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第36話 本物の関係

 翌朝、俺が家を出ると、水原とリセが一緒に待っていた。


「おはよう、ヒロ」


「おはよー、川崎くん」


 二人の声が重なる。俺は不意に罪悪感を覚えた。この二人の間で、俺は何を選ぶべきなのか.


「川崎くん」


 水原が少し緊張した様子で言った。


「決まった?」


「ああ……」


 俺は覚悟を決めて言った。


「お前の提案を受ける」


 水原の顔が明るく輝いた。リセは困惑したように二人を見ている。


「どういうこと……?」


 俺は状況を説明した。母親の借金のこと、水原の提案のこと、そして俺の決断のこと。


 リセの表情が次第に曇っていく。


「そっか.」


 彼女の声には悲しみが滲んでいた。しかし、リセはすぐに微笑んだ。


「それが一番いい選択だと思ったんだよね」


「リセ……」


 リセは俺を見上げ、いつもの優しい笑顔を見せた。


「ヒロのお母さん、助けられるなら良かったね」


「ああ……」


 三人の間に、微妙な空気が流れる。水原は少し申し訳なさそうに俯いたが、すぐに顔を上げた。


「じゃあ.今日にでも契約書作るね」


「契約書、か。確かにあった方がいいか」


 俺は小さく頷いた。


 これだけの大金が絡むなら、ちゃんとした形にしておくべきだろう。


 学校に向かう三人。いつもは賑やかな道のりが、今日は妙に静かだった。


 俺の中で、何かが大きく変わろうとしていた。


 俺は正式に水原の彼氏となり、母親の借金を肩代わりしてもらう。そして、リセではなく水原だけを見つめる約束.


 これから始まる20ヶ月。俺たちの関係は、どう変わっていくのだろうか。


「川崎くん」


 水原が小さな声で言った。


「これからよろしくね」


 彼女の笑顔には、少し照れくささと幸せが混ざり合っていた。本当の恋人のように、水原は俺の腕に手を絡ませる。


 俺はぎこちなく頷き、前を向いた。リセの寂しそうな横顔が目に入る。胸の内で矛盾した感情が渦巻くが、もう後戻りはできない。


 これが本当に正しい選択なのか。答えは、まだ見えなかった。


 放課後、水原は本当に契約書を持ってきた。本物の公正証書のような厳めしい書類だ。


「これ、水原が作ったのか?」


「うん! 結構いい出来でしょ」


 俺は契約書に目を通す。内容は水原が言った通り。彼女の彼氏として二年間過ごすこと、その間は他の異性と恋愛関係を持たないこと、そして母親の2000万円の借金を水原側が支払うこと。


「これにサインすれば」


「うん。明日にでもお母さんの借金返済のための手続きを始めるよ」


 俺はペンを手に取り、一瞬躊躇したがすぐに署名した。これで、俺と水原の「本物の関係」が始まる。


「じゃ、これからよろしくね」


 水原は恥ずかしそうに笑った。その表情には、これまでにない幸せの色が浮かんでいる。


「あたし頑張るね。川崎くんを絶対後悔させないように!」


 俺も苦笑しながら頷いた。


「ああ、こっちこそよろしく」


 午後の陽光が差し込む教室で、俺たちの新しい関係が始まった。演技でも、嘘でもない。母親の借金返済という現実的な事情から始まったとはいえ、水原の気持ちは本物だ。


 そして俺も、少しずつ水原のことを知り、彼女の本当の姿を見つめていく。


 それが「本物の恋人」としての一歩になるのかもしれない。


「帰ろっか」


 水原は笑顔で言った。


 俺も頷き、二人で並んで校門に向かう。その道中、俺は不意にリセの姿を思い出した。彼女の優しい微笑みが、胸に痛みを残す。


 だが、もう選択は終わった。これから20ヶ月、俺は水原だけを見つめる。それが母親のため、そして契約の条件だからだ。


 だが、それは本当に正しい選択なのだろうか。これからの日々が、その答えを出すのだろう。


 だから、今は目の前のことに集中するしかない。水原の手を握り、俺は前を向いて歩き出した。


 新しい日々の始まりだった。

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