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第49話 幸せなら

 次の日、俺は水原と一緒にリセの家を訪ねた。インターホンを押すと、しばらくして応答があった。


「はい」


「俺だ。水原も一緒にいる」


「……」


 しばらくして、ドアが開いた。リセの表情は硬かった。


「何の用?」


「話したいことがあるんだ」


 三人がリビングに座ると、水原は深呼吸して話し始めた。昨日、俺に話したことをリセにも伝える。父親の会社が川崎の母親を解雇したこと、罪悪感から借金を肩代わりしようと思ったこと……全てを。


 話を聞き終わったリセは、しばらく黙っていた。その表情からは何を考えているのか読み取れない。


「わかった……」


 リセはようやく口を開いた。その声は静かだったが、力強さが感じられた。


「水原先輩が本当のことを話してくれて、ありがとう。正直に言うと、まだモヤモヤする気持ちはあるけど……でも、嘘じゃないって信じたい」


 水原は小さく微笑んだ。


「ありがとう、リセちゃん」


「ヒロはどうするの?」


「どうするって?」


「白野さんのこと」


 俺は真剣な表情でリセを見た。


「全部白野に確認するつもりだ。あいつが何をしようとしていたのか、はっきりさせないと」


「私も行く」


 リセもきっぱりと言った。


「私も白野さんに騙されたわけだし、責任を感じてる」


「あたしも……行く」


 水原も小さく、でも強い意志をもって言った。


「大丈夫?」


「うん。もう逃げない。ちゃんと白野先輩と向き合う」


 三人は顔を見合わせ、小さく頷いた。


 ★


 白野に連絡を取ると、意外なことに簡単に会う約束ができた。指定された高級カフェに入ると、白野は余裕の表情で待っていた。


「やぁ、来てくれたんだね。三人揃って」


 リセが前に出た。


「水原先輩のアパートの写真とか、誰が撮ったの?」


「言っただろう、しおりだよ」


「あなたでしょ?」


 白野は意地悪く笑った。


「証明できる?」


 水原が静かに口を開いた。


「白野先輩、もういい加減にして。あたしたちをこれ以上翻弄しないで」


「しおり、君は本当に川崎くんのことを好きなのかい?」


「もちろん」


 白野の顔が一瞬歪んだ。


「どうして? どうして僕じゃないんだ? 僕は君のために全てを捧げてきたのに」


「違う! 白野先輩はあたしのためじゃなくて、自分のために動いてた。あたしが何を望んでるか、一度も考えてなかった」


 白野は黙り込んだ。水原の言葉が刺さったようだ。


「あたしね、本当に川崎くんが好き。だって、川崎くんはあたしの気持ちを信じてくれた。あたしの話をちゃんと聞いて、理解してくれた」


「彼は君を利用してるだけだよ。お金のために」


「それは最初だけ。今は違う。川崎くん、そうだよね?」


 俺は水原の方を見て、静かに頷いた。


「ああ。俺も水原のことが好きだ」


 白野の表情が暗くなる。


「馬鹿げてる……君のような男が、しおりを幸せにできるわけがない」


「それは俺が証明する」


 俺の言葉に、白野は一瞬言葉を失った。


「僕は諦めないよ。しおりが本当に幸せになれるのは僕の側だけだ。いつか気づくさ」


「もういいよ、白野先輩」


 水原はため息をついた。


「あたしはこれからも川崎くんと一緒にいる。それが変わることはない。だから、もう余計なことはしないで」


「余計なこと?」


「川崎くんのアパートを盗撮したり、川崎くんのお母さんのことを調べたり、そういうこと全部」


 白野は一瞬、動揺したように見えた。


「本当に僕がしたと思ってるのか」


「誰がやったか、わかってるよ」


 水原はスマホを取り出した。


「お父さんに相談したら、ちょっと調べてくれたの。そしたら……」


 水原はスマホの画面を白野に見せた。そこには何かの資料のスクリーンショットがあった。


「これ……」


 白野の顔から血の気が引いた。


「お父さんの会社の調査部が見つけたの。白野先輩が私立探偵に依頼して、川崎くんを調査させていたって記録」


「そんな……」


「もう終わりにしよう。これ以上続けても、誰も幸せになれない」


 白野は言葉を失い、テーブルに突っ伏した。


「しおり……」


 その声は弱々しく、まるで別人のようだった。


「すまない。許してほしいわけじゃない。ただ……僕のような男でも、本当に好きだったんだ」


「わかってる。だからこそ、もうやめて。白野先輩も、新しい人生を歩き始めるべきだよ」


 白野はゆっくりと顔を上げた。その目には涙が浮かんでいた。


「わかったよ。もう邪魔はしない。ただ、これだけは言わせてほしい」


「なに?」


「誰も君を僕ほど理解できない。いつかそれに気づく日が来るよ」


 白野は立ち上がり、カフェを後にした。その背中には敗北の色が濃かった。


 残された三人は、しばらく沈黙していた。


「リセ、その、俺……」


 俺はリセの目を見つめた。


「いいの。私は、ヒロが幸せなら……それで満足だから」


 その言葉には嘘はなかった。リセの瞳には確かに悲しみがあったが、同時に、受け入れる強さも見えた。


「友達でいてくれるか?」


「当たり前じゃん。私たち、幼馴染だもん」


 リセは優しく微笑んだ。その笑顔は、昔のままの温かさがあった。

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