俺と水原の関係は、表面上はいつもと変わらなかった。二人で買い物に行ったり、映画を観たり。笑い合い、時には些細なことで言い合いもする。恋人同士の日常だった。
だが、俺の心には少しずつ変化が生まれていた。水原との会話の中に、わずかな距離感を感じるようになっていたのだ。
「ねえ、川崎くん」
ある日、水原が急に真剣な表情で言った。
「なんだ?」
「最近、なんか変」
「何が?」
「川崎くん」
水原は俺の目をまっすぐ見つめた。
「あたしに何か言いたいことある?」
「別に」
「本当に?」
俺は水原の視線から目を逸らした。
「ああ、本当だって」
水原は小さくため息をついた。
「そっか」
水原がそれ以上追及してこなかったことに、俺は少し安堵し、同時に複雑な気持ちになった。なぜ自分はこんなにモヤモヤしているのか。自分でも答えが見つからなかった。
一方、リセとの関係は少しずつ元に戻りつつあった。幼馴染として、何でも話せる関係。それは俺にとって、心の支えになっていた。
「ヒロ、その顔はなに?」
放課後の図書室で、リセは俺の表情を見て尋ねた。
「どんな顔だよ」
「なんか、考え事してるみたいな」
「別に……」
リセは本を閉じ、真剣な表情で俺を見つめた。
「最近、水原先輩との間に何かあった?」
「特には……」
「嘘つくの下手だね、相変わらず」
俺は呆れたように笑った。
「お前には何も隠せないな」
「当たり前じゃん。幼馴染だもん」
リセの言葉に、俺は少し和らいだ表情を見せる。
「別に大したことじゃないんだ。ただ、何となく……」
「何となく?」
「水原との間に、少し距離ができた気がするんだ」
リセは真剣な表情で頷いた。
「それって、白野さんの件がきっかけ?」
「かもな……」
「でも水原先輩は、本当のこと話してくれたんだよね?」
「ああ、それは嘘じゃない」
「じゃあ、何に引っかかってるの?」
俺は窓の外を見つめた。
「わからない。ただ、何か……違和感があるんだ」
リセは静かに聞いていた。俺の言葉の奥にある本音を探るように。
「私、聞きたいんだけど……ヒロは本当に水原先輩のこと好き?」
「それは……」
俺は言葉を詰まらせた。以前なら迷わず「ああ」と答えられたはずの質問に、今は即答できなかった。
「……わからない」
「そっか」
リセは小さく頷いた。その表情からは何も読み取れなかったが、どこか決意のようなものが感じられた。
「ヒロ、無理しないで。自分の気持ちに素直になればいいんだよ」
「素直に……か」
俺が呟いた時、図書室のドアが開いた。
「あ、川崎くん、こんなところにいたんだ」
水原が入ってきた。彼女の視線が俺からリセへと移り、一瞬だけ表情が固まる。
「あ、リセちゃんも一緒か」
「水原先輩、こんにちは」
「こんにちは」
水原はリセに挨拶した後、俺に向き直った。
「今日の映画、忘れてない?」
「あ、ああ」
俺は思い出したように頷いた。約束していたことをすっかり忘れていた。
「じゃ、行こっか」
水原は俺の腕を引っ張りながら、チラリとリセを見た。その目には、勝利の色が浮かんでいた。
「またね、リセちゃん」
「うん、またね」
リセは俺たちを見送りながら、小さくため息をついた。