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04話:~予定と秘密。~

「いってて……」


 バチバチと機械の腕に電流を帯びたまま、帰宅した晴と雫。隣で肩を支えてくれている雫の手を借りながら靴を脱いでリビングへ行くと、椅子には座らず床に腰掛けた。痺れる全身を確認してみると、人間としての半身には怪我一つなかったが、日常的な手入れをしていなかった機械の半身は、SG-563のあの一撃でボロボロになってしまって、一切機能しない。指一本動かすことさえ許されない状態だった。それだけ、彼の力が凄まじかったということなのだが。


「あーあ、こりゃロジさんにどやされるっスね」


 と言った晴の興味はとうの昔に敵の方から消え失せてしまっている。今日出会った敵よりも、明日から再開するバイトの方が気がかりなのだ。朝のうちにロジとウラの店に行くしかないか、と慣れない手つきで機械の腕を結合部から外した。やれやれといったその様をじっと見ていた雫の視線に気付いた晴は、ちらりと彼の翡翠色の瞳を一瞥すると、手に持っている鉄の塊を彼に差し出して見せた。


「これ、覚えてるっしょ?」

「ああ……」


 心なしか雫はやるせない顔になる。彼は、晴の右半身が吹き飛ばされるところも、その右側が作り替えられるところも、目の前で見ているのだ。いくら雫のような淡白な人間だって、その衝撃はよく覚えていることだろう。晴だって朧げだが、当時の彼の動揺っぷりは忘れられない。しかし、その代わりと言ってはなんだが、結果として晴はとして組織と離別することが出来たのだから、儲けものだ。まあ、為すべくして手に入れた平穏が、こうもあっさりと崩れてしまうことになるとは、数年前の自分は想像もしていなかっただろうが。だって、あの時は自分のことばかりに必死だったから。


「もうじき、組織はこの日本を狙ってくる。お前のいるこの場所を脅かすわけにはいかない。もう二度とごめんだ。あんなお前を見るのは」

「だから、なんでっスか」

「…………」

「肝心なところは教えてくれないんスね」


 まあ、いいけど。と彼から背中を向けて、傷にまみれた腕を弄る。出来る限りロジから嫌味を言われる要因を減らすためだ。


 お前がいるこの場所を脅かすわけにはいかない。


 誰の真似かそう言ってくれる雫の存在は有難いし、彼は腐っても相棒だ。何があっても生き延びて欲しい。しかし、雫らのような強化人間が、下手に海外へ逃走するわけにもいかない。その理由を知っているから、ここから出て行けと言うわけにもいかないし、とはいえ居候している彼から無理矢理理由を聞き出して巻き込まれたくもなかった。つまりは晴自身も雫に対してどう対応すれば良いのか、未だに分かっていないのだ。

 晴の恩人とも言えるロジとウラは、晴の居場所をこの街に作ってくれた。彼らを縛る忌々しいAIの頭脳を駆使して、人としてどうやって生きて行けば良いのかという知恵と、名前を与えてくれた。それを思うと、今あの時の自分と同じ状況下にいる雫に、同じことを返すべきだと思っている。それがロジとウラに出来る最大の恩返しだと思ったのだ。


「とは言え……状況が違うよな状況が」


 そうぽつりと呟いた晴は、明日自分が行くついでにロジにも雫のことを話しておいた方が良いと判断する。きっと彼なら、この男をどうすればいいのか、助言をくれるであろう。真面目に話を聞いてくれればの話だが。こっそり一縷の希望を抱いて、窓の外を警戒している雫を一瞥する。

 昨夜までは「そんなに警戒しなくとも」と、楽観的に考えていたが、今日あの強烈なを体験したら、そうも言ってはいられなくなる。晴がいた頃よりも格段にレベルが上がっているのだ。あれだけ警戒しても足りないくらいだろう。


「じゃあ、明日はロジさんとウラさんのところに行くから、アンタもさっさと風呂入って寝てくださいよ」

「…………」


 反応はない。だが、雫の態度を気にすることなく片手で入浴の準備をすると、足音を消して浴室へと向かったのだった。


 どうして。どうして軍のために生き、軍のために死のうとして、己を持とうとしなかった彼が、叛逆などを起こそうとしたのか。昔からあいつの考えていることは分からない。理解したくもない。

 ため息を吐いて、何もかも忘れるように、その場へボロボロに破けたTシャツを脱ぎ捨てた。

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