腕も兄妹の中でピカイチだった。そんなベレトが声も発せず殺されていたが、父上の腕なら納得だよ。身内どうこう関係なく、父上なら声を出す暇さえ与えてはくれまい。瞬殺だよ」


「動機がない」


「いやある。ベレトは確かにすごい奴だが賢すぎた。ベレトは俺の秘密に気がついていた。お前の力を俺が封じている、という秘密にな。俺を落とせば次の後継者候補はベレトだが、俺とベレトなら、どう考えても俺の方が御しやすいだろう。特に俺はバーバラ候のご令嬢と縁談もしていて、下手にちょっかいをかけられると厄介な状況にもあった。ベレトの頭脳と優しさ、強さ、あるいは野心が、父上には邪魔に思えたんだろ。自分の目的のためなら我が子でも殺せる。そういう人だよ、あの人は」



 本当にそうだろうか?

 生前最期に見たベレトの表情を思い出す。

 気のせいかもしれない。

 だがベレトは嫌らしく、俺のことを見据えていた。

 ベレトと付き合ってきて、ベレトのあんな顔を見たのは初めてである。何らかの魔術にかけられて、正気を失っていた可能性の方が高い。いやそうであってほしいと思っているだけだ。もしもあの状態が正気だったのであれば――

 本当にあの発言は、俺のためを思ってのことだったのだろうか……。

 何よりアインの推察は肝心な部分が抜け落ちている。

 ベレトの殺害には俺の剣が使われていた。無論俺に罪を着せるためだろう。

 仮に父上にとってベレトが邪魔であったとしても、俺の剣を使う理由はどこにもない。

 もしくはベレトを殺した剣は別にあり、それをアインが入れ替えたのか。

 俺はほとんど部屋にいたが、トイレや風呂などで部屋を出たことはある。

 入れ替える機会はあったと思っていいだろう。



「他には?」


「お前が使っている部下のことだがな」



 俺が剣の話をする前に、口を挟んだのはライザだった。

 そういやあの黒ずくめの連中を調べたいとか言ってたな。 

 ライザは人に物を尋ねておきながら、目を向けることなく魔導書をめくっている。



暗夜あんやのことか?」


「そいつらについて詳しく教えてくれ」


暗夜あんやは父上が使っている間者集団だよ。いつからの付き合いとか、どういう経緯でとかは知らない。俺が使っているのはそのうちの二個小隊で、ベレトが死んだ次の日に預けられた。俺を後継者に定めた証だろうと思っている」


「あいつらは、お前らのことについてどの程度知っている?」


「俺達のこと? まあ大体は知ってると思うよ。暗夜あんやは家族の監視や間諜も任務に含まれているからな。護衛と言い換えてもいいが」


「なるほどな」



 ライザはそれだけ言って、続く言葉を発しなかった。質問している時もめくっていた魔導書をパラパラとめくっている。

 しばし何とも言えない沈黙が流れた。



「あんたら話が長い」



 髪をかき上げて、カトリが言った。



「全員話すことがなくなったのなら、今度はあたしの番ね。あってもあたしの番にするけれど」



 まだベレト殺害に俺の剣が用いられていたことについて聞いていないのだが、こういう時の姉さんに反論すると何かと面倒なので俺は黙っていることにした。

 聞く機会はまだまだある。


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