「さてさて、皆様方。コケティッシュな小人ショウの次は──」
見学に訪れる投資家連中に説明するのが、営業責任者としての最も大切な仕事である。
飽きっぽい彼らの興味を惹き続けなければならない。
「タイタン──、いわゆる巨人ショウと参りましょうか。これこそが、神話世界を彩る最も重要なパーツとなるのは間違いありません」
そう言って男がタクトを振る指揮者の様な仕草をして見せると、背後の鎧戸が機械音と共に上方へ巻き上げられていった。
鎧戸の先には広い空間が広がっているのだが、照明が暗いため何も見えない。
だが、薄明かりに目が慣れ始めると、徐々に驚きの声が上がり始めた。
「さあ、どうぞ。お入り下さい」
と、男に勧められた投資家達は、それでも恐る恐るといった様子で先へ進んだ。
「こ、これは──また──」
「
「少し趣味に偏り過ぎていませんこと?」
ヒトの身長を遥かに超える巨大な容器を見上げ、彼等は口々に感想を言い合っている。
「──君」
「何でしょうか?」
「まず聞くが、これはリアルなのだな?」
投資家達が気にしているのは、自分たちの肉眼で目にしている光景が、手垢の付いたクロスリアリティではないかという点だ。
数百年前に起きた量子力学とVR技術の革新的融合以降、人類は
「皆様の認知機能に対する干渉は一切行われていない事を保障致します。全てが見た目通りの質量を持った存在──つまりは実在です」
水溶液に満たされた容器に浮かんでいるのは、裸の少女だ。
ただし、容器が巨大であるのと同様に、少女自身もあまりに巨大である。
男の言った通り、ギリシャ神話で言うところのタイタン族に見えた。
「この巨人は、自重に耐えられるのか? もしも四つ足でしか動けんのなら、無様を晒すより椅子に座らせたままにしておくほか無いぞ」
「いえいえ、ご安心下さい。中空構造の骨で軽量化を図り、呼吸システムも我々サピエンスよりも効率的です。神経系もバイオハイブリッドテクノロジーの粋を集め──」
その結果、ヒトをモデルにしながら、内部構造は大いに変容している。
また、群れとしてのサービスに差異が生じない様、超弦ネットワークと直結し個体同志の意思疎通も瞬時に図れた。
エリア内の超弦ネットワークに接続されたデバイスの操作も可能だ。
仮に、恒星間を移動する宇宙船の制御を任されたとしても耐えられるだろう──と、開発チームは胸を張っている。
但し、役員会では、オーバースペックに付随する予算の肥大化が槍玉に上がっていた。
技術担当役員の狂信的とも言える熱気に押し切られたのだが……。
技担曰く、「VRでも、ARでも、XRでもない、リアルな世界を創る。この偉大な試みの礎石となる女神が、唯の巨人であって良いはずがないでしょう? 我々の産み出す女神は、ヤハウェ、アッラー、仏陀、八百万の神々とは異なり、思想観念上の共同幻想などではなく、圧倒的実存でなければならないのです!! 実存実在リアル──つまり、会いに行ける神様ッ!!」
「──と言う次第でございます。なお、予算超過につきましては、本体利益を毀損する規模には至っておりませんので──はい」
実態はどうあれ、男は投資家達を安心させる言葉を添えておいた。
「ふむん。ならば、なぜ水溶液に漬かった状態を見せられているのだ? そやつが地面を歩くところを見てみたいのだが……」
童話の世界とは異なり、重力圏の物体は全て二乗三乗則に支配されている。
「それにつきましては、大変申し訳御座いません」
と、男は事前に上司から耳打ちされていた通りに深々と頭を下げた。
「今回こちらの展示は、みゆうちゃ──いえ、タイプ
「メンテナンス……」
「左様でございます。──なお、皆様方のお時間が許すようでしたら、弊社の月面研究所へご案内致しましょうか? あちらであれば、飛んで跳ねて走るタイプ
「ふむん。つまるところ、低重力下なら──と言う制約がある訳だな……」
投資家達の一部は男の説明に不満を抱き始めていた。
だが、男に与えられている責務は、現状ではなく未来に目を向けさせる事である。
「何卒ご理解頂きたいのは、こちらがタイプ
「──現地──検証?」
「ええ」
これこそが、未来だ。
「新世界、アフターワールドです」
◇
永く無為な時間を過ごす事は、彼女にとって決して苦行ではない。
エントロピーの増大に抗う意思力を、生物学的に抑制されているからだ。
後世、彼女をモデルに小型化した少女達が銀河を席巻したが、時制認識力を低下させるという荒業で悠久にも耐えている。
それに比べるなら30年という歳月は瞬きにも等しかった。
故に、待ち続けられる。
辺りを
故に、待ち続けられる。
何より、あの人が言ったのだ。
必ず助けに来ると──。
故に、待ち続けられる。
「そして」
みゆうが唇を動かすと微かな気泡が生じた。
「この檻を出て立ち上がり、私が全てを破壊するの」