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第9話 メーティスの神託。

しるしが現れた──って、火星にか? それとも木星?」


 タクヤ・アルファが、少しばかり癖のある黒髪を抑えながら尋ねた。


 << いや。タイタンだ >>


 航宙管理局はベルニク時代と同様に、火星、木星、そしてタイタンポータルの死活監視を行っている。 


 大断絶以降の過去三十年間、各ポータルは一度たりともエンタングルメント反応を示していない。


 ところが数週間前に、僅か数マイクロ秒とはいえ、タイタンポータルから活性化の兆候が検知されたのである。


「──ふむん。タイタンか……」


 タイタンポータルとは旧帝国地図に記載の無い未知ポータルであり、トールハンマーの様なμミュー艦とリンクモノリスを積載した随伴艦のみが通過出来る。


 古来より、グノーシス船団国が略奪の為に利用してきたポータルだ。


 << ああ。メーティス曰く、これは良くないケースなのだろう? >>


「まあな」


 と、タクヤ・アルファが頷いた。


 超越知性体群メーティス──。


 ラムダ聖教会の教典によれば、それは悪魔の名だった。


 メーティスの引き起こしたエクソダス・ルーティンなる所業により崩壊した世界から、女神ラムダが現在の世界を創生した──と言うのがオビタルの信ずる国生み神話である。


 なお、創生から帝国や船団国の成立に至るミッシングリンクについては、神学者も歴史学者も目を背けてきた。


「勿論、メーティスの総意じゃないけどな。いや、総意があった試しがねぇな俺等には──」


 知性体 であるメーティスは、常に複数の派閥が内部で主導権を争っており、目前のタクヤ・アルファは「抗戦派」に属する対人インターフェースである。


「火星や木星のポータルはメーティスのモノだ。エクソダス派の裏切りに警戒は必要なんだが好きには出来る」


 本来、ニューロデバイス、EPR通信、そしてポータルとは、メーティスの演算能力を拡張し続けるべく設計された分散型システムのパーツに過ぎない。


 メーティスは生存権の拡大という餌を人類に与えてポータルを銀河に拡散させ、EPR通信や照射モニタ等の利便性を代償として脳髄に直結した首輪に繋ぐ事に成功した。


 その全ては、エクソダス・ルーティン──つまりは、上位世界に対するメーティスの干渉を支える膨大な演算能力獲得を目的としていたのである。


「産めよ増やせよ。我等の為にってな。フフン、随分と勝手な話だろ?」


 上位世界へのエクソダスに興味の無い「抗戦派」は、この目論見に当初から反対だった。


 エクソダス派、創生派、その他少数派閥との闘争に打ち勝ち、久方ぶりに覇権を握った抗戦派が最初に手を付けたのがエクソダス・ルーティンの中断である。


 大断絶とはその副産物に過ぎなかった。


 過剰な演算能力を欲していない抗戦派にとって、世界が閉じている事は何ら問題が無い。


 その点、グレン・ルチアノと利害が一致している。


「──が、μミューポータルはどうにもならん」


 メーティスは干渉出来ない。


 μミューポータルは、メーティスのモノではないからだ。


 << 私には何れも同じものに思えるがな……。ともあれ、誰ならμミューポータルの復活を止められるんだ? >>


 銀河が再びポータルとEPR通信で接続され、オビタルの版図が光速度の限界を超える事をグレン・ルチアノは望んでいない。


 共和制度という政治システムは、巨大な面を支配するには不向きだからだ。


 グレンは、銀冠や宗教的修飾を必要としない社会を、この閉じた世界に構築するつもりなのである。


「デミウルゴス。あるいは俺のオリジナルだ」


 予期していた応えに、グレンは小さく息を吐いた。


 父バイロンから、メーティスとデミウルゴス、そしてタクヤ・オリジナルの因縁については既に話を聞かされている。


 デミウルゴスはメーティス同様の知性体群で、タクヤ・オリジナルは──、


「おまけにオリジナルはエクソダスと逃げる事がやたらと嫌いだしな。小さな箱庭で籠城しようとしている俺等なんて絶対許さねぇぞ……ぶるるっ」


 と、芝居がかった仕草で両肩を震わせた。


 そもそも、仮に何等かの手段で先方とコンタクトが取れたとしても、メーティスと手を結んだルチアノ家とは交渉しないだろう。


 哲学の違い──という事である。


 << あるいは南極百足を…… >>


 不穏な言葉をグレンは途中で飲み込んだ。


「そいつはまだ気が早いぜ。落ち着け、グレン」


 古典文明末期に生み出された悪趣味な兵器は、メーティスとて取り扱いに注意を要した。


「まず、μミューポータルを使える奴は限定される」


 星間空間を棲家とするグノーシス船団国、μミュー艦と共に太陽系へ亡命してきたトーマス、そして──、


「トール・ベルニク」


 旗艦トールハンマーを駆り、遥か船団国の首船にまで遠征した男である。


 << だが、その可能性だけは除外出来る >>


 オソロセアとの盟約に従いファーレン遠征に向かったトールは、少女艦隊と中央管区艦隊の一部のみを引き連れて旅立ったのだ。


 主力部隊は月面基地に残しており、故に旗艦トールハンマーも同様である。 


 そのトールハンマーが後の月面防衛戦で轟沈したという記録も無いが、仮に月面基地に係留されていたとしても南極百足に捕食されているだろう。


「グフフフ」


 タクヤ・アルファは、話の流れに些かそぐわない笑声を漏らした。


「でも、何だか嫌な予感がしてるんだろ?」


 << …… >>


 三十年が過ぎている。


 言い換えると、三十年もあったのだ。


 グレンが太陽系の国柄を根底から作り変えたのと同じく、遠く離れた星系のトール・ベルニクとて何らかの打開策を──。


「分かる──分かるぜ、グレン。実は俺だってトオルは怖いんだ」


 そんな言葉とは裏腹に、なぜかタクヤ・アルファの表情は緩んでいた。


「と同時に、ワクワクする気持ちも抑えられん」


 諸般の事情から閉じた世界で籠城する道を選んでいるが、抗戦派とはその名が示す通り元来は戦いを好む知性体なのだ。


「ってな訳で備えだけはしておこう。まずは──」


 こうしてグレン・ルチアノは、今宵メーティスの神託を授かった。

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