次の日、三人は計画通り動き出した。水原はカフェで白野と会い、俺とリセは近くで待機する。
「気をつけてね」
リセは水原に小さく声をかけた。
「うん。大丈夫」
水原はカフェに入り、俺とリセは通りの向かいのベンチで様子を見ていた。
「大丈夫かな……」
「ああ……」
だが、俺の心は不安でいっぱいだった。 しばらくすると、カフェから水原と白野が出てきた。
「あれ?」
予定では一時間はカフェにいるはずだったが、わずか15分で出てきた。しかも二人とも、どこかへ急ぐ様子だ。
「おかしいな……」
「ヒロ、追いかけよう」
俺とリセは二人の後を追った。白野の高級車に乗り込む二人。
「なに考えてるんだ、水原……」
白野の車は市街地を抜け、高級住宅街へと向かう。
「あれ、水原家の方向じゃない?」
「白野の家か?」
俺たちはタクシーを拾い、白野の車を追った。やがて、高級マンションの前で車は止まった。
「ここか……」
「どうする?」
「入ってみる」
俺たちはエントランスで少し迷ったが、管理人が不在の隙に中に入ることができた。
「何階だ……」
「あそこに名簿が」
リセが示した先には住人名簿があり、そこに確かに「白野」の名前があった。7階の一室だ。
「行こう」
俺たちはエレベーターで7階に上がり、白野の部屋を探した。ドアの前で立ち止まると、中から声が聞こえる。
──もう二度と逃げられない
──あたしにはもう選択肢がない
俺は迷わずドアを叩いた。
「水原!」
中から慌ただしい物音がし、やがてドアが開いた。そこには無表情の白野が立っていた。
「やぁ、川崎くん。それにリセちゃんも」
「水原は?」
「中だよ。入りたまえ」
俺とリセは警戒しながら部屋に入った。水原はソファに座っていた。顔色が悪い。
「川崎くん……リセちゃん……どうして……」
「心配したんだよ。いきなりカフェを出て」
白野は余裕の表情で笑った。
「しおりが自分から来たんだよ。僕の家で話がしたいって」
「水原……」
「ごめんなさい……」
水原は俯いたまま、小さな声で言った。
「あたし……もう、これ以上みんなを巻き込めない」
水原の声は震えていた。俺は彼女の横に駆け寄る。
「どういうことだよ」
「川崎くん……お父さんのことも、お母さんのことも……全部あたしのせいなんだ」
白野が意地悪く笑った。
「そう、しおりがようやく気づいたんだ。君が俺のものになれば、全ては元通りになる」
「水原、お前何を約束したんだ?」
水原は顔を上げた。その目には涙が溢れている。
「川崎くん、ごめんなさい。白野先輩が言うことを聞くしかないの。これ以上お父さんの会社が傷つくと、川崎くんのお母さんのことも……」
「待て、俺の母さんになにするつもりだ?」
白野はソファに深々と腰掛け、余裕の表情を浮かべる。
「僕はただ、川崎家にゆかりのある教育評論家のスキャンダルを世に知らせようと思っただけだよ。ギャンブル依存症で借金を抱え、息子に厳しい教育を施しながら自分は……という内容さ」
「やめて!」
水原が叫ぶ。
「約束したでしょ。あたしが白野先輩の言うことを聞いたら、もうそれ以上何もしないって……」
「ああ、約束は守るよ。だから君も約束を守るんだ」
俺は怒りに震えながらも、冷静さを保とうと努めた。
「水原、白野と何を約束したんだ?」
「あたし……白野先輩と……婚約することにしたの」
その言葉に、俺とリセは息を呑んだ。
「冗談だろ……」
「冗談じゃないよ、川崎くん」
白野が立ち上がり、水原の肩に手を置く。彼女は身体を硬くしたが、逃げなかった。
「しおりはようやく分かってくれたんだ。彼女が本当に幸せになれるのは僕の側だけだということを」
「そんなの強制だろ!」
「強制? 違うよ。しおりが自分で選んだんだ」
水原は俯き、小さな声で言った。
「川崎くん、これが一番いいの。お父さんの会社も、川崎くんのお母さんも、もうこれ以上傷つけられない……」
「水原……」
俺は彼女の手を取ろうとしたが、白野が邪魔をした。
「もう十分だろう。これ以上余計なことを吹き込まないでくれ」
「余計なこと? お前こそ、こんな強制で水原が幸せになれると思ってるのか?」
「川崎くん……」
水原が震える声で俺を呼んだ。
「もういいの。あたし、決めたから……」
「でも……」
「お願い、もう帰って……」
リセが一歩前に出た。
「水原先輩、本当にこれでいいんですか? こんなことしたって、誰も幸せになれません」
「リセちゃん……あたしはね、もう覚悟決めたの。これが一番いい解決方法なんだ」
水原の目には、諦めと決意が混ざっていた。
「しおり、君はこれからずっと僕の側にいるんだ。だから、もう彼らとはお別れしなさい」
白野は勝ち誇ったような表情で言った。
「さあ、二人とも帰ってくれ。しおりには僕がついている」
俺はまだ何か言おうとしていたが、水原が首を横に振った。
「お願い……今は帰って。あたし、大丈夫だから……」
その目に宿る願いに、俺は言葉を失った。
「……分かった。でも、また来るからな」
水原は小さく微笑んだ。その笑顔には、どこか諦めと安堵が混ざっていた。