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133「アリガトウ」


「ふざけてないで早く出るんだぞ! やりなお――――!?」


 荒げる声を止め、少しの間立ち尽くしたイギーさんが酷く慌てた様子で再び口を開きます。


「は、早く出て来い! どうせお前にボクを乗っ取るなんて事は出来ないんだぞ!」




 その時、ようやく僕の魔力がイギーさんの結界書き換えに追い付きました。

 もう限界ギリギリ、父に呪われていた時よりも魔力の回復量がマシなお陰でなんとかなりましたね。


 もちろん神の影プックルが取った行動により書き換えが停止していたお陰でもありますが。



 パァンッ、と乾いた音を立てて弾ける結界。


「でかしたヴァン!」

「行くぞ!」


 片膝をついた僕を尻目に、イギーさんに走り寄る二人でしたが不意に立ち止まります。


「結界は解けた。しかしあの中にはプックルも……。斬り掛かって良いものなのか?」

「……分からんな。とりあえずタロウと山羊のプックルを避難させよう」


 剣を納め、倒れ伏すプックルとタロウに駆け寄ります。

 良し、二人は冷静ですね。


 ここは様子を見るしかないでしょう。


 神の影とは言え、イギーさんの体に潜り込んだのは、まちがいなくプックルとしての意識を持った神の影なんですから。



「つべこべ言うな! ボクから早くでるんだぞ!」


 プックルの声は聞こえませんが、どうやら会話しているようですね。


「魔術の効きが浅いのか……、ならもう一度――」


 イギーさんの体が僅かに大きく、いえ、膨らんだと言う方が的確でしょうか。


「――お、おぃ! 待て! 待つんだぞ!」


『……待タナイ』


 神の影から放たれたプックルの声……。



『プックル、コレデ、終ワリ、ニスル』


「待て! 早まるな!」


『プックル、最後ニ、ミンナ、ノ、為ニ――』



 プックルの声に合わせる様に、イギーさんの体が膨らんでいきます。


「お、おぉ、お、い、待て、待って……く……れ」



『……待タナイ』


『ミンナ、アリ、ガトウ――』



 プックルの言葉を最後にギュッと一瞬縮んだイギーさんの体が、パァッと黒く光る様に爆ぜ飛びました。




 後には、何もありません。


 イギーさんの体も、その体に潜んでいた神の影の姿も……。




「プックルは、どうなったのだ……」

「……プッ、クル……」


 パンチョ兄ちゃんと、ロップス殿の肩を借りて立つタロウの呟きだけが響きます。


 タロウの瞳は茫然と、力なく前だけをいつまでも見据えていました。




「……プックル……」







 しばらくの静寂の後、その静寂を破る様に聞こえるパチパチと手を叩く音。


「……素晴らしい最後だった。心から感謝する、我が友よ」



「師よ……。起きて、おられたのですか……」


 声の主は、屋敷の二階テラスからこちらを見下ろすファネル様でした。


 精悍な顔付き、長い白髪を後ろで束ねながらもシャンと伸びた背筋。顔の皺だけは以前お会いした際とは比べようもないほど増えた様です。


 そのファネル様の両の瞳からは、隠そうともしない滝の様な涙が溢れています。


「師よ……プックルが……、プックルめは……」


 パンチョ兄ちゃんも同じように涙しています。

 僕もロップス殿もロボも、みな涙を堪えきれていません。


「良い。もう言うな。今はもう、忘れよ」


 冷たく言い放った様に聞こえますが、ファネル様の両眼から流れる涙は止まる素振りがありません。


「早くオレの所まで来い。時間を無駄にするな」


 そう言って背を向けたファネル様の言葉に反応したタロウが、突然ファネル様の屋敷に向かって走り出しましたが、ボロボロの体のせいですぐに転んでしまいました。


 転んだタロウが砂を掴み言います。


「……そ、そんな言い方……ないんじゃない、っすか……」


 タロウ……。


「ファネル様の涙を見たでしょう。ファネル様も悲しいんです。今は、今だけは忘れて立ち上がって下さい。プックルの為にも」


「…………プックルの為……」

「ええ。プックルの為に、です」


「…………分かったっす」



 タロウに偉そうな事を言いました。

 大至急僕も涙を止めないといけません。


 プックルの中の神の影は、神の影であっても紛れもなくプックルでした。

 僕らの為に体を張ってくれた、いつものプックルでした。




 タロウに肩を貸して立ち上がらせ、ロボの慰撫をタロウにかけて貰い、タロウに預けていた僕の魔力のうちの半分程度を僕に戻します。

 魔力枯渇からも脱し、ようやく人心地つきました。



「あぁ、それからな。そのマサンヨウのプックルもだ。ちゃんと起こして連れてきてやれ」


「え? そうなんすか!? イギーは元のただのマサンヨウに戻ったって……」


「ただのマサンヨウと神の影を足して混ぜた状態がプックルだったんだ。七十年前に俺がちょっと弄ってからずっとな」


 プックル! と声を上げてみんながマサンヨウのプックルに駆け寄りました。




「それから、向こうのも連れてこい」



 ファネル様が背を向け部屋へと戻り、扉を閉めるや否や、後方で結界が砕け散る音が聞こえました。


「ようやく解けたか。ヴァンの結界、なかなかに複雑だったよ」


 結界中央で地面に手をついていたアギーさんがそう呟きました。

 僕がイギーさんの結界に干渉できるんですから、アギーさんももちろん出来ますよね、当然。



 ……連れて来いって簡単に言いますけどね、相手はあのアギーさんですよ?

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