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第41話 リセ

 ふらふらと帰途に就いたリセは、自室に着くなりベッドに倒れ込んだ。


 窓からは夕暮れの光が差し込んでいる。 泣きたいのに、涙が出ない。


「私のバカ……」


 リミットが決まっていたのは分かっていた。 川崎と水原の契約は20ヶ月。母親の借金返済のために、川崎が水原の彼氏になることを受け入れた。


 それなら、二年後には──という淡い期待があった。でも、今日の川崎の言葉で、その希望も消えた。


「私じゃダメだったんだね」


 ベッドから起き上がり、机の引き出しを開ける。中から出てきたのは、小学校の頃に俺と撮った写真。二人並んで鬼ごっこをした後、汗だくで笑っている。


 その隣には中学の卒業式の写真。まだあどけない二人の笑顔。


「ずっと側にいたのに」


 リセは写真を胸に抱きしめた。


「もう諦めるしかないよね」


 言葉とは裏腹に、胸の奥で何かが燃え上がるのを感じた。諦めたくない。でも、もう手遅れだ。


「ヒロが幸せならそれでいい」


 そう言い聞かせても、心の奥では違う声が聞こえる。


「本当に……?」


 リセは窓の外を見つめた。日が落ち、空が紫色に染まり始めている。


「私だって幸せになりたいのに」


 スマホが震える。知らない携帯番号からのショートメッセージだった。


『宮坂さんの携帯であってるよね。話があるんだ。時間あるかい?』


 リセは少し戸惑いながらもメッセージを見つめた。差出人の名前はないが、何となく誰からか察しがついた。返信する手が少し震える。


『誰ですか?』


 すぐに返事が来る。


『白野って言ってわかるかな。しおりの元彼氏というか許婚なんだけど』


 リセの心臓が早鐘を打つ。


『どうして私の番号知ってるんですか』


『僕はけっこう人脈広いんだよ』


 いまいち説明になっていないが、どこからか情報を得たようだ。


 問い詰めても時間の無駄になると思い、リセは本題に戻した。


『何の話ですか?』


『しおりと彼のこと君も気になるだろう?』


 リセは息を呑んだ。


 今日の公園での出来事が頭をよぎる。あの言葉、あの表情。思い出すだけで胸が痛む。


 けれど、白野からの突然の連絡に警戒心も感じた。彼の目的は何なのか。ただリセの心の隙につけ込もうとしているだけなのか。でも彼も同じように傷ついているのかもしれない。


『いつがいいですか?』


 白野の返事は一言だった。


『今から大丈夫?』


 リセは深く息を吐いた。本当にこれでいいのだろうか。けれど、もう後戻りはできない気がした。この先の展開が見えないまま、彼女は返信した。


『わかりました。どこで会いますか?』


 リセはスマホを握りしめたまま、窓の外を見つめた。日が落ち、空が紫色に染まり始めている。


 鏡に映る自分の顔は、どこか別人のように見える。いつもの明るさは消え、目は少し虚ろだ。


「私、何をしようとしてるんだろう」


 それでも彼女の足は止まらなかった。



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