空を見上げると、夕焼けが広がっている。フッと重い荷物を下ろしたような気分だった。
「あ、川崎くん」
振り返ると、そこには水原が立っていた。
「水原? なんでここに」
「え、いや、たまたまだけど?」
水原はわざとらしく口笛を吹いた。その姿を見て、なぜか安心感が広がった。
「えーっとさ、お母さんとうまく話せた?」
「まあ、なんとか」
「よかった」
水原の優しい笑顔に、胸がじんわりと温かくなる。
「あのさ」
俺が口を開くと、水原は優しく微笑んだ。
「なに?」
「お前といると、なんか落ち着くわ」
水原の顔が、ぱっと明るくなる。
「本当?」
「ああ」
水原は嬉しそうに俺の腕を掴んだ。
「ねえ、今日のこと話したい気分じゃない?」
「まあ、そうかも」
「じゃあ、あたしの家くる? 親いないし」
俺は少し考えたが、今は誰かと話したい気分だった。特に水原と。
「お言葉に甘えるわ」
水原の家に着くと、彼女は手際よく紅茶を淹れた。リビングのソファに座り、母親との話を詳しく伝える。
水原は黙って聞いてくれた。時々相槌を打ち、時に驚いた表情を見せる。
「そっか。色々大変だったんだね」
「ああ」
「それで、川崎くんはどう思ったの?」
「正直、複雑だ。母さんを許せるかと言われたらまだ分からない」
水原はソファの上で俺に少し近づき、そっと肩に手を置いた。
「川崎くんは強いね。あたしだったら.もっと混乱してたと思う」
「強くなんかねえよ。お前がいてくれるから話せるんだ」
その言葉に、水原の瞳が大きくなった。
「川崎くん」
水原の顔が近づいてくる。俺も思わず身を乗り出していた。
二人の唇が触れ合う。柔らかく、そして暖かい感触。
少しの間、二人はそのままでいた。やがて、ゆっくりと離れる。水原の頬は赤く染まっていた。
「あ、あの」
水原が言葉に詰まる。俺も何を言えばいいのか分からない。
「あたし」
水原は俯いたまま、小さな声で言った。
「本当に川崎くんのこと好きだよ」
その言葉に、俺の胸がぎゅっと締め付けられる。
「水原」
「契約みたいな形で縛ってズルいって思う。でもどんな手段を使っても独占したいくらい好きなの」
俺はゆっくりと水原の手を取った。
「まだ上手く言えないけど、お前のことを大切に思ってる。それだけは確かだ」
水原の目に涙が浮かんだ。
「本当?」
「ああ」
水原は俺の胸に顔を埋めた。俺はそっと彼女を抱きしめる。
時間が経つのも忘れて、二人はそうしていた。窓の外では、星が瞬き始めていた。
夜も更けてきたので、俺は帰ることにした。玄関で靴を履きながら、水原に言う。
「次は俺がデートプラン考えるよ」
「え?」
「次のデート、楽しみにしてて」
水原の顔が明るくなる。
「うんっ」
扉を開け、一歩外に出たところで、水原が俺の袖を引っ張った。
「やっぱこのまま泊まってく?」
「は?」
「なんて、冗談。じゃあ、また明日」
「あ、ああ、また明日」
夜道を歩きながら、今日のことを振り返る。母親との再会、そして水原とのキス。一日でこんなに多くのことが起きるなんて。
でも不思議と心は軽かった。これからどうなるかは分からないけど、一歩ずつ前に進んでいこう。
母親との関係も、水原との関係も。そして、いずれはリセとも正直に向き合わなければ。
明日からの日々が、少し前よりも明るく感じられた。