次の日、学校で俺とリセは偶然廊下でばったり会った。
「リセ」
リセは俺から少し距離を取り、冷たい目で見つめた。
「どうしたの?」
「昨日のこと、悪かった」
リセは小さく溜め息をついた。
「いいの。ヒロの選択だし」
「でも、リセの気持ちを考えずに」
「もう、気にしないで」
俺は言葉に詰まった。リセの冷たさの裏に、深い悲しみを感じる。
「そうじゃなくて、俺は」
「川崎くん!」
廊下の向こうから水原が走ってきた。いつもの元気な声で俺を呼ぶ。リセは一瞬だけ表情を曇らせたが、すぐに取り繕った。
「あ、リセちゃん、おはよう」
「おはようございます」
「川崎くん、今日の放課後は一緒に帰ろうね?」
水原は俺の腕に手を絡ませながら言った。その仕草は明らかにリセを意識していた。
「ああ」
リセの目に一瞬痛みが走った。
リセが黙って立ち去ろうとしたとき、水原が彼女を呼び止めた。
「リセちゃん、ごめんね、昨日のこと」
「別にいいです。ただ、ヒロを大切にしてあげてください」
その言葉には、言い表せない感情が込められていた。
リセが去った後、水原は俺の腕をぎゅっと握った。
「大丈夫?」
「ああ」
「リセちゃん、まだ怒ってるみたいだね」
「そりゃそうだろ」
水原は少し俯いた。
「あたし、川崎くんを失いたくないの」
水原は俺の顔をじっと見つめた。その目には不安と決意が混ざっていた。
「川崎くん、あたしに嘘ついたりしない?」
「は?」
「だって、もしかしたらリセちゃんのことが」
「水原」
俺はしっかりと彼女の肩を掴んだ。
「俺は嘘なんかつかない。今、お前と一緒にいたいと思ってる。それだけだ」
水原の顔に安堵の表情が広がった。
「ありがとう、川崎くん」
★
その日の放課後、俺と水原は一緒に帰路についていた。
「ねえ、川崎くん」
「ん?」
「白野先輩、何を企んでるんだろう」
「さあな」
「川崎くんのお母さんの借金のことも知ってたみたいだし」
「そうだな」
その時、前方から見覚えのある姿が見えた。リセだ。彼女は誰かと立ち話をしている。相手は、
「あれ、白野じゃないか」
水原が息を呑んだ。確かにリセの前に立っていたのは白野だった。二人は何やら真剣な表情で話している。
「どうして、リセちゃんと」
俺たちが近づくと、リセが気づいて振り向いた。その表情には、一瞬戸惑いが浮かんだ。
「ヒロ、水原先輩」
白野も振り向き、意地の悪い笑みを浮かべた。
「やぁ、しおり。川崎くん」
「何してるんだ、お前」
「僕? ただリセちゃんと話してただけだよ」
リセは少し困ったような表情を見せた。
「リセ」
「ただの偶然です」
「偶然じゃないでしょ。リセちゃん、白野先輩は危険だよ」
リセは水原を冷たく見た。
「水原先輩が言える立場ですか」
「リセちゃん」
「まあまあ」
白野が仲裁するように言った。
「僕はただ真実を伝えただけだよ。宮坂さんには知る権利がある」
「真実? お前が流してるのは嘘ばかりだろ」
「嘘? 例えば?」
「水原の盗撮写真とか、あの捏造したやつだろ」
白野は肩をすくめた。
「証明できるのかな?」
「お前こそ証明しろよ」
白野は意地悪く笑った。
「僕から言えることは一つだけ。川崎くん、君の周りには嘘をつく人間がいる」
「何が言いたい?」
「年末まで待ってればわかるさ。それじゃ、僕はこれで」
白野は軽く手を振ると、悠然と立ち去った。残された三人の間に、言いようのない緊張が流れる。
「リセ、白野と何を話してたんだ?」
リセは躊躇った後、静かに言った。
「真実が知りたかっただけ」
「真実って」
「ヒロ、水原先輩のこと本当に信じてるの? もし、全部計画だったとしても?」
「リセ、ちょっと待ってくれ」
俺は思わず一歩前に出た。リセの目には強い意志が宿っていた。もう子どもの頃の穏やかな幼馴染の表情ではない。
「ヒロはいつも優しいから、だまされやすいの。水原先輩の言葉を疑わないでしょ? でも、ちょっと考えてみて。どうして白野先輩がヒロのお母さんの借金のことを知ってるの?」
確かにそれは疑問だった。白野がどうやって母親の借金のことを知ったのか。
「……」
「それに、ヒロのアパートの写真って、どうやって白野先輩が手に入れたの?」
「それは……」
「ヒロ、水原先輩と白野さん、二人の言ってることどっちが本当か、ヒロ自身の目で確かめるべきだよ」
そう言い残して、リセは踵を返した。その背中は強い意志を感じさせる一方で、どこか寂しげにも見えた。
「リセ!」
俺が呼び止めようとしたが、彼女は振り返らなかった。
残された俺と水原。沈黙が流れる。
「川崎くん……」
水原の声には不安が滲んでいた。
「あたし、本当のこと話す」
「ああ」
「確かに……川崎くんのことは中学の頃から追いかけてた。好きになっちゃって、どうしようもなくなっちゃって」
水原は俯いて続けた。
「でも、それは純粋な気持ちなの! ただ川崎くんに近づきたかっただけ。お母さんの借金のことなんて知らなかった。それに、白野先輩が持ってた写真……あたしは撮ってない」
「じゃあ、白野が撮ったってことか?」
「多分……白野先輩はあたしが川崎くんを好きなの知ってたから、あたしを貶めようとしてるんだと思う」
俺は深く息を吐いた。誰を信じればいいのか。水原か、リセか。それとも白野の言葉か。
「もう、帰ろう」
「うん……」
帰り道、ほとんど言葉を交わさなかった。それぞれの思いを胸に秘めたまま。