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第59話 捏造

 翌日、秋葉原の雑居ビルの二階にある喫茶店。ルノアールの奥の窓際で、俺は静かにコーヒーを啜っていた。


 入口のドアが開き、キャップを深くかぶった男が入ってくる。マスクを少しだけ下げたその顔に、見覚えがあった。


 ──間違いない。海斗だ。


「川崎くん……だよね?」


「そうだ。来てくれて助かった」


 互いに軽く会釈し、向かい合って腰を下ろす。メニューは見ず、彼はすぐに口を開いた。


「依頼の件って……白野先輩のことでしょ」


「察しが早いな」


「なんとなく予想はしてた。あの人、最近なんか、変だったから」


「白野から“写真を撮ってほしい”って頼まれたことあるか?」


 海斗は少し目を伏せた。そして、静かに頷いた。


「あるよ。何に使うかは聞かなかったけど、あとでネットで見たとき、似たようなのが拡散されてて……あれがそうなんだと思う」


「白野は“水原が撮った”って言ってたよ」


 その言葉に、海斗の眉が動いた。


「それは違う。写真は俺が撮った。でも、撮ってくれって言ったのは白野先輩だし、水原さんはそこにいなかった」


「なら、そのこと……証言してくれるか?」


「うん。俺、関わるの怖かったけど、ずっと気になってた。あの子、悪い人じゃないよ。何も知らずに撮って、何も知らずに渡した俺にも責任がある」


 俺は深く息を吐いた。ようやく、一本の線がつながった。


「ありがとう。お前の言葉で、救われるやつがいる」


 海斗は少し照れたように肩をすくめた。


「証拠になるなら、撮影データも送る。ファイル名も、タイムスタンプも、いじってない」


「助かる」


 スマホを差し出し、連絡先を交換する。彼は静かに店を出ていった。


 窓の外では、夕方の街が、雑踏の中に静けさを保っていた。


 白野。お前が“仕掛けた物語”は、ここで終わる。


 そして水原──今度こそ、ちゃんと向き合おう。


 誰かの嘘じゃなく、君の“ほんとう”を、俺が聞く。


 もう一度だけ、ちゃんと伝えるために。


 *


 海斗と別れたあと、俺は一人で秋葉原の駅前を歩いていた。人混みの中にいても、頭の中はさっきの会話でいっぱいだった。


 水原が撮ったと思われていた写真──実際には、白野が海斗に依頼して撮らせたものだった。


 白野は、あたかも水原が“ストーカーまがいのことをしていた”ように見せるために、第三者を使って証拠を捏造した。


 それをリセに渡した。


 水原の信用を奪い、俺の気持ちを揺さぶり、リセの心を傷つけた。


 全部、仕組まれていた。


 どこまでも姑息で、どこまでも冷酷な手口だった。


 けれど今、その嘘を暴く材料が、俺の手の中にある。


 帰宅してすぐ、俺は海斗から送られてきた写真ファイルと証言メモをPCに保存した。タイムスタンプは改ざんされていない。撮影日時、撮影場所のGPS情報、ファイル名──すべてが白野の嘘を証明していた。


 USBメモリを手に取り、しばらく見つめる。


 ──この証拠を、誰に渡すべきか? 


 学校? 教師? 


 それとも、まず水原本人に。


 答えは決まっていた。


 俺はスマホを取り出し、水原にメッセージを送った。


『明日、放課後、少しだけ時間をもらえないか? ちゃんと、話したいことがある』


 既読はすぐについたが、返信は来なかった。


 けれど、それでもよかった。読んでくれただけで、今は十分だ。

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