<< え? それに向かって話せばよろしいので? >>
戸惑った表情を浮かべたセバス・ホッテンハイムが小さなフレームの中で上下に揺れた。
船団国由来の撮影機器に、撮影している側も慣れていないのだろう。
<< で、では、誠に僭越ながら、ロベニカ殿並びに統帥府の皆様方へ、今上陛下より預かりましたお言葉をお伝えさせて頂きます── >>
◇
「これは、いつの映像かしら?」
頭部装甲を外したジャンヌ・バルバストルからは、EVA仕様のパワードスーツ以外に激戦の跡は窺えない。
──さすがは白き悪魔……。
──南極百足なんざモノともしてねぇ。
不正規旅客の船長は、久方ぶりに元軍人としての血が騒いでいた。
無論、「モノともしてねぇ」はずはない。
月面防衛戦の失敗から、数え切れないほどの試行と犠牲を積み重ねてきた結果なのだ。
ヴァルハラにてジャンヌを待つ戦士は敵味方共に数十万を超えるだろう──。
その戦乙女は──、
「懐かしいわ……」
と、
「大断絶の二周間前、撮影場所はマウォルスⅣ世の医務室近傍よ」
「マウォルス──火星方面艦隊旗艦ね……。 と、言う事は──」
「ええ。ウルド陛下がトール様の後を追って旅立たれた時の映像でしょうね」
当時、トール・ベルニクは少女艦隊を引き連れて、タウ・セティ星系のオソロセア領邦へ入っていた。
小領トスカナから始まったウロボロス・II型ウイルスへの対応に追われていた同領邦へ、かねてより機会を窺っていたファーレン領邦が本格的な侵攻を開始した為である。
かような情勢下に、ベルニクの屋敷で出産を間近に控えていたウルドは、ある朝突然、家令のセバスに対して突拍子もない指示を出した。
◇
「──夢を見るのだ、セバス」
「は、はあ」
マウォルスⅣ世の医務室に呼び出されたセバスは、臨月を迎えた女性とは夢見語りをしたくなるものなのだろうか──と、首を傾げた。
──だとすると、レイラ殿の方が相応しいはずですが……。
懐妊中の女帝による行幸という前例なき船旅に、セバス以下屋敷の使用人達と、レイラを筆頭とする近習方々も加えられている。
「あまりに何度も同じ夢でな。いよいよ、只事では無いと判断した」
「同じ夢……」
「うむ。まあ、そもそもトールの元へ向かうと決めたのも夢が原因なのでな」
「え? さ、左様でございましたか。屋敷でご用意した枕に何か問題でも……」
何らかのストレスが原因で、ウルドの夢見が悪いのでは──とセバスは考えたのだ。
「いや、此度の行幸については余の見た夢が原因ではない。つまり、あれは──ま、まあ良いではないかっ」
勝手に照れて、勝手に怒るウルドである。
「ともあれ、余の見た夢の話をお前にしておく。念の為、邦許へ──ロベニカあたりに伝えておいた方が良かろう」
「私めからでございますか?」
「重要時であると余の直感は告げているが、とはいえ夢見の戯言の可能性もある」
女帝自らが申し渡した場合、統帥府の最優先課題になりかねない。
政治色の無いセバスから伝えさせるのは、ファーレン侵攻やトスカナの疫病対策に追われる統帥府に対するウルドなりの気遣いだ。
「それとな、セバス」
「はい」
「この報せは、EPR通信を使ってはならんぞ。例の蛮族に教わったあれを──」
◇
<< オリュンポスに悪魔が戻り、再び世界は閉ざされる──。だが、愛しき天翔ける眷属の末裔達よ。タイタンの息吹を待ち、その祭日を巨人と共に迎えるのだ >>
そこで、円筒デバイスの映像は途切れた。
「──これが陛下の伝えたかった事なの?」
「正確には陛下の夢の中に現れた少女の──ね」
火星のオリュンポス山に超越知性体群メーティスの対人インターフェースが存在しており、彼等と顕密に連携している事を評議会は公式に認めている。
メーティスはラムダ聖教会の教義で悪魔と定義される存在だが、太陽系内の全システムを乗っ取られている状況下で敢えて異を唱える者などいなかった。
そもそも、完全な共和制移行に向けた教育施策に比例して、人々の信仰心は低下の一途を辿っていたのだ。
「円筒デバイスの言葉通り、オリュンポスへ悪魔が戻り、世界も閉ざされているわ」
「予言──とでも言うつもりかしら?」
「貴方の馬鹿馬鹿しいと思う気持ちは分かる。私も長らくそうだったから……」
ロベニカが円筒デバイスを受け取ったのは大断絶直前の事だ。
正直に言えば夢見の話など下らないと思ったし、大断絶以降は職務に忙殺されており、円筒デバイスの存在自体を忘れていた。
事情が変わったのは、航宙管理局からの報告である。
「”タイタンの息吹”──まさか、ロベニカ──」
「ええ」
と、ロベニカは頷いた。
「数マイクロ秒、エンタングルメント反応を示した。タイタンポータルは再び活性化する可能性が高いわ」
まさに、タイタンの息吹という訳である。
となれば次は──、
「”その祭日を巨人と共に迎えるのだ”」
ジャンヌが唄うように呟いた。
「月面基地」
そこは、巨人の待つ地である。