目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第47話 言い分

 リセの家を後にした俺は、次に水原の家に向かうことにした。彼女の言い分も聞かなければ。


 水原の家に着くと、インターホンを押したが応答がない。何度か押しても反応がなかった。


「おかしいな……」


 考えていると、スマホが震えた。水原からのメッセージだった。


『ごめん、今日はゆっくり休みたい。また明日ね』


 短い文面に、彼女の疲れが感じられた。返信は簡潔に。


『わかった。明日学校で』


 翌日、俺が教室に入ると、リセの姿があった。机に向かって黙々とノートを書いている。


「おはよう」


「あ、ヒロ。おはよう」


 リセは少し緊張した様子だったが、いつもの優しい笑顔を見せた。


「調子は?」


「うん、大丈夫。昨日はゆっくり休めたから」


「そうか」


 リセは少し躊躇った後、小さな声で言った。


「水原先輩は?」


「連絡はしたけど、まだ会ってない」


「そう……」


 授業が始まり、何とか平常心を保とうと努めた。だが、水原との関係、リセとの関係、そして白野の言葉が頭から離れなかった。


 昼休み、俺は水原のクラスに向かった。教室に入ると、水原は窓際で一人、弁当を食べていた。


「水原」


「あ、川崎くん……」


 彼女の表情には疲れと不安が滲んでいた。


「大丈夫か?」


「うん、ごめんね。昨日は会えなくて」


「気にするな」


 俺が隣に座ると、水原は少し距離を置いた。いつもなら喜んで腕に抱きつくのに。


「川崎くん、聞きたいことがあるんだけど……」


「なんだ?」


「昨日、リセちゃんに会った?」


「ああ」


 その答えに、水原の表情が曇った。


「そっか……」


「ただ話し合っただけだよ」


「……うん」


 水原は弁当を見つめたまま、俯いた。


「川崎くん、もしかして、あたしのこと信じられなくなった?」


 その問いに、俺は一瞬言葉に詰まった。信じたいという気持ちと、もやもやとした疑念の間で揺れていた。


「水原、俺はお前を信じてる。それだけは確かだ」


 水原の目に涙が浮かんだ。


「でも、もう少し時間が欲しい」


「……そっか」


 水原は小さく頷いた。その表情には諦めと悲しみが混ざっていた。


「わかった。川崎くんがあたしを疑うのも無理ないよね」


「疑うっていうより、ただ真実が知りたいだけなんだ」


「うん……」


 その日の放課後、三人はそれぞれ別々に帰った。俺は一人、夕暮れの街を歩きながら考えていた。


 土曜日がやってきた。俺とリセは、白野が指定した駅前のカフェに向かった。


 カフェに入ると、最奥の席に白野の姿があった。俺たちを見つけると、手を挙げて合図した。


「やぁ、来てくれたんだね」


 白野は余裕の笑みを浮かべていた。その態度に、無性に腹が立った。


「白野、話って何だ?」


 俺たちが席に着くと、白野はコーヒーを一口飲んでから、ゆっくりと口を開いた。


「川崎くん、君はしおりのことをどれだけ知ってる?」


「お前が何を言いたいのか、わからないんだが」


 白野は意地悪く笑った。


「君の借金を肩代わりした金、どこから出てきたと思う?」


「水原の家が金持ちなのは知ってる」


「そうそう。でも、なぜ彼女の家が金持ちなのか考えたことある?」


「はあ?」


「興味を持つべきだよ。なぜなら、それは君と深い関係があるから」


 白野はスマホを取り出し、画面を俺たちに見せた。そこには新聞記事のスクリーンショットが映っていた。


「これは2年前の記事。水原グループが教育関連会社を買収したというニュース」


「それが何だっていうんだ?」


 白野は意地悪く笑った。


「その買収された会社、知ってる?」


「……」


「見覚えあるでしょ? そう、君のお母さんが働いていた会社だよ」


 俺の血の気が引いた。そして、それが水原の家の会社に買収されたというのか。


「これはたまたまだろ」


「たまたま? それなら、このニュースは?」


 白野は別の記事を見せた。買収後、多くの社員が整理解雇されたというニュース。


「ほら、ここに名前がある。『川崎美樹』。君のお母さんだよね?」


 母の名前が確かにそこにあった。俺は言葉を失った。


「つまり、しおりの父親は君のお母さんを解雇した張本人。そして、それが原因で君のお母さんの生活が苦しくなった。投資や競馬に手を出すようになったのもその頃からだよ」


 リセが息を呑む音が聞こえた。


「つまり、水原先輩は……」


「そう、彼女は最初から全てを知っていた。川崎くんのお母さんが自分の父親の会社で解雇されたこと、その後の経済的苦境、そしてギャンブルへの依存。全部把握した上で近づいた」


 俺の頭の中が真っ白になった。もしそれが本当なら、水原は最初から俺の不幸を知っていたことになる。そして、その不幸を利用して近づいたということか。


「これだけじゃない」


 白野は続けた。


「しおりはね、君のお母さんの借金の取り立てを止めさせることもできた。水原グループならそれくらい簡単にできる。でも、そうしなかった」


「何で?」


「さあ、どうしてだと思う?」


 白野の目が意地悪く光る。


「川崎くんを"買う"ためさ。彼女は君を自分のものにするために、わざとお母さんの借金を放置して、最後の最後で"救世主"を演じた」


 俺の中で怒りが湧き上がってきた。だが、同時に疑念も。これはあくまで白野の言い分。本当かどうかは確かめないと。


「証拠はあるのか?」


「う~ん、決定的なものはないね。でも、状況証拠は十分だろ?」


「水原にも言い分があるはずだ」


「もちろん。だから彼女に直接聞いてみればいい。でも、君は自分の心に正直に答えられるかな?」


 白野は立ち上がり、コーヒー代を置いた。


「僕は事実を伝えただけ。あとは君自身で判断して」


 そう言い残して、白野は颯爽と店を後にした。


 残された俺とリセ。俺は頭を抱えた。


「ヒロ……」


 リセが心配そうに声をかける。


「信じられない……でも、もし本当なら……」


「ヒロ、水原先輩に確かめるべきだよ」


「ああ」


 俺はスマホを取り出し、水原に電話した。しかし、応答はない。何度かけても出ない。


「出ないな」


「家に行ってみる?」


「そうするか」

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?