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第14話 活性化。

 太陽系の最高意思決定機関であるオリュンポス評議会に上げられる議題は、下部組織の各委員会が取捨選択を行っている。


「次は、教化委員会から地表人類に対する思想教化状況につきまして──」


 アレス中心街の再開発計画からトロヤ小惑星帯群の海賊対策に至るまで、委員会が必要と判断した懸案は評議会ですべからく議論しなければならない。


 この場に集う僅かな人々が、太陽系に暮らす十数億のオビタルと、それに倍する地表人類の運命を決するからだ。


 ピュアオビタルによる専制政治を否定しながら、結局は寡頭政治となっている現状にグレン・ルチアノも歯痒さを感じている。


 つまるところ、権力の裏付けが変わったに過ぎないからだ。


 ──女神と銀冠の担った役割を、我等はオリュンポスの悪魔に委ねたに過ぎん……。


 地表人類に対する教化状況に興味の湧かないグレンは、執務室同様に議場からも望めるオリュンポス山をボウと眺めていた。


 彼個人としては、メーティスから受けた神託について早く議論したかったのである。


 ──議長の一存で動かせる木星方面隊のみは、既にタイタンに送り防衛陣を敷かせた。

 ──あとは火星方面隊だ……。


 これを動かすには評議会の承認が必要なのだ。


 土星の衛星タイタンには、メーティス管轄外のμミューポータルが存在する。


 μミューポータルがエンタングルメント反応を示し、再び活性化の兆しを見せている原因について、グレンとメーティスは一致した見解を持っていた。


 トール・ベルニクの帰還である……。


 オリュンポス評議会の権力維持という側面において、トールが南極百足よりも厄介な存在となるのは必然だろう。

 否、南極百足は、却って評議会の権力基盤を支える支柱の一つですらあった。


 他方のトールは──、


 ──我等とは相容れるはずもないし、必ずや地球圏を取り戻そうとするだろう……。


 未だベルニクに忠誠を誓う者や、憧憬に近い感情を抱いている者も多い。


 故に、地球圏を取り戻す──などと言う明快なイシューを掲げられてしまうと、社会全体が一斉にトールになびいてしまう可能性が高いのだ。


 ──だが、奴に歴史の針を巻き戻させるつもりは無い。


 グレン・ルチアノは、幼い頃からピュアオビタルが嫌いだった。


 銀色の髪と比較的容姿に恵まれた遺伝特性を持つに過ぎない連中が、約束の地──アフターワールドへ召されるという宗教的付加価値を与えられ、尚且つ支配者として銀河に君臨して来たのだ。


 しかし、メーティスから多くの真実を聞いた今、オビタル帝国の全てが欺瞞である事をグレンは知っている。


 ──銀冠は無価値であり、この世界こそがアフターワールド……。

 ──その煉獄で、人工知性体群の否定と懐古主義を称揚し、いたずらに人類の進歩を妨げて来たのが帝国の本質なのだ。


 事実、オビタルは帝国開闢以来、あらゆるイノベーションと無縁であった。

 宇宙時代における古典時代の中世と評する事も出来よう。


 ──だが、私はこの煉獄で、知性体群と共に理知に基づく社会を構築せねばならん。

 ──くだらぬ神話や英雄譚を頼むつもりは無いのでな……。


 となれば、必ずトール・ベルニクは排除しなければならない。


 大衆が毒され、扇動される前に──。

 ポータルに姿を現した直後、一切の発信をさせる事無く葬り去りたかった。


「──閣下──議長閣下」

「ん──ああ──エリオットか。どうした?」


 評議会の定例会議中にも関わらず、秘書の一人がグレンの許へ報告を上げに来たのだ。

 つまりは、緊急事態である。


「その──」


 周囲の評議会議員が耳をそばだてている事を警戒してか、秘書はグレンに近寄りさらに声を落として囁いた。


「木星方面隊から──」


 ◇


 タイタン近傍に防衛陣を築け──。


 トロヤ小惑星帯群の海賊取り締まり強化をしている最中、木星方面隊に奇妙な指示が下された。

 評議会議長肝入りで──である。


「ま、ブラックローズの相手をするよりは、いくらか寿命が伸びるってもんさ」


 防衛陣の指揮を任されている初老の男は、モニタの数値を見ながら副官にうそぶいて見せた。


「ええ──そうですね」


 副官にも異論が無かった。


 自走重力場シールドを展開し、あとはポータルの監視を続けていれば良いのだ。

 悪名高き海賊の相手をするより心安らかに過ごせるのは間違いない。


 身重の新妻も嬉しそうに見送ってくれていた。


 だが──、


「いっそこのまま──あ、いや、あれ? し、司令──」


 副官は、モニタ上で急速に上昇し始めた数値に気付いた。


「あん?」


 << エンタングルメント・エントロピー増加傾向を確認 >>


 ブリッジに、量子観測機ボブから伝送されたメッセージが響く。


「ま、まじかよ? 復活? ポータルが?」


 << ボブ面、閾値いきち超過確認。存在確率測定に切り替えます >>


「くそがっ!!!」


 と、男は短く悪態をついた。

 嬉しいのか、怖いのか、男は自身の抱いた感情が自分でも良く分からない。


 だが、間違いなく興奮はしていた。


 << 大規模質量体の存在確率上昇中── >>


「数はっ!!?」


 << 超大規模質量体──ボブ面── >>


 直後、男は数など問うても意味が無かったと理解した。


 << 通過 >>


 μミューポータルを抜け、忽然と姿を現したのは──、


「ば、蛮族かよ?」


 レギオン旗艦現るの報がオリュンポス評議会に届くのは、これより一時間後の事となる。

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