次の日、俺は水原と一緒にリセの家を訪ねた。インターホンを押すと、しばらくして応答があった。
「はい」
「俺だ。水原も一緒にいる」
「……」
しばらくして、ドアが開いた。リセの表情は硬かった。
「何の用?」
「話したいことがあるんだ」
三人がリビングに座ると、水原は深呼吸して話し始めた。昨日、俺に話したことをリセにも伝える。父親の会社が川崎の母親を解雇したこと、罪悪感から借金を肩代わりしようと思ったこと……全てを。
話を聞き終わったリセは、しばらく黙っていた。その表情からは何を考えているのか読み取れない。
「わかった……」
リセはようやく口を開いた。その声は静かだったが、力強さが感じられた。
「水原先輩が本当のことを話してくれて、ありがとう。正直に言うと、まだモヤモヤする気持ちはあるけど……でも、嘘じゃないって信じたい」
水原は小さく微笑んだ。
「ありがとう、リセちゃん」
「ヒロはどうするの?」
「どうするって?」
「白野さんのこと」
俺は真剣な表情でリセを見た。
「全部白野に確認するつもりだ。あいつが何をしようとしていたのか、はっきりさせないと」
「私も行く」
リセもきっぱりと言った。
「私も白野さんに騙されたわけだし、責任を感じてる」
「あたしも……行く」
水原も小さく、でも強い意志をもって言った。
「大丈夫?」
「うん。もう逃げない。ちゃんと白野先輩と向き合う」
三人は顔を見合わせ、小さく頷いた。
★
白野に連絡を取ると、意外なことに簡単に会う約束ができた。指定された高級カフェに入ると、白野は余裕の表情で待っていた。
「やぁ、来てくれたんだね。三人揃って」
リセが前に出た。
「水原先輩のアパートの写真とか、誰が撮ったの?」
「言っただろう、しおりだよ」
「あなたでしょ?」
白野は意地悪く笑った。
「証明できる?」
水原が静かに口を開いた。
「白野先輩、もういい加減にして。あたしたちをこれ以上翻弄しないで」
「しおり、君は本当に川崎くんのことを好きなのかい?」
「もちろん」
白野の顔が一瞬歪んだ。
「どうして? どうして僕じゃないんだ? 僕は君のために全てを捧げてきたのに」
「違う! 白野先輩はあたしのためじゃなくて、自分のために動いてた。あたしが何を望んでるか、一度も考えてなかった」
白野は黙り込んだ。水原の言葉が刺さったようだ。
「あたしね、本当に川崎くんが好き。だって、川崎くんはあたしの気持ちを信じてくれた。あたしの話をちゃんと聞いて、理解してくれた」
「彼は君を利用してるだけだよ。お金のために」
「それは最初だけ。今は違う。川崎くん、そうだよね?」
俺は水原の方を見て、静かに頷いた。
「ああ。俺も水原のことが好きだ」
白野の表情が暗くなる。
「馬鹿げてる……君のような男が、しおりを幸せにできるわけがない」
「それは俺が証明する」
俺の言葉に、白野は一瞬言葉を失った。
「僕は諦めないよ。しおりが本当に幸せになれるのは僕の側だけだ。いつか気づくさ」
「もういいよ、白野先輩」
水原はため息をついた。
「あたしはこれからも川崎くんと一緒にいる。それが変わることはない。だから、もう余計なことはしないで」
「余計なこと?」
「川崎くんのアパートを盗撮したり、川崎くんのお母さんのことを調べたり、そういうこと全部」
白野は一瞬、動揺したように見えた。
「本当に僕がしたと思ってるのか」
「誰がやったか、わかってるよ」
水原はスマホを取り出した。
「お父さんに相談したら、ちょっと調べてくれたの。そしたら……」
水原はスマホの画面を白野に見せた。そこには何かの資料のスクリーンショットがあった。
「これ……」
白野の顔から血の気が引いた。
「お父さんの会社の調査部が見つけたの。白野先輩が私立探偵に依頼して、川崎くんを調査させていたって記録」
「そんな……」
「もう終わりにしよう。これ以上続けても、誰も幸せになれない」
白野は言葉を失い、テーブルに突っ伏した。
「しおり……」
その声は弱々しく、まるで別人のようだった。
「すまない。許してほしいわけじゃない。ただ……僕のような男でも、本当に好きだったんだ」
「わかってる。だからこそ、もうやめて。白野先輩も、新しい人生を歩き始めるべきだよ」
白野はゆっくりと顔を上げた。その目には涙が浮かんでいた。
「わかったよ。もう邪魔はしない。ただ、これだけは言わせてほしい」
「なに?」
「誰も君を僕ほど理解できない。いつかそれに気づく日が来るよ」
白野は立ち上がり、カフェを後にした。その背中には敗北の色が濃かった。
残された三人は、しばらく沈黙していた。
「リセ、その、俺……」
俺はリセの目を見つめた。
「いいの。私は、ヒロが幸せなら……それで満足だから」
その言葉には嘘はなかった。リセの瞳には確かに悲しみがあったが、同時に、受け入れる強さも見えた。
「友達でいてくれるか?」
「当たり前じゃん。私たち、幼馴染だもん」
リセは優しく微笑んだ。その笑顔は、昔のままの温かさがあった。