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第39話 好きだよ

 空を見上げると、夕焼けが広がっている。フッと重い荷物を下ろしたような気分だった。


「あ、川崎くん」


 振り返ると、そこには水原が立っていた。


「水原? なんでここに」


「え、いや、たまたまだけど?」


 水原はわざとらしく口笛を吹いた。その姿を見て、なぜか安心感が広がった。


「えーっとさ、お母さんとうまく話せた?」


「まあ、なんとか」


「よかった」


 水原の優しい笑顔に、胸がじんわりと温かくなる。


「あのさ」


 俺が口を開くと、水原は優しく微笑んだ。


「なに?」


「お前といると、なんか落ち着くわ」


 水原の顔が、ぱっと明るくなる。


「本当?」


「ああ」


 水原は嬉しそうに俺の腕を掴んだ。


「ねえ、今日のこと話したい気分じゃない?」


「まあ、そうかも」


「じゃあ、あたしの家くる? 親いないし」


 俺は少し考えたが、今は誰かと話したい気分だった。特に水原と。


「お言葉に甘えるわ」


 水原の家に着くと、彼女は手際よく紅茶を淹れた。リビングのソファに座り、母親との話を詳しく伝える。


 水原は黙って聞いてくれた。時々相槌を打ち、時に驚いた表情を見せる。


「そっか。色々大変だったんだね」


「ああ」


「それで、川崎くんはどう思ったの?」


「正直、複雑だ。母さんを許せるかと言われたらまだ分からない」


 水原はソファの上で俺に少し近づき、そっと肩に手を置いた。


「川崎くんは強いね。あたしだったら.もっと混乱してたと思う」


「強くなんかねえよ。お前がいてくれるから話せるんだ」


 その言葉に、水原の瞳が大きくなった。


「川崎くん」


 水原の顔が近づいてくる。俺も思わず身を乗り出していた。


 二人の唇が触れ合う。柔らかく、そして暖かい感触。


 少しの間、二人はそのままでいた。やがて、ゆっくりと離れる。水原の頬は赤く染まっていた。


「あ、あの」


 水原が言葉に詰まる。俺も何を言えばいいのか分からない。


「あたし」


 水原は俯いたまま、小さな声で言った。


「本当に川崎くんのこと好きだよ」


 その言葉に、俺の胸がぎゅっと締め付けられる。


「水原」


「契約みたいな形で縛ってズルいって思う。でもどんな手段を使っても独占したいくらい好きなの」


 俺はゆっくりと水原の手を取った。


「まだ上手く言えないけど、お前のことを大切に思ってる。それだけは確かだ」


 水原の目に涙が浮かんだ。


「本当?」


「ああ」


 水原は俺の胸に顔を埋めた。俺はそっと彼女を抱きしめる。


 時間が経つのも忘れて、二人はそうしていた。窓の外では、星が瞬き始めていた。


 夜も更けてきたので、俺は帰ることにした。玄関で靴を履きながら、水原に言う。


「次は俺がデートプラン考えるよ」


「え?」


「次のデート、楽しみにしてて」


 水原の顔が明るくなる。


「うんっ」


 扉を開け、一歩外に出たところで、水原が俺の袖を引っ張った。


「やっぱこのまま泊まってく?」


「は?」


「なんて、冗談。じゃあ、また明日」


「あ、ああ、また明日」


 夜道を歩きながら、今日のことを振り返る。母親との再会、そして水原とのキス。一日でこんなに多くのことが起きるなんて。


 でも不思議と心は軽かった。これからどうなるかは分からないけど、一歩ずつ前に進んでいこう。


 母親との関係も、水原との関係も。そして、いずれはリセとも正直に向き合わなければ。


 明日からの日々が、少し前よりも明るく感じられた。

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