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134「必要がない」


 ゴゴゴゴと依然として大地の鳴動は鳴り止みません。

 早く礎の代替わりを済ませたいところなんですけどね、一番面倒な相手が自由になってしまいました。

 気が重いですね。



 僕の精魔術結界の破壊に成功したアギーさんに対して、ロップス殿と二人で警戒を強めます。


『ヴァン、イギーももう居ないんだ。ボクを出してよ』


 ああ、そうですね。左手甲の結界はもう用済みでした。

 プックルに感謝しなければいけませんね。


 左手甲の結界を解くと共に僕のすぐそばに光の渦が現れ、渦の中からウギーさんが姿を現しました。

 先日の狂気を湛えた様子は消え去り、初めて会った時の溌剌とした少年のウギーさんです。


 髪も長くややかげのある印象のイギーさんに対して、ウギーさんは短髪の溌剌とした印象、アギーさんはサラサラの髪に鋭い目付きが理知的な印象です。



「ヴァンさん! プックルが……プックルが!」


 プックルに駆け寄ったタロウ、ロボ、パンチョ兄ちゃんが慌てています。


「プックルが喋らないんす!」

「メェェ?」


 目を覚ましたプックルが立ち上がり、タロウの顔をベロベロと舐め回していますね。


「ちょっ、プックル! ちょい待つっす! プックルやっぱり普通のマサンヨウになっちまったんじゃないすか!?」

「とりあえず元気そうで良かったでござるが……」


 狙いをロボに変えて、その顔をベロベロと舐め回し始めました。


「魔力の源だったボクらの同胞が居なくなったんだ。当然だろう」

「なるほど、ボクらの同胞がね」


 アギーさんが解説し、ウギーさんが納得しています。

 完全に混ざり合っていた神の影が居なくなったせいで、魔力による精神感応が使えなくなったんですね。



「アギー、もうタロウを乗っ取る事はできないんだろ? もう戦わなくて良いんじゃない?」


 ウギーさんが提案します。その提案通りに戦わないでくれると――


「ああ。もう戦う必要はない。そのつもりもない」


 助かるんですが――って戦う必要ないって言いましたか?


「イギーの策が成っていれば違ったんだが、失敗した今となっては戦っても意味がない」


 また『』ですか。一体何を考えているんでしょうか。


「ここからはボクの考え通りにせざるを得ないが、オマエ達にとっても悪いようにはならない」


 どういう意味でしょうね。

 まだ何かするつもりの様ですが、僕らにとっても悪くない事……


「それは一体どういう――」


「メェ! メェェ!」

「分かったから! ちょっと待つっす!」


 話の腰を折られました。

 どうやらプックルがタロウの首を咥え、自分の背に乗るように強請ねだっているようですね。

 タロウを背に乗せたプックルをロボとパンチョ兄ちゃんが挟み、こちらに近付いて来ます。


「ヴァンさん、喋らんし弱そうになったすけど……、やっぱりこれプックルっす!」

「って、うわぁ! アギーが出てるでござるよ!」

「うわホンマすやん! みんな早よ離れるっすよ!」


 バタバタと大慌てで後退りするタロウたちにウギーさんが落ち着いて話します。


「心配しなくて良いよ。アギーはもう戦わないってさ」

「あら? ウギーも出てるっすやん。あ、プックルがイギーやっつけたからもう平気なんすね」


 確かに、アギーさんは何やらウギーさんと雑談などして戦う意思は全く見られません。

 何をするつもりなのか不明ですが、とりあえずは安心しても良さそうですね。


「本当なのか? ウギーはともかくアギーめが言う事を信用しても大丈夫なのか?」


 小声でそう言うロップス殿の懸念ももっともです。

 しかし……


「戦わずに済むならそれが一番ですよ」

「まぁそうだがな。拍子抜けしてしまったわ」


 僕は心から戦いたくなかったですけどね。だって強いんですもん。




「さぁ、ファネル様がお待ちです。アギーさんも連れて来いとの事ですから、みんなでお邪魔しましょうか」


 ゾロゾロとみんなで歩きます。

 一番後ろをウギーさんと並んで歩きます。アギーさんは少し離れて更に後ろを歩いています。


「アギーさんと何のお話ですか?」

「ん? ああ、イギーも逝ったね、ってね」

「アギーさんはなんと?」

「別に。逝ったな、って」


 そういえばウギーさんは同じ翼を持つアギーさん達の事を、『仲間じゃない』と初めて戦った時に仰っていました。


 アギーさんも同じ考えなんでしょうね。


「仲間……、仲間という表現で合ってるのか分かりませんが、仲間が逝ったというのに、ウギーさん達の関係はドライなんですね」


「ヴァンだって伸びた髪を切る度に悲しがらないだろ?」


 伸びた髪……


「イギーさんはまた生えてくる?」

「……? ……ぶははは! まぁ生えては来ないけどさ。イギーが居なくなっても、イギーの魔力はアギーと共にあるんだ。悲しくともなんともないよ」


 またよく分からない事を言っていますね。

 首を捻っているのをアギーさんが気付いたようで後ろから説明してくれました。


「ボクらは元々ひとつだ。この体も意思も、魔力も。分かれた体が無くなっても魔力はまた一つに戻る」


 ………………。


 という事は、ボクらが倒したイギーさんも、ナギーさんも、ニギーさん達も、その力が全てアギーさんに集まってる、そういう事でしょうか。

 そう言えばワギーさんはアギーさんが仕留めましたが、アレは単に、力をアギーさんに集めたという、こと――?


「あ、そっか。ヴァン達って魔力量測れないんだっけ」


 確かに僕らは測れません。


「こっちに来た頃はボクよりちょっと多いくらいだったけど、今じゃアギーの魔力量はボクの十倍くらいじゃない?」

「ああ。大体それくらいだ」


 ウギーさんの十倍……。


「あの、イメージが湧かないんですけど、もう少し分かりやすく比較するとどれくらいですか?」


 アギーさんに視線を向けて問い掛けます。


「そうだな。この世界の明き神と同じ……いや、今ならボクの方が多いな」



 …………そうですか。

 ……明き神になり変わるという話、満更冗談という訳でもないんですね……。


 戦いは魔力量だけで決まる訳ではありませんが、戦わずに済んで本当に良かったです。

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