数日が経ち、俺と水原、そしてリセの間には一見すると穏やかな空気が流れていた。三人の関係に微妙な緊張感は残っていたものの、表面上は元通りの日常が戻ってきていた。
「川崎くん、一緒に帰ろ?」
放課後、水原がいつものように明るい声で俺に話しかける。俺は少し考えてから答えた。
「悪い、今日は少し用事があるんだ」
「そっか……」
水原の表情に一瞬だけ寂しさが浮かんだが、すぐに笑顔に戻る。
「じゃあ、また明日ね!」
水原が立ち去った後、俺はため息をついた。バイトの日でもないのに嘘をついたことに少し罪悪感を覚える。だが、最近少し時間が欲しいと思っていた。水原との関係、リセとの関係、そして白野との一件……全てを整理するために。
「ヒロ」
振り向くと、リセが立っていた。
「帰り道、一緒でもいい?」
「ああ」
俺とリセは並んで歩き出した。夕暮れの空が俺たちの影を長く伸ばしている。
「最近、水原先輩とはうまくいってる?」
「まあ……」
「そっか」
リセは小さく笑った。その笑顔には、かつての幼馴染の温かさが感じられた。
「あのさ、リセ」
「なに?」
「白野のことで迷惑かけて、悪かったな」
リセは首を横に振った。
「何言ってるの。私だって勝手に白野さんの言葉を信じちゃったんだから」
「それでも……あいつの策略に巻き込まれて」
「今は全部わかったから。もういいの」
俺たちは懐かしい公園の前で足を止めた。幼い頃によく遊んだ場所だ。
「ちょっと寄ってく?」
「ああ」
俺たちはブランコに座った。昔と同じように、ただ何となく揺れながら。
「ヒロ、覚えてる? ここで鬼ごっこした時のこと」
「ああ、あの時リセに追いかけられて転んで、膝擦りむいたんだよな」
「うん。私、すごく心配して泣いちゃったの」
「そうだったな」
懐かしい記憶が俺たちの間に温かな空気を作る。
「あの頃は、何も考えずに遊んでたよね」
「今は考えすぎか?」
「たぶん」
リセは空を見上げた。
「でも、それが大人になるってことなのかな。色々と考えて、悩んで……」
「多分な」
俺も空を見上げる。俺たちの視線が、同じ場所で交わる。
「ねえ、ヒロ」
「なんだ?」
「私たち、これからもずっと友達でいられるよね?」
「当たり前だろ」
リセは少し寂しそうに笑った。
「そうだよね」
その夜、俺はなかなか眠れなかった。リセとの会話、そして水原との関係について考えていた。
水原は自分の父親の会社が俺の母親を解雇し、それが借金の原因になったことを知りながら、罪悪感から近づいてきたという事実。それは嘘ではなかったし、悪意もなかった。むしろ、水原なりの償いだったのだろう。
だが、それでも何か引っかかるものがあった。彼女の気持ちは本物だと信じているが、その始まりが歪んでいた事実は消せない。
一方、リセ。幼い頃からずっと側にいてくれた幼馴染。彼女の気持ちを傷つけたという自責の念が、まだ俺の心に残っていた。
「くそっ……」
俺は枕に顔を埋めた。複雑な思いに、眠りはなかなか訪れなかった。