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第52話 不正

「川崎くん、クリスマスの予定って決まってる?」


 水原が突然尋ねた。俺たちはショッピングモールのフードコートで軽い食事をしていた。


 俺は窓の外を見つめた。街はすでにクリスマスの装飾が始まっていた。


「どこか行きたいところある?」


「特には……」


 水原は少し口をとがらせた。


「もう、全然考えてないじゃん」


「わりい」


「大丈夫。あたしが考えとくよ」


 水原は明るく言ったが、その目には少し寂しさが浮かんでいた。


「ところで……」


 俺が言いかけたとき、水原のスマホが鳴った。画面を見た水原の表情が一瞬で変わる。


「迷惑電話……?」


「誰?」


「ちょっと前から掛かってくるんだよね……」


 水原はスマホを切り、ポケットにしまった。だが、その表情には明らかな動揺が見えた。


「何かあったのか?」


「ううん、なんでもないよ」


 水原は笑顔を見せようとしたが、その瞳には不安が浮かんでいた。俺は追及せずにいたが、胸の内では何かがざわついていた。


 ★


 それから数日後、教室に入った俺は異様な雰囲気に気づいた。クラスメイトたちが小声で話し合い、時折俺の方を見ている。


「どうした?」


 席に着くと、隣の田中が恐る恐る話しかけてきた。


「川崎、大丈夫か?」


「何がだよ」


「お前、知らないのか?」


「何をだよ……」


 田中はスマホを取り出し、画面を見せた。そこには大きな見出しが踊っていた。


『水原グループ社長の不正取引、証拠写真流出か』


「水原?」


「あの水原先輩のお父さんらしいぞ。かなり大きな問題になってる」


 ニュースを読むと、水原の父親が不正な取引を行っていた疑いがあり、その証拠とされる写真や文書が匿名で流出したという。事の真偽はまだ確認中だが、株価は急落し、会社は混乱に陥っているらしい。


 急いで水原のクラスに向かうと、彼女の姿はなかった。


「水原さんなら、今日は休みだよ」


 クラスメイトの一人が教えてくれた。


「何か連絡ありました?」


「いや、特に……」


 俺はすぐに水原にメッセージを送った。


『大丈夫か? ニュース見た』


 返信はすぐには来なかった。授業中も、俺の頭は水原のことでいっぱいだった。


 昼休み、ようやくメッセージが届いた。


『ごめん。今日は学校行けない。家族のことで大変なの』


 俺は迷わず返信した。


『今から行くよ』


『ダメ! 今はあたしの家に来ないで……お願い』


 その必死さに、俺は立ち止まった。何が起きているのか。心配で仕方なかったが、彼女の言葉を尊重すべきか……


 リセが心配そうに近づいてきた。


「実は……私、何か変な気がするんだ」


「変?」


「このタイミングで、こんな問題が出てくるなんて……」


 俺も考えていた。白野は水原の家の情報を知っている。そして、彼は水原を諦めていないと言った。もし彼が……


「白野、か……」


「私も、そう思った」


 放課後、俺とリセは白野に連絡を取ることにした。しかし、彼からの応答はなかった。


「おかしいな……」


「ヒロ、もう一度水原先輩に連絡してみたら?」


 俺は水原に電話をかけた。何度も鳴った後、ようやく出た声は、疲れ切っていた。


「川崎くん……」


「水原、大丈夫か?」


「うん……まあね」


「今どこにいる?」


「家……」


「行っていいか?」


「だから今は……」


「俺と話せることは何かないか? 白野のことでも」


 電話の向こうで、水原が息を呑む音が聞こえた。


「白野先輩? どうして……」


「直感だ。このタイミングで、こんなことが起きるなんて不自然すぎる」


 水原は長い沈黙の後、小さな声で言った。


「実は……白野先輩から連絡があったの」


「何て?」


「『これが始まりに過ぎない』って……」


 俺の中で怒りが湧き上がる。


「水原、今から行くから」


「でも……」


「頼む」


「……わかった」

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