二〇二六年四月六日。
山梨県では相変わらず人口減少が進んでいる。しかし、最近では少しずつ明るい話題が増えてきている。
例えば、県内で大きなお笑いイベントが開催されることが決まり、そのニュースが地元メディアを賑わせていた。仕掛け人が、姉の高校時代の同級生だと知って驚いたが、どうやら親しい関係ではなかったらしい。それよりも、私はこの物語を終わらせたことが、どこか一区切りをつけたような気持ちにさせてくれた。
一番上の姉が吹奏楽部に所属していた影響だろうか、私は自然と音楽や芸術に興味を抱くようになり、中学では文芸部に入部した。ある日、部の卒業課題で「家族」をテーマにしたノンフィクションを書くことになり、私は長女の千紗を題材に選んだ。
あの頃、まだ幼かった姉が悩み苦しんでいる姿を見て、何があったのか知りたくなったからだ。
文章を紡ぐうちに、当時の姉の苦しみがどれほど深いものだったのかを知り、私は途中で執筆をやめようかとも思った。想像以上にセンシティブな事実が発覚したためだ。
しかし、姉や当時の関係者たちから「大気が生きた証を書いてほしい」と励まされ、私はなんとかその物語を完成させた。
ちなみに、関係者インタビュー中でも、特に印象に残っているのは工藤光だった。彼は前の高校で、容姿が原因で女性問題に巻き込まれ、その女性が野球部の先輩の妹だったため、いじめられた。そのいじめは陰湿で、中心となっていた生徒の親が教育委員会にいたため、教師たちも見て見ぬふりをした。
その結果、工藤は自殺を考えたが、夢の中である不思議な体験をし、その後、第二甲府高校の生活を送りながら、何度か輿水大気と会話を交わした。大気からは投球術や野球理論を教わり、それは彼にとって非常に勉強になったという。
「春?」
部屋のドアを軽くノックする音が響く。
顔を上げると、姉の千紗が立っていた。今では教師として働いている姉だ。
「何?」
「もう寝たほうがいいんじゃない? 明日、入学式でしょう?」
「うん、わかってるけど、まだ寝ない」
姉は呆れた顔でドアを閉めるが、私がどうせまた夜更かしするのを知っているのだろう。
姉は今年二十七歳、ついに結婚が決まり、幸せそうだった。
それに関して言うと、実は生前、輿水大気は工藤光にも三浦信二にも、いずれもある約束をしていた。そのため、今回の結婚はその約束を果たす形となったのだが、二人とも義理堅いと感じた。
ただ、結婚指輪を見せてもらったときは驚いた。子どもっぽいデザインで、一瞬おもちゃかと思ったが、宝石は本物だった。姉曰く、「思い出が大事」なんだそうだ。
だんだん眠気が襲ってくる。机の上にあったタブレットを閉じながら、私は深いため息をついた。
「これで、終わり」
明日から、私は高校生になる。締め切りを大幅に過ぎてしまったけれど、それでもこの物語を終わらせることができてよかった。
正直、姉と同じ学校に通うのはちょっと恥ずかしい。しかも、教師である姉が同じ学校にいるとなると、余計に気まずい。でも、もしかしたら、新しい友達や部活、学園祭、何気ない日常が待っているかもしれない。どんな青春が待っているのか、期待と不安が入り混じって、胸が高鳴る。
「おやすみ。そして、ありがとう」
窓の外、春の匂いが夜空に漂い始めている。それはまるで、新しい物語の幕開けを告げるようだった。いや、事実そうなるとは、この時の私はまだ知らなかった。
『27の夏』へ続く。