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第50話 複雑

 数日が経ち、俺と水原、そしてリセの間には一見すると穏やかな空気が流れていた。三人の関係に微妙な緊張感は残っていたものの、表面上は元通りの日常が戻ってきていた。


「川崎くん、一緒に帰ろ?」


 放課後、水原がいつものように明るい声で俺に話しかける。俺は少し考えてから答えた。


「悪い、今日は少し用事があるんだ」


「そっか……」


 水原の表情に一瞬だけ寂しさが浮かんだが、すぐに笑顔に戻る。


「じゃあ、また明日ね!」


 水原が立ち去った後、俺はため息をついた。バイトの日でもないのに嘘をついたことに少し罪悪感を覚える。だが、最近少し時間が欲しいと思っていた。水原との関係、リセとの関係、そして白野との一件……全てを整理するために。


「ヒロ」


 振り向くと、リセが立っていた。


「帰り道、一緒でもいい?」


「ああ」


 俺とリセは並んで歩き出した。夕暮れの空が俺たちの影を長く伸ばしている。


「最近、水原先輩とはうまくいってる?」


「まあ……」


「そっか」


 リセは小さく笑った。その笑顔には、かつての幼馴染の温かさが感じられた。


「あのさ、リセ」


「なに?」


「白野のことで迷惑かけて、悪かったな」


 リセは首を横に振った。


「何言ってるの。私だって勝手に白野さんの言葉を信じちゃったんだから」


「それでも……あいつの策略に巻き込まれて」


「今は全部わかったから。もういいの」


 俺たちは懐かしい公園の前で足を止めた。幼い頃によく遊んだ場所だ。


「ちょっと寄ってく?」


「ああ」


 俺たちはブランコに座った。昔と同じように、ただ何となく揺れながら。


「ヒロ、覚えてる? ここで鬼ごっこした時のこと」


「ああ、あの時リセに追いかけられて転んで、膝擦りむいたんだよな」


「うん。私、すごく心配して泣いちゃったの」


「そうだったな」


 懐かしい記憶が俺たちの間に温かな空気を作る。


「あの頃は、何も考えずに遊んでたよね」


「今は考えすぎか?」


「たぶん」


 リセは空を見上げた。


「でも、それが大人になるってことなのかな。色々と考えて、悩んで……」


「多分な」


 俺も空を見上げる。俺たちの視線が、同じ場所で交わる。


「ねえ、ヒロ」


「なんだ?」


「私たち、これからもずっと友達でいられるよね?」


「当たり前だろ」


 リセは少し寂しそうに笑った。


「そうだよね」


 その夜、俺はなかなか眠れなかった。リセとの会話、そして水原との関係について考えていた。


 水原は自分の父親の会社が俺の母親を解雇し、それが借金の原因になったことを知りながら、罪悪感から近づいてきたという事実。それは嘘ではなかったし、悪意もなかった。むしろ、水原なりの償いだったのだろう。


 だが、それでも何か引っかかるものがあった。彼女の気持ちは本物だと信じているが、その始まりが歪んでいた事実は消せない。


 一方、リセ。幼い頃からずっと側にいてくれた幼馴染。彼女の気持ちを傷つけたという自責の念が、まだ俺の心に残っていた。


「くそっ……」


 俺は枕に顔を埋めた。複雑な思いに、眠りはなかなか訪れなかった。

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