一人暮らしのアパートに戻った俺は、ベッドに倒れ込んだ。
天井を見つめながら考える。水原の言葉は信じられるか。リセの疑念は正しいのか。そして白野は何を企んでいるのか。
スマホが鳴った。画面を見ると、母親からだった。
「もしもし」
「ヒロ? 元気にしてる?」
「ああ」
「ありがとう。あなたのおかげで、少しずつだけど前に進んでるわ」
「そうか」
「ヒロ、何かあった? 声が暗いわよ」
「いや、別に」
「そう……。でも何かあったら相談して。母親失格だったかもしれないけど、今は力になりたいと思ってるから」
電話を切ると、胸の中にもやもやとした感情が広がった。母親との関係が少しずつ修復されていく一方で、リセとの間には溝ができつつある。そして水原との関係も、今日の一件で揺らいでいた。
「くそっ……」
翌朝、目覚めると既に8時を回っていた。
昨日の疲れで目覚ましを聞き逃したらしい。急いで支度をし、学校へ向かう。
教室に着くと、既に授業が始まっていた。
「遅刻だ、川崎」
「すいません」
席につきながら、クラスメイトたちの視線を感じる。そして、リセの席を見ると……空だった。
「リセは?」
隣の席の田中に小声で尋ねる。
「宮坂? 今日休みだってさ」
「そうか」
昨日のことが原因か。胸にチクリとした痛みを感じる。
授業が終わると、俺は水原のクラスに向かった。しかし、彼女の姿もなかった。
「水原さんなら、今日は早退したよ」
クラスメイトの女子が教えてくれた。
「体調悪そうだったから、保健室で休んでたんだけど、結局帰っちゃった」
「そうか、ありがとう」
水原も休んでいる。昨日のことは、俺たち三人にそれぞれ重くのしかかっていた。
帰り道、俺は立ち寄り先を決めかねていた。リセの家か、水原の家か。
結局、リセの家に向かうことにした。幼馴染として、まずは彼女と話し合うべきだと思った。
リセの家のインターホンを押すと、しばらくして応答があった。
「はい?」
「俺だけど」
「……」
沈黙の後、「少し待って」という声。
やがて玄関が開き、リセが現れた。目の下には疲れた色が出ている。
「入って」
リセの部屋に上がると、昔と変わらない雰囲気が懐かしく感じられた。壁には俺たちの小学校時代の写真が飾られている。
「お茶、飲む?」
「ああ」
リセはお茶を用意すると、俺の向かいに座った。
「ヒロ、わざわざごめんね」
「いや、俺が謝るべきだ」
「何で?」
「色々と……リセを傷つけたから」
リセは少し寂しそうに微笑んだ。
「ヒロがヒロらしくいるだけで、私は嬉しいんだよ。だから謝らなくていい」
「リセ……」
俺は言葉に詰まった。リセの純粋な気持ちが痛いほど伝わってくる。
「それより、水原先輩のこと、どう思った?」
「正直、わからない。水原は嘘をついてないと思う。でも、白野が言ってることもどこか引っかかる」
「私も迷ってるの。白野さんの言ってることが全部本当かどうか……」
リセはお茶を見つめながら続けた。
「でも一つだけ確かなことがある。水原先輩は最初から計画的にヒロに近づいた。それはもう認めたでしょ?」
「ああ」
「そんな人を……それでも信じるの?」
俺は深く息を吐いた。
「始まりがどうであれ、今の気持ちは本物だと思う」
リセの目に一瞬痛みが走った。しかし、すぐに取り繕った。
「そう。ヒロがそう思うなら……」
「リセ、俺はお前のことも大切に思ってる。ずっと側にいてくれて、支えてくれて……言葉にできないくらい」
「でも、恋愛感情は水原先輩に向いてるんだよね」
「……」
俺の沈黙がすべてを物語っていた。リセは小さく微笑み、窓の外を見つめた。
「いいの。私、もう覚悟決めたから。ヒロが幸せならそれでいい」
「リセ……」
「ただ、一つだけ確かめておきたいの。次の土曜日、ちょっと時間ない?」
「ああ、大丈夫だけど」
「白野先輩が、もう一つ教えたいことがあるって。私だけじゃなくて、ヒロにも直接聞いてほしいって」
「白野が?」
「うん。水原先輩のこと、もっと知ってほしいんだって」
俺は迷った。白野は信用できない。それでも、もし水原に関する何か重要な情報があるなら、聞いておくべきかもしれない。
「……わかった。行くよ」
「ありがとう」
リセが安堵したように微笑んだ。その笑顔に、かつての幼馴染の温かさを感じた。