翌朝、俺が家を出ると、水原とリセが一緒に待っていた。
「おはよう、ヒロ」
「おはよー、川崎くん」
二人の声が重なる。俺は不意に罪悪感を覚えた。この二人の間で、俺は何を選ぶべきなのか.
「川崎くん」
水原が少し緊張した様子で言った。
「決まった?」
「ああ……」
俺は覚悟を決めて言った。
「お前の提案を受ける」
水原の顔が明るく輝いた。リセは困惑したように二人を見ている。
「どういうこと……?」
俺は状況を説明した。母親の借金のこと、水原の提案のこと、そして俺の決断のこと。
リセの表情が次第に曇っていく。
「そっか.」
彼女の声には悲しみが滲んでいた。しかし、リセはすぐに微笑んだ。
「それが一番いい選択だと思ったんだよね」
「リセ……」
リセは俺を見上げ、いつもの優しい笑顔を見せた。
「ヒロのお母さん、助けられるなら良かったね」
「ああ……」
三人の間に、微妙な空気が流れる。水原は少し申し訳なさそうに俯いたが、すぐに顔を上げた。
「じゃあ.今日にでも契約書作るね」
「契約書、か。確かにあった方がいいか」
俺は小さく頷いた。
これだけの大金が絡むなら、ちゃんとした形にしておくべきだろう。
学校に向かう三人。いつもは賑やかな道のりが、今日は妙に静かだった。
俺の中で、何かが大きく変わろうとしていた。
俺は正式に水原の彼氏となり、母親の借金を肩代わりしてもらう。そして、リセではなく水原だけを見つめる約束.
これから始まる20ヶ月。俺たちの関係は、どう変わっていくのだろうか。
「川崎くん」
水原が小さな声で言った。
「これからよろしくね」
彼女の笑顔には、少し照れくささと幸せが混ざり合っていた。本当の恋人のように、水原は俺の腕に手を絡ませる。
俺はぎこちなく頷き、前を向いた。リセの寂しそうな横顔が目に入る。胸の内で矛盾した感情が渦巻くが、もう後戻りはできない。
これが本当に正しい選択なのか。答えは、まだ見えなかった。
放課後、水原は本当に契約書を持ってきた。本物の公正証書のような厳めしい書類だ。
「これ、水原が作ったのか?」
「うん! 結構いい出来でしょ」
俺は契約書に目を通す。内容は水原が言った通り。彼女の彼氏として二年間過ごすこと、その間は他の異性と恋愛関係を持たないこと、そして母親の2000万円の借金を水原側が支払うこと。
「これにサインすれば」
「うん。明日にでもお母さんの借金返済のための手続きを始めるよ」
俺はペンを手に取り、一瞬躊躇したがすぐに署名した。これで、俺と水原の「本物の関係」が始まる。
「じゃ、これからよろしくね」
水原は恥ずかしそうに笑った。その表情には、これまでにない幸せの色が浮かんでいる。
「あたし頑張るね。川崎くんを絶対後悔させないように!」
俺も苦笑しながら頷いた。
「ああ、こっちこそよろしく」
午後の陽光が差し込む教室で、俺たちの新しい関係が始まった。演技でも、嘘でもない。母親の借金返済という現実的な事情から始まったとはいえ、水原の気持ちは本物だ。
そして俺も、少しずつ水原のことを知り、彼女の本当の姿を見つめていく。
それが「本物の恋人」としての一歩になるのかもしれない。
「帰ろっか」
水原は笑顔で言った。
俺も頷き、二人で並んで校門に向かう。その道中、俺は不意にリセの姿を思い出した。彼女の優しい微笑みが、胸に痛みを残す。
だが、もう選択は終わった。これから20ヶ月、俺は水原だけを見つめる。それが母親のため、そして契約の条件だからだ。
だが、それは本当に正しい選択なのだろうか。これからの日々が、その答えを出すのだろう。
だから、今は目の前のことに集中するしかない。水原の手を握り、俺は前を向いて歩き出した。
新しい日々の始まりだった。