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第15話 トラ・トラ・トラ!

 旗艦トールハンマー。


 グノーシス船団国においてはμミュー艦と呼ばれ、レギオン旗艦同様にμミューポータルを通過する能力を保持する。


 また、リンクモノリスを制御することで機動的な艦隊運用を成立させてきた。

 EPR通信を使えない不利を背負いながら、船団国が帝国を荒らし回れた理由でもある。


 この船を帝国は重弩級艦に分類しているが、「重弩級艦」の定義は文脈によって多少異なる。


 尚且つ、トールハンマーは火力より機動力を重視しているため、重駆逐艦とすべきではないか──とする向きもあった。


 艦の全長も300メートル程度であり、飛び抜けて大型艦と言う訳でもない。


 だが、腹部に鎮座する巨大な球体──その形状から待針とも呼ばれる──が、トールハンマーを実際より大きく見せる。


「トールハンマー……、今でも動くの?」


 公式には消息不明艦とされてきたのだが、ロベニカ自身は南極百足に跡形も無く喰われてしまったのだろう──と諦めていた。


「これが動くのなら──」


 地球圏奪還の切り札となるのは間違いない。


 月面基地を、ベルニク屋敷を、そしてカムバラ島で人柱となっているマリを──ロベニカにとって大切なモノの多くを取り戻す事が出来るのだ。


「いいえ」


 と、ジャンヌは首を振った。


「動かない。そもそも乗艦する事すら叶わないわ」

「──やはり、閣下が居なければ無理なのね……」

「ええ、眠り姫は目覚めない」


 トールハンマー──いわゆるμミュー艦の機関制御を、巨大な有機生命体が担っている理由は船団国の人々も知らなかった。


 嘗て、内外の知識人に影響力を保持したガイウス・カッシウスでさえ、確たる解を持ち合わせていなかったらしい。


 現時点で最も矛盾の無い説は、別の目的の為に生み出された被造物を、船団国の先人達が転用したのだろう──と言うものだった……。


「但し、構造解析の結果、待針内に生体反応は確認されている」

「それは朗報ね」


 嫌味ではなく、ロベニカは心底そう思っていた。


 裏を返せば、トール・ベルニクさえ無事に帰還してくれれば、全てが上手く運ぶであろう証左ではないのか──?


「けれど、彼女が寝たままでは、陛下の夢見が現実にならない」


 << オリュンポスに悪魔が戻り、再び世界は閉ざされる──。だが、愛しき天翔ける眷属の末裔達よ。タイタンの息吹を待ち、その祭日を巨人と共に迎えるのだ >>


「貴方を連れて来る事で目覚める──なんて奇跡に少し期待したのだけれど──ん? どうした?」


 途中、ジャンヌは右耳に装着したFAT通信ユニットに触れた。

 緊急通信が入ったのである。


「奇妙な船?」


 と、ジャンヌは呟き上空を見上げる。釣られてロベニカも遮光グラスを外した。


「あれは──」


 魔改造に魔改造を重ね、嘗ての面影はほぼ残っていなかった。

 最も大きな改造は、腹部に待針を無理矢理に接合している点だろうか……。


 故に、因縁深いノルドマン家やフリッツが見ても、そうとは気付かなかった可能性がある。


「グレートホープ号?」


 ◇


「おっとこぉ、おとっこぉぉ、漢は──♪」


 南極百足の跋扈ばっこする地球圏で、泣く子も黙る海賊ブラックローズから停船命令を受けている。


 この絶望的な状況で暢気に歌い続けていられるのは、果たして本人の主張通り「侠気」なのか、それとも狂気なのか……。


 ブリッジのクルー達は何れとも確信が持てなかった。


 彼等は、ミネルヴァ・レギオンの暴走により船団国が混乱する最中、オビタル帝国に亡命しようと言うトーマスに着いてきた連中である。


 ところが、躍進著しいベルニクに亡命を受け入れられて安堵した矢先、EPR通信とポータルの喪失により帝国自体が瓦解してしまった。

 南極百足の侵略を受けた太陽系では政変が起こり、もはや船団国へ帰る事も叶わない。


「──意外に喰われないもんだな」

「ああ」


 トーマスの奇妙なふしの歌を聞きながら、ブリッジのクルー達はここまでの無事を不思議に感じていた。


 地球圏に入って以降、噂に聞く南極百足の襲撃を全く受けていないのだ。


 なぜかと言えば、魔改造により待針を接合しμミュー艦となっているからだが、現時点で南極百足の特性を知っているのはジャンヌ率いるブラックローズのみである。


 そのブラックローズから、最後通牒を受けたオペレーターが叫んだ。


「ト、トーマスの兄貴、そろそろ停船しませんと、ホントに撃沈されますっ!」

「へっへへ〜」


 と、トーマスが鼻の下を擦りながら笑った時、ソルジャーを思わせる二角帽子を被った女がブリッジに駆け込んで来た。


「トーマス!」

「んん? セレーナちゃん、どうしたい?」

「た、大変よ。こんなところで遊んでいる場合じゃないわ」


 南極百足とブラックローズ以上に大変な事など有るのだろうか──とクルー達は思った。


「待針で──」


 ◇


「ぎゃああああああああっ!!!」

「ぎゃああああああああっ!!!」

「ぎゃああああああああっ!!!」


 グレートホープ号の待針には、二十三匹の小人が壁面にはりつけにされていた。


 その一番目、二番目、九番目の後頭部が陥没し絶叫する。


 直後、四話目と六番目の後頭部が陥没し──数秒後、小人達の傷は癒えるのだが、再び同じ惨劇が無限に繰り返されていく。


 これらの光景を──、


 << トラ・トラ・トラ >>


 水溶液に浮かぶ斑点だらけの巨大な少女は虚ろな瞳で見詰め、誰にも理解できない言語で何かを呟いたが全ては水泡となり消えた。

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