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136「オマエは自由に」


明昏天地あかぐらきてんちの宝剣とはな、理屈は知らんがかつて強大な力を持った竜族が力を還元した際に生まれたものだそうだ」


 アギーさんが床に突き刺した明昏天地の宝剣についてファネル様が説明してくれています。


「それを使えばこの世界に充満する明き神の魔力を使って擬似的な魔法を使う事が可能だ」


 パンチョ兄ちゃんが使った様にですね。


「逆に、個人の魔力を明き神へと譲渡する事も可能。すなわち明き神との魔力のやり取りが可能となる架け橋という訳だ」



 その明昏天地の宝剣を大地に突き刺しているアギーさんの思惑とは……


「ボクはこの世界を破壊したい訳ではない。七十年前と同じ轍を踏むのは御免だ」

「では貴方の魔力……明き神に譲渡を……?」


 口の端を持ち上げて、再びニヤリと笑ったアギーさん。

 そう単純な話でもありませんか。


「そこまで甘えられては困る。破壊したくないのは、この世界を手に入れる事を諦めた訳ではないからだ」

「まだ諦めてないんすか」


 ぼんやりしていたタロウも聞いていた様です。

 小突いた甲斐がありましたね。


「今回の寿について、オマエたちはどう考えている?」


 五英雄の寿命が尽きかけた件について……

 どうと言われても、当然起こり得た事としか……


「もうすぐ解決する、と考えているか?」

「……俺が新しい生け贄になるんすから、そりゃぁ……」


「西の結界は精霊女王、南の結界は竜族の長、中央の結界は真祖の吸血鬼……」



 ……あ。


 ようやく気付きました。

 今までどうして気付かなかったんでしょう。

 どうやらファネル様も気付かれたようですね。


「……そうか、ガゼルか」

「え? ガゼルさんがどうかしたんすか?」


 僕とファネル様以外はまだ気付いていないようですね。


「今挙げた三人の寿命はまだまだ尽きる事はないだろう。しかし、東の結界の礎はたかが獣人。あとどれほどつ?」




 ……静まり返るホール。みんなが理解したようです。



「え? どういう事すか?」


 異世界人であるタロウだけは理解できなかったようですね。


「ガゼル様は獣人です」

「知ってるっす。服着たライオンっす」

「一般的な獣人の寿命は百年ほど、獣人にしては魔力の多いガゼル様でも、おそらく二百年ほど……」



「いや、って百五十年ほどだな。五大礎結界の維持に伴い寿命が縮む。今のオレが良い例だ」


 そうでしたか。

 魔力量の多寡は寿命の長さに直結します。ファネル様の魔力量にしては寿命を迎えるのが早い気がしていましたが、そういう事でしたか。



「……え? ガゼルさんって今……」

「…………百十歳を超えたところです」


 再び訪れる沈黙。

 そしてそれはすぐに破られました。


「すぐやないかーー!」



 そう、ファネル様の寿命が尽きかけている、その話題の際に誰も思い及ばなかったのが不思議な程に、当然あり得た事です。


「ほんの数十年先には今と同じ状況になる。その頃にはもやって来る。ボクはそれまでの間、明き神と仮初めの同化をしてこの世界を守ろう」


 そう言ったアギーさんの体がボンヤリと光り始めました。


「……こうなる事を予想していた奴もいそうで腹立たしいがな」


 え? 誰のことでしょうか?


 なぜかタロウが自分の顔を指差して、それを否定するように顔の前で手を振っています。

 誰もタロウの事だとは思っていないと思いますよ。


「聞いているんだろう? 真祖の吸血鬼ブラムよ」


『…………聞いてはいた。が、何のことか分かんねぇな』


 父さんの声です。結界通話で盗み聞きしていましたか。


「フン、かせ。余分に寝たフリしてた癖によく言う」

『さぁ、どうだかな』



 ……そうですか、それも有り得る話ですね。

 このタイミングで僕らがファネル様の下へ辿り着く事が重要だったんですか。


 ギリギリのこのタイミングならば、消耗した明き神の魔力をアギーさんが補填する事を見越していたと。

 恐らく一度目に父の城を訪れた際には狸寝入り、そう考えれば『父の呪い』が解けた時にやはり目覚めていたんですね。


「フン、今更どうでも良い事だがな。この次はこうは行かん、覚えておけ」

『ああ、覚えておく。忘れなきゃな』


 アギーさんの体が、明昏天地の宝剣を握った右手を中心に輝き始めました。

 アギーさんと言えば黒い魔力色ですが、無色に近い輝きです。


「ボクらの中にオマエみたいなのがいるのも面白い。ウギー、オマエは自由に生きろ」

「……うん、そうする」


「ふ……、またな」


 そう言って微笑んだアギーさんの体が強く輝き、いくつもの光る球体へと姿を変え、ひとつ、またひとつと、弾ける様に消えていくと共に、その体がボンヤリと霞んでいきます。


 そうして最後の球体が弾けた後、そこにアギーさんの姿はありませんでした。


 みんなの間を沈黙が包みます。


「……やっぱ、けっこう良い奴っすよね、アギー」

「だから言ったじゃん。責任感の強い良い奴だって……」

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