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第51話 変

 俺と水原の関係は、表面上はいつもと変わらなかった。二人で買い物に行ったり、映画を観たり。笑い合い、時には些細なことで言い合いもする。恋人同士の日常だった。


 だが、俺の心には少しずつ変化が生まれていた。水原との会話の中に、わずかな距離感を感じるようになっていたのだ。


「ねえ、川崎くん」


 ある日、水原が急に真剣な表情で言った。


「なんだ?」


「最近、なんか変」


「何が?」


「川崎くん」


 水原は俺の目をまっすぐ見つめた。


「あたしに何か言いたいことある?」


「別に」


「本当に?」


 俺は水原の視線から目を逸らした。


「ああ、本当だって」


 水原は小さくため息をついた。


「そっか」


 水原がそれ以上追及してこなかったことに、俺は少し安堵し、同時に複雑な気持ちになった。なぜ自分はこんなにモヤモヤしているのか。自分でも答えが見つからなかった。


 一方、リセとの関係は少しずつ元に戻りつつあった。幼馴染として、何でも話せる関係。それは俺にとって、心の支えになっていた。


「ヒロ、その顔はなに?」


 放課後の図書室で、リセは俺の表情を見て尋ねた。


「どんな顔だよ」


「なんか、考え事してるみたいな」


「別に……」


 リセは本を閉じ、真剣な表情で俺を見つめた。


「最近、水原先輩との間に何かあった?」


「特には……」


「嘘つくの下手だね、相変わらず」


 俺は呆れたように笑った。


「お前には何も隠せないな」


「当たり前じゃん。幼馴染だもん」


 リセの言葉に、俺は少し和らいだ表情を見せる。


「別に大したことじゃないんだ。ただ、何となく……」


「何となく?」


「水原との間に、少し距離ができた気がするんだ」


 リセは真剣な表情で頷いた。


「それって、白野さんの件がきっかけ?」


「かもな……」


「でも水原先輩は、本当のこと話してくれたんだよね?」


「ああ、それは嘘じゃない」


「じゃあ、何に引っかかってるの?」


 俺は窓の外を見つめた。


「わからない。ただ、何か……違和感があるんだ」


 リセは静かに聞いていた。俺の言葉の奥にある本音を探るように。


「私、聞きたいんだけど……ヒロは本当に水原先輩のこと好き?」


「それは……」


 俺は言葉を詰まらせた。以前なら迷わず「ああ」と答えられたはずの質問に、今は即答できなかった。


「……わからない」


「そっか」


 リセは小さく頷いた。その表情からは何も読み取れなかったが、どこか決意のようなものが感じられた。


「ヒロ、無理しないで。自分の気持ちに素直になればいいんだよ」


「素直に……か」


 俺が呟いた時、図書室のドアが開いた。


「あ、川崎くん、こんなところにいたんだ」


 水原が入ってきた。彼女の視線が俺からリセへと移り、一瞬だけ表情が固まる。


「あ、リセちゃんも一緒か」


「水原先輩、こんにちは」


「こんにちは」


 水原はリセに挨拶した後、俺に向き直った。


「今日の映画、忘れてない?」


「あ、ああ」


 俺は思い出したように頷いた。約束していたことをすっかり忘れていた。


「じゃ、行こっか」


 水原は俺の腕を引っ張りながら、チラリとリセを見た。その目には、勝利の色が浮かんでいた。


「またね、リセちゃん」


「うん、またね」


 リセは俺たちを見送りながら、小さくため息をついた。

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