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第46話 借金

 一人暮らしのアパートに戻った俺は、ベッドに倒れ込んだ。


 天井を見つめながら考える。水原の言葉は信じられるか。リセの疑念は正しいのか。そして白野は何を企んでいるのか。


 スマホが鳴った。画面を見ると、母親からだった。


「もしもし」


「ヒロ? 元気にしてる?」


「ああ」


「ありがとう。あなたのおかげで、少しずつだけど前に進んでるわ」


「そうか」


「ヒロ、何かあった? 声が暗いわよ」


「いや、別に」


「そう……。でも何かあったら相談して。母親失格だったかもしれないけど、今は力になりたいと思ってるから」


 電話を切ると、胸の中にもやもやとした感情が広がった。母親との関係が少しずつ修復されていく一方で、リセとの間には溝ができつつある。そして水原との関係も、今日の一件で揺らいでいた。


「くそっ……」


 翌朝、目覚めると既に8時を回っていた。


 昨日の疲れで目覚ましを聞き逃したらしい。急いで支度をし、学校へ向かう。


 教室に着くと、既に授業が始まっていた。


「遅刻だ、川崎」


「すいません」


 席につきながら、クラスメイトたちの視線を感じる。そして、リセの席を見ると……空だった。


「リセは?」


 隣の席の田中に小声で尋ねる。


「宮坂? 今日休みだってさ」


「そうか」


 昨日のことが原因か。胸にチクリとした痛みを感じる。


 授業が終わると、俺は水原のクラスに向かった。しかし、彼女の姿もなかった。


「水原さんなら、今日は早退したよ」


 クラスメイトの女子が教えてくれた。


「体調悪そうだったから、保健室で休んでたんだけど、結局帰っちゃった」


「そうか、ありがとう」


 水原も休んでいる。昨日のことは、俺たち三人にそれぞれ重くのしかかっていた。


 帰り道、俺は立ち寄り先を決めかねていた。リセの家か、水原の家か。


 結局、リセの家に向かうことにした。幼馴染として、まずは彼女と話し合うべきだと思った。


 リセの家のインターホンを押すと、しばらくして応答があった。


「はい?」


「俺だけど」


「……」


 沈黙の後、「少し待って」という声。


 やがて玄関が開き、リセが現れた。目の下には疲れた色が出ている。


「入って」


 リセの部屋に上がると、昔と変わらない雰囲気が懐かしく感じられた。壁には俺たちの小学校時代の写真が飾られている。


「お茶、飲む?」


「ああ」


 リセはお茶を用意すると、俺の向かいに座った。


「ヒロ、わざわざごめんね」


「いや、俺が謝るべきだ」


「何で?」


「色々と……リセを傷つけたから」


 リセは少し寂しそうに微笑んだ。


「ヒロがヒロらしくいるだけで、私は嬉しいんだよ。だから謝らなくていい」


「リセ……」


 俺は言葉に詰まった。リセの純粋な気持ちが痛いほど伝わってくる。


「それより、水原先輩のこと、どう思った?」


「正直、わからない。水原は嘘をついてないと思う。でも、白野が言ってることもどこか引っかかる」


「私も迷ってるの。白野さんの言ってることが全部本当かどうか……」


 リセはお茶を見つめながら続けた。


「でも一つだけ確かなことがある。水原先輩は最初から計画的にヒロに近づいた。それはもう認めたでしょ?」


「ああ」


「そんな人を……それでも信じるの?」


 俺は深く息を吐いた。


「始まりがどうであれ、今の気持ちは本物だと思う」


 リセの目に一瞬痛みが走った。しかし、すぐに取り繕った。


「そう。ヒロがそう思うなら……」


「リセ、俺はお前のことも大切に思ってる。ずっと側にいてくれて、支えてくれて……言葉にできないくらい」


「でも、恋愛感情は水原先輩に向いてるんだよね」


「……」


 俺の沈黙がすべてを物語っていた。リセは小さく微笑み、窓の外を見つめた。


「いいの。私、もう覚悟決めたから。ヒロが幸せならそれでいい」


「リセ……」


「ただ、一つだけ確かめておきたいの。次の土曜日、ちょっと時間ない?」


「ああ、大丈夫だけど」


「白野先輩が、もう一つ教えたいことがあるって。私だけじゃなくて、ヒロにも直接聞いてほしいって」


「白野が?」


「うん。水原先輩のこと、もっと知ってほしいんだって」


 俺は迷った。白野は信用できない。それでも、もし水原に関する何か重要な情報があるなら、聞いておくべきかもしれない。


「……わかった。行くよ」


「ありがとう」


 リセが安堵したように微笑んだ。その笑顔に、かつての幼馴染の温かさを感じた。

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