目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第46話 本当のこと

 次の日、学校で俺とリセは偶然廊下でばったり会った。


「リセ」


 リセは俺から少し距離を取り、冷たい目で見つめた。


「どうしたの?」


「昨日のこと、悪かった」


 リセは小さく溜め息をついた。


「いいの。ヒロの選択だし」


「でも、リセの気持ちを考えずに」


「もう、気にしないで」


 俺は言葉に詰まった。リセの冷たさの裏に、深い悲しみを感じる。


「そうじゃなくて、俺は」


「川崎くん!」


 廊下の向こうから水原が走ってきた。いつもの元気な声で俺を呼ぶ。リセは一瞬だけ表情を曇らせたが、すぐに取り繕った。


「あ、リセちゃん、おはよう」


「おはようございます」


「川崎くん、今日の放課後は一緒に帰ろうね?」


 水原は俺の腕に手を絡ませながら言った。その仕草は明らかにリセを意識していた。


「ああ」


 リセの目に一瞬痛みが走った。


 リセが黙って立ち去ろうとしたとき、水原が彼女を呼び止めた。


「リセちゃん、ごめんね、昨日のこと」


「別にいいです。ただ、ヒロを大切にしてあげてください」


 その言葉には、言い表せない感情が込められていた。


 リセが去った後、水原は俺の腕をぎゅっと握った。


「大丈夫?」


「ああ」


「リセちゃん、まだ怒ってるみたいだね」


「そりゃそうだろ」


 水原は少し俯いた。


「あたし、川崎くんを失いたくないの」


 水原は俺の顔をじっと見つめた。その目には不安と決意が混ざっていた。


「川崎くん、あたしに嘘ついたりしない?」


「は?」


「だって、もしかしたらリセちゃんのことが」


「水原」


 俺はしっかりと彼女の肩を掴んだ。


「俺は嘘なんかつかない。今、お前と一緒にいたいと思ってる。それだけだ」


 水原の顔に安堵の表情が広がった。


「ありがとう、川崎くん」


 ★


 その日の放課後、俺と水原は一緒に帰路についていた。


「ねえ、川崎くん」


「ん?」


「白野先輩、何を企んでるんだろう」


「さあな」


「川崎くんのお母さんの借金のことも知ってたみたいだし」


「そうだな」


 その時、前方から見覚えのある姿が見えた。リセだ。彼女は誰かと立ち話をしている。相手は、


「あれ、白野じゃないか」


 水原が息を呑んだ。確かにリセの前に立っていたのは白野だった。二人は何やら真剣な表情で話している。


「どうして、リセちゃんと」


 俺たちが近づくと、リセが気づいて振り向いた。その表情には、一瞬戸惑いが浮かんだ。


「ヒロ、水原先輩」


 白野も振り向き、意地の悪い笑みを浮かべた。


「やぁ、しおり。川崎くん」


「何してるんだ、お前」


「僕? ただリセちゃんと話してただけだよ」


 リセは少し困ったような表情を見せた。


「リセ」


「ただの偶然です」


「偶然じゃないでしょ。リセちゃん、白野先輩は危険だよ」


 リセは水原を冷たく見た。


「水原先輩が言える立場ですか」


「リセちゃん」


「まあまあ」


 白野が仲裁するように言った。


「僕はただ真実を伝えただけだよ。宮坂さんには知る権利がある」


「真実? お前が流してるのは嘘ばかりだろ」


「嘘? 例えば?」


「水原の盗撮写真とか、あの捏造したやつだろ」


 白野は肩をすくめた。


「証明できるのかな?」


「お前こそ証明しろよ」


 白野は意地悪く笑った。


「僕から言えることは一つだけ。川崎くん、君の周りには嘘をつく人間がいる」


「何が言いたい?」


「年末まで待ってればわかるさ。それじゃ、僕はこれで」


 白野は軽く手を振ると、悠然と立ち去った。残された三人の間に、言いようのない緊張が流れる。


「リセ、白野と何を話してたんだ?」


 リセは躊躇った後、静かに言った。


「真実が知りたかっただけ」


「真実って」


「ヒロ、水原先輩のこと本当に信じてるの? もし、全部計画だったとしても?」


「リセ、ちょっと待ってくれ」


 俺は思わず一歩前に出た。リセの目には強い意志が宿っていた。もう子どもの頃の穏やかな幼馴染の表情ではない。


「ヒロはいつも優しいから、だまされやすいの。水原先輩の言葉を疑わないでしょ? でも、ちょっと考えてみて。どうして白野先輩がヒロのお母さんの借金のことを知ってるの?」


 確かにそれは疑問だった。白野がどうやって母親の借金のことを知ったのか。


「……」


「それに、ヒロのアパートの写真って、どうやって白野先輩が手に入れたの?」


「それは……」


「ヒロ、水原先輩と白野さん、二人の言ってることどっちが本当か、ヒロ自身の目で確かめるべきだよ」


 そう言い残して、リセは踵を返した。その背中は強い意志を感じさせる一方で、どこか寂しげにも見えた。


「リセ!」


 俺が呼び止めようとしたが、彼女は振り返らなかった。


 残された俺と水原。沈黙が流れる。


「川崎くん……」


 水原の声には不安が滲んでいた。


「あたし、本当のこと話す」


「ああ」


「確かに……川崎くんのことは中学の頃から追いかけてた。好きになっちゃって、どうしようもなくなっちゃって」


 水原は俯いて続けた。


「でも、それは純粋な気持ちなの! ただ川崎くんに近づきたかっただけ。お母さんの借金のことなんて知らなかった。それに、白野先輩が持ってた写真……あたしは撮ってない」


「じゃあ、白野が撮ったってことか?」


「多分……白野先輩はあたしが川崎くんを好きなの知ってたから、あたしを貶めようとしてるんだと思う」


 俺は深く息を吐いた。誰を信じればいいのか。水原か、リセか。それとも白野の言葉か。


「もう、帰ろう」


「うん……」


 帰り道、ほとんど言葉を交わさなかった。それぞれの思いを胸に秘めたまま。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?