翌朝、俺が目を覚ますと、スマホに通知が入っていた。リセからのメッセージだ。
『ヒロ、お母さんとの話、うまくいった?』
シンプルな問いかけ。でも、その裏に彼女の気遣いを感じる。
『ああ、意外と』
返信してから、すぐに別のメールを送る。
『リセ、ちょっと話があるんだ。今度時間作れないか?』
リセとも正直に向き合わなければ。水原との関係が変わった今、逃げるわけにはいかない。
返信はすぐに来た。
『いいよ。いつでも』
この返事の短さに、リセの気持ちを感じる。彼女も色々考えているのだろう。
スマホを置いて、窓の外を見る。いつもより空が高く、青く見えた。
昨夜のキスを思い出し、思わず顔が熱くなる。あれは本当に自分の気持ちからだったのか。
考えてみれば、水原といることが自然と楽しくなっていた。いつの間にか彼女の笑顔を見るのが嬉しくなっていた。
「水原」
名前を呟くだけで、胸がじんわりと温かくなる。こんな感覚、初めてだ。
デートプランを考えなきゃ。水原が喜ぶようなこと.
次第に、俺の頭の中は水原のことでいっぱいになっていった。
水原との関係が深まり、自然と恋人同士として過ごすようになった俺たち。その一方で、リセとの距離は広がる一方だった。
ようやく連絡が取れ、土曜日の午後、俺たちの幼い頃からの思い出が詰まった公園で待ち合わせることになった。
公園に着くと、リセは既にブランコに座っていた。小さく揺れながら、空を見上げる姿が妙に切なく見えた。
「リセ」
俺の声に、リセはゆっくりと顔を上げた。いつもの明るい笑顔ではなく、少し疲れたような表情だった。
「待ったか?」
「ううん、今来たところ」
リセは隣のブランコを手で示した。俺はそこに腰掛ける。
しばらく二人は無言でブランコに揺られていた。風が二人の間を通り抜けていく。
「ねえ、ヒロ」
リセが先に口を開いた。
「水原先輩とうまくいってる?」
その問いに、俺は少し戸惑った。リセの声には悲しみが混じっていたが、同時に本当の心配も感じられた。
「まあそうだな」
「そっか。良かった」
リセは小さく笑った。その笑顔の裏に隠された感情を、俺は読み取ることができた。
「リセ、ごめん」
リセは首を横に振った。
「謝ることないよ」
「でもお前の気持ちを知っていながら」
「いいの」
リセは足を止め、まっすぐに俺を見つめた。
「ヒロ、ハッキリ言って。水原先輩のこと、好き?」
俺は一瞬言葉に詰まったが、すぐに答えた。
「わかんない。けど一緒にいる時間は嫌じゃない」
その言葉を聞いて、リセの瞳に一瞬痛みが走った。しかし、すぐに微笑みを浮かべる。
「そう。じゃあ、迷うことはないね」
「リセ」
「私ね、ずっとヒロのことが好きだった。小学校の頃から.でも、言えなくて」
リセは空を見上げながら続けた。
「勇気が出なくて、タイミングを逃して、気づいたらもう遅かった」
「リセ、俺」
「もういいの」
リセは俺の言葉を遮った。
「ヒロは私じゃなくて水原先輩を選んだ。それは仕方ないこと。恋愛ってそういうものだよね」
リセの声は冷静だったが、その瞳には深い悲しみが宿っていた。
「でも、私とヒロは幼馴染だよ。それは変わらない。だからこれからも友達でいてほしい」
「ああ、もちろんだ」
「水原先輩のこと大切にしてあげてね」
リセの言葉には、本心からの祝福が込められていた。俺は胸が締め付けられる思いだった。
「リセ、本当にごめん」
「もう謝らないで」
リセは立ち上がり、俺の前に立った。
「私、頑張るから。ヒロの友達として.応援するから」
「リセ」
「じゃあ、そろそろ帰るね。塾の勉強があるから」
リセはそう言って、小さく手を振った。
「またね、ヒロ」
俺が何か言う前に、リセは早足で公園を後にした。その背中は、いつもより小さく見えた。