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135「明き神の魔力」


「早くしろ、ヴァン!」


 アギーさんウギーさんと話しながら歩いていると、知らず知らずみんなから遅れていました。

 パンチョ兄ちゃんに怒られてしまいましたね。


 みんなはファネル様のお屋敷の正面入り口付近、小走りで駆け寄ります。


「すみません。お待たせしました」


 ファネル様のお屋敷は、この世界では比較的珍しい木造の二階建て。ところどころ焼け焦げたり一部破損しているところがありますね。


 何かあったんでしょうか。

 僕らがこちらに着く前からアギーさん達が居たからかと思い、アギーさんに視線を投げます。


「あれはボクらじゃない。お前だ」

「……え?」


「え? じゃないよ。ヴァンが放ちまくった魔法の流れ弾だよ」

「……あ」


 あの時は必死だったので確かに全然周りに気を遣っていませんでした。あとでファネル様に怒られてしまいますかね。


「我が師はそんな事で怒らん。心配するな」


 青い顔をしているとパンチョ兄ちゃんがフォローしてくれました。


「そ、そうですよね。ファネル様は細かい事を気にされるような方ではないですよね」

「ああ。師はアレだからな。しかし待たせるのはイカン。行こう」


 パンチョ兄ちゃんが扉に手をかけ押し開きます。


「ねぇヴァン殿。『アレ』ってなんでござるか?」


 小声で返事します。


「『お気楽極楽』ですね」

「メェェェ♪」


 プックルも嬉しそうに同意してくれた様です。




 押し開いた扉の奥は広めのホールになっています。

 ホールの中央、直接床に胡座をかいて座るファネル様。


「ヴァン、長旅ご苦労だったな」

「いえ、お待たせしまして申し訳ないです」


「師よ! お、お体は……」

「パンチョもご苦労だった。なんとかオレの寿命もまだ数日はつだろうよ」


 穏やかな笑みを浮かべてそう仰いますが、ハァハァとやや息苦しそうです。とにかく礎の代替わりを済ませるべきでしょう。


「ヴァン、慌てるな。まぁ座れ」


 不安を見透かされてしまいましたか。

 ファネル様の言葉に従い、ファネル様を半円状に取り囲むようにみんな腰を降ろしました。


 座ったプックルの頭をファネル様が撫で、「プックルも長い間ご苦労だったな」と労っています。嬉しそうに目を細めるプックル、良い光景ですね。



「まだ数日も余裕があると考えろ。まずは彼の話を聞きたい」


 そう言ったファネル様の視線は、ヒタとアギーさんに向けられていました。

 確かに、『もう戦う必要がない』と言ったアギーさんの思惑は依然として不明です。



「お前たちは、今も続くこの地鳴りをどう考えている?」


 アギーさんの言葉に呼応するかの様に、ひと際大きく大地が鳴動しました。


「明き神の魔力の減少に伴うものと考えています」


 僕の言葉にアギーさんが頷き言います。


「そうだ。ではどうすれば鳴り止むと考える?」


「それは……、この北の結界を強める為に礎の代替わりを……」

「それだけでは止まらない。間違いなくな」


 僕も不安には思っていました。

 ファネル様の守る北の結界の能力低下に伴う魔力流出、その流出を止めただけでは取り戻せないのでは、と。


「この世界を維持する為の魔力が圧倒的に足りない」


「足りないとどうなるんすか?」

「数年も保たずに崩壊する。この世界の全てが」


 恐れていた最悪の展開ですね。

 みな一様にお互いの顔を見合わせますが、誰も口を開きません。

 いえ、開けません。誰もがどうして良いか分かるはずもありませんから。


「ならどうすれば良い! お主に何か手があるのか!」


 パンチョ兄ちゃんが声を荒げて言い募りますが、アギーさんはどこ吹く風といった様子。

 けれど簡単に言ってのけました。


「ある」

「なに! あるのか!?」


「それは先程仰っておられた、アギーさんが明き神になり変わるという?」


 明き神よりも多い魔力があるというアギーさんなら可能なのかも知れませんが……


「それは出来ない。新たな礎を乗っ取ることが絶対条件だ。そうすれば明き神と直結する五大礎結界を足掛かりとして、魔術を駆使すればなり変わる事が可能だった」


 だから『今更』だったんですね。

 神の影の居ない今、イギーさんの策の成就だけが、アギーさん達にとっての成否を決めたと。


「ではどうするんだ!?」

「明き神の魔力を回復させる」


「どうやってだ! 叔父上の魔力量を還元してさえ……、いや、還元してようやく今の状況だと言うのに!」

「僕らやタロウの竜の因子では還元できない――――しかしあるんだろう? この世界の竜の因子が無くとも明き神に力を還元する為のものが」


 竜の因子、つまり明き神の欠片の還元……。

 アンテオ様が最後に行ったものですね。


 そんなもの、僕は知りませんがあるんでしょうか……


「この世界にひとつだけある。しかも、たまたまここにある」


 ファネル様がなんでもない事のように軽く言います。


「ならば貸せ」

「良いだろう。パンチョ、渡してやれ」


 急に話を振られてビクっとしたパンチョ兄ちゃん。


「渡せって……、我はそのようなもの持ち合わせておりませぬぞ」

「あるだろう。その腰のそれ、『明昏天地あかぐらきてんちの宝剣』がそうだ」


「うえぇっ! そのような大事なものを我が!?」


 い、一体なにを考えてそんなものをパンチョ兄ちゃんに譲ったんでしょうか。


「何故そのようなものを我に譲られたのですか!?」


 パンチョ兄ちゃんも同じ思いを抱いたようですね。当然の反応です。


「いや、別にオレいらなかったし。魔法も魔術も得意だったし」


「お気楽極楽もいい加減にされませい!」

「良いじゃないか。減るもんでもなし」

「減ってたら大事おおごとでしたわ!」


 相変わらずのお気楽極楽っぷり、ファネル様の素が出てきましたね。



 パンチョ兄ちゃんからアギーさんへと、明昏天地の宝剣が手渡されました。


「大事にしろ! やる訳じゃないからな! ちゃんと返せよ!」


 ふん、と鼻を鳴らしたアギーさん。


「こらぁ! ちゃんと返事せぇ! ロクな大人にならんぞ!」

「パンチョうるさい。静かにしろ」


 しょんぼりと肩を落とすパンチョ兄ちゃんでしたが、久しぶりのファネル様とのやり取りのせいか少し楽しそうですね。


「で、それを使ってどうするつもりだ」


「こうする」


 アギーさんはニヤリと笑い、抜き放った剣を逆手に握り、勢い良く床に突き立てました。刺さった深さから言って地面にまで届いているでしょう。


 どうするつもりでしょう。

 まさかとは思いますが……。

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