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第42話 会えて良かった

 銀座の高級カフェ。


 白野は一番奥の席で、窓の外を眺めていた。リセが店内に入ると、白野はリセに気づき、小さく手を振った。


「宮坂さん、来てくれたんだね」


 リセは緊張した面持ちで席に着く。白野の前のカップには既にコーヒーが注がれていた。


「何の話ですか? こんな突然連絡して」


 白野は落ち着いた様子で微笑み、ウェイターを呼ぶ。


「何か飲む? 僕のおごりだよ」


「いえ、結構です」


「そう? もったいないなぁ。ここのケーキセット、美味しいんだよ」


 リセはわずかに眉をひそめた。白野の態度には、どこか余裕があってそれが気に障る。


「……時間がないので」


「わかった。じゃあ本題に入ろうか」


 白野はコーヒーを一口すすると、まっすぐにリセを見つめた。


「君は川崎としおりの関係について、どう思ってる?」


「それは……」


 リセは口ごもり白野の目を見つめ返した。


「僕ね、しおりのことを子どもの頃から知ってる。彼女がどういう人間なのか、誰よりも知ってるつもりだよ」


「そうですか」


「しおりは中学時代から川崎に興味があった。それは聞いてるよね?」


 リセは頷いた。水原が川崎のことを前から知っていたという話は本人から聞いていた。


「でもそれだけじゃないんだ。彼女は川崎のことをずっと調べていた。彼の周りの人間関係、家族のこと、全てを」


 リセは眉をひそめた。


「どういう意味ですか?」


「こんなことは言いたくないけど、彼女には別の一面がある。何かほしいものがあると、どんな手段を使ってでも手に入れようとする」


「それは貴方の性分じゃないんですか」


「ハハ、けっこう言うね。そう言うの嫌いじゃないけど」


 白野はポケットから封筒を取り出し、テーブルに置いた。


「これはしおりの中学時代の話だ。これなにかわかるかい?」


 封筒の中には写真が数枚。ある少年の姿が写っている。学校の廊下、公園、駅前……様々な場所で同じ少年の姿を追っているような写真だった。


「盗撮……?」


「そう。そしてこれは、しおりが中学時代に撮った写真だ。ある男子生徒を追いかけ回していたときのもの」


 リセは眉をひそめた。写真は確かに盗撮のように見えるが、それが本当に水原のものなのか確証はない。


「でも……これがなんの証拠になるんですか?」


「彼女の執着心の証拠だよ。これも見てほしい」


 白野はスマホを取り出し、画面をリセに見せた。そこには「水原しおり」というSNSのプロフィール画面が表示されていた。


 閲覧制限がかかった非公開アカウントのようだが、フォロワーリストに「川崎 尋」の名前があった。


「これは何ですか?」


「彼女の執着の証拠だよ」


 白野は水原のSNSの非公開アカウントのスクリーンショットを見せてくる。


『ついに川崎くんのいる学校に転入できることになった。お父さんに頼んでよかった。絶対に手に入れてみせる』


「これは川崎と"再会"する少し前のものだよ」


「……再会する前?」


「そう。彼女は初めから彼のことを『手に入れる』という表現を使っていた。どうしてだと思う?」


「……」


「それに川崎のお母さんに何かあったそうだね? 借金?」


 リセは驚いて顔を上げた。


「どうして知ってるんですか?」


「情報網は広いさ。それが噂になってるんだよ。彼の行動が変わったのは、母親の借金と関係があるんじゃないか?」


 リセは口をつぐんだ。白野が川崎の母親の借金について知っていることに違和感を覚えたが、彼が言う通り、それが川崎の行動変化の契機だったことは否定できない。


「ヒロは……お母さんのために水原先輩の提案を受け入れたんです」


「提案?」


「……水原先輩が借金を肩代わりする代わりに、彼女と付き合うという……」


 白野の顔が少し曇った。


「契約か……こういうやり方をするとは、さすがしおりだな」


 リセは両手でスカートの裾を握りしめた。


「ヒロはお母さんのために断れなかったんだと思います」


「そうか……」


 白野は少し考え込むように黙り込んだ。


「僕からの情報提供は以上だよ。これからどうするかは君次第だけど……」


「どうするって?」


「真実を伝えるか、このまま黙って見ているか」


「真実?」


「彼女の執着が異常だということ。川崎を自分のものにするためなら手段を選ばないということ」


 リセは言葉につまった。彼女が目の前の情報をどう解釈すべきか、判断しかねていた。


「待ってください。これだけでは……」


「確かに証拠は完全じゃない。だから君自身で確かめてほしい。彼女の素性を、彼女の本当の姿を」


 白野は封筒をリセに差し出した。


「ここに僕の連絡先も入れておくよ。気軽に連絡してほしい。そして……」


「そして?」


「川崎のことを本当に想っているなら、彼を救ってあげてほしい。彼がしおりの策略に気づかないうちに」


 白野は椅子から立ち上がり、会計を済ませると、リセに向かって小さく頭を下げた。


「会えて良かった、宮坂さん。僕たちは同じ立場にいるんだ。大切な人を奪われた者として」


 そう言い残して、白野は颯爽と店を後にした。


 リセは一人、封筒を見つめていた。手に取ると、不思議と重い。


「ヒロ……」


 彼女の心には迷いが渦巻いていた。これが真実なら、川崎は騙されている。でも、川崎は本当に水原のことを好きになっていると言っていた。その言葉に嘘はなかった。


「どうすればいいの……」


 バッグに封筒を入れると、リセは重い足取りでカフェを後にした。

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