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第53話 戻らない


 水原の家に着くと、いつもの豪華な邸宅の前には数台のマスコミの車が止まっていた。通用口から入ると、水原が出迎えてくれた。


 彼女は憔悴しきっていた。目の下にクマができ、顔色も悪い。


「来てくれて、ありがとう……」


「どうなってるんだ?」


 二人はリビングに入った。広い部屋は静まり返っていた。


「お父さんは会社に缶詰め……お母さんは実家に避難……」


「お前だけか?」


「うん。警備員はいるけど……」


 水原は震える手でお茶を淹れる。


「白野のやつ、何て言った?」


「最初は『会いたい』って連絡が来たの。断ったら、『これが始まりに過ぎない』って……その直後に、お父さんの会社のことが……」


 俺は拳を握りしめた。


「あいつ、全部計画的だったんだな」


「うん……気づいたら、もうニュースになってた」


「お父さんは? あの報道は本当なのか?」


 水原は首を横に振った。


「絶対に違う。お父さんはそんなことしない。偽造された文書と写真で……」


「それで、これからどうするつもりだ?」


「わからない……お父さんは対応に追われてるし、あたしは……」


 水原は泣きそうな顔で俺を見つめた。


「川崎くん、これからどうなっちゃうんだろう……」


 俺は水原の手を握りしめた。


「一人じゃない。俺がいる」


 水原の瞳に涙が溢れる。


「ありがとう……」


 その時、水原のスマホが鳴った。


「白野先輩……」


「出る?」


「うん……」


 水原は震える手でスマホを取り、スピーカーモードにして出た。


「もしもし……」


「しおり、調子はどう?」


 白野の声は、いつもの余裕を漂わせていた。


「どうしてこんなことするの……?」


「何のことかな?」


「お父さんのこと……」


「ああ、水原社長の問題? 僕にはわからないよ。不正をした人が責められるのは当然じゃないかな」


 俺は耐えきれず、声を上げた。


「白野、お前だろ!」


「おや、川崎くんも一緒かい?」


「白野先輩、どうして……?」


「言っただろう? 僕はしおりを諦めていないんだ。だから……」


「だからって、こんなことする必要あるの?」


「ああ、大げさに反応しないで。これは始まりに過ぎないよ。しおりが僕の元に戻ってくるまで……」


「お前、狂ってる」


 俺の言葉に、白野は冷たく笑った。


「狂ってる? これが愛というものさ。しおり、明日、会おう。僕だけが君を救える」


「そんなの……」


「さもなければ、次は川崎くんのお母さんのこと、世間に公表しようかな。ギャンブル中毒で借金まみれの教育評論家。皮肉な話だね」


「やめて!」


 水原が叫んだが、白野は続けた。


「これは取引だよ。しおりが僕の元に戻れば、何もかも元通りにする」


「絶対に戻らない……」


「そう言うと思った。じゃあ、覚悟しておくといい。これから起こることは、全て君の選択の結果だということを」


 電話が切れた。水原は泣き崩れる。


「川崎くん……どうしよう……」


 俺は水原を抱きしめ、小さく囁いた。


「大丈夫だ。一緒に解決しよう」

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