ふらふらと帰途に就いたリセは、自室に着くなりベッドに倒れ込んだ。
窓からは夕暮れの光が差し込んでいる。 泣きたいのに、涙が出ない。
「私のバカ……」
リミットが決まっていたのは分かっていた。 川崎と水原の契約は20ヶ月。母親の借金返済のために、川崎が水原の彼氏になることを受け入れた。
それなら、二年後には──という淡い期待があった。でも、今日の川崎の言葉で、その希望も消えた。
「私じゃダメだったんだね」
ベッドから起き上がり、机の引き出しを開ける。中から出てきたのは、小学校の頃に俺と撮った写真。二人並んで鬼ごっこをした後、汗だくで笑っている。
その隣には中学の卒業式の写真。まだあどけない二人の笑顔。
「ずっと側にいたのに」
リセは写真を胸に抱きしめた。
「もう諦めるしかないよね」
言葉とは裏腹に、胸の奥で何かが燃え上がるのを感じた。諦めたくない。でも、もう手遅れだ。
「ヒロが幸せならそれでいい」
そう言い聞かせても、心の奥では違う声が聞こえる。
「本当に……?」
リセは窓の外を見つめた。日が落ち、空が紫色に染まり始めている。
「私だって幸せになりたいのに」
スマホが震える。知らない携帯番号からのショートメッセージだった。
『宮坂さんの携帯であってるよね。話があるんだ。時間あるかい?』
リセは少し戸惑いながらもメッセージを見つめた。差出人の名前はないが、何となく誰からか察しがついた。返信する手が少し震える。
『誰ですか?』
すぐに返事が来る。
『白野って言ってわかるかな。しおりの元彼氏というか許婚なんだけど』
リセの心臓が早鐘を打つ。
『どうして私の番号知ってるんですか』
『僕はけっこう人脈広いんだよ』
いまいち説明になっていないが、どこからか情報を得たようだ。
問い詰めても時間の無駄になると思い、リセは本題に戻した。
『何の話ですか?』
『しおりと彼のこと君も気になるだろう?』
リセは息を呑んだ。
今日の公園での出来事が頭をよぎる。あの言葉、あの表情。思い出すだけで胸が痛む。
けれど、白野からの突然の連絡に警戒心も感じた。彼の目的は何なのか。ただリセの心の隙につけ込もうとしているだけなのか。でも彼も同じように傷ついているのかもしれない。
『いつがいいですか?』
白野の返事は一言だった。
『今から大丈夫?』
リセは深く息を吐いた。本当にこれでいいのだろうか。けれど、もう後戻りはできない気がした。この先の展開が見えないまま、彼女は返信した。
『わかりました。どこで会いますか?』
リセはスマホを握りしめたまま、窓の外を見つめた。日が落ち、空が紫色に染まり始めている。
鏡に映る自分の顔は、どこか別人のように見える。いつもの明るさは消え、目は少し虚ろだ。
「私、何をしようとしてるんだろう」
それでも彼女の足は止まらなかった。