翌日、秋葉原の雑居ビルの二階にある喫茶店。ルノアールの奥の窓際で、俺は静かにコーヒーを啜っていた。
入口のドアが開き、キャップを深くかぶった男が入ってくる。マスクを少しだけ下げたその顔に、見覚えがあった。
──間違いない。海斗だ。
「川崎くん……だよね?」
「そうだ。来てくれて助かった」
互いに軽く会釈し、向かい合って腰を下ろす。メニューは見ず、彼はすぐに口を開いた。
「依頼の件って……白野先輩のことでしょ」
「察しが早いな」
「なんとなく予想はしてた。あの人、最近なんか、変だったから」
「白野から“写真を撮ってほしい”って頼まれたことあるか?」
海斗は少し目を伏せた。そして、静かに頷いた。
「あるよ。何に使うかは聞かなかったけど、あとでネットで見たとき、似たようなのが拡散されてて……あれがそうなんだと思う」
「白野は“水原が撮った”って言ってたよ」
その言葉に、海斗の眉が動いた。
「それは違う。写真は俺が撮った。でも、撮ってくれって言ったのは白野先輩だし、水原さんはそこにいなかった」
「なら、そのこと……証言してくれるか?」
「うん。俺、関わるの怖かったけど、ずっと気になってた。あの子、悪い人じゃないよ。何も知らずに撮って、何も知らずに渡した俺にも責任がある」
俺は深く息を吐いた。ようやく、一本の線がつながった。
「ありがとう。お前の言葉で、救われるやつがいる」
海斗は少し照れたように肩をすくめた。
「証拠になるなら、撮影データも送る。ファイル名も、タイムスタンプも、いじってない」
「助かる」
スマホを差し出し、連絡先を交換する。彼は静かに店を出ていった。
窓の外では、夕方の街が、雑踏の中に静けさを保っていた。
白野。お前が“仕掛けた物語”は、ここで終わる。
そして水原──今度こそ、ちゃんと向き合おう。
誰かの嘘じゃなく、君の“ほんとう”を、俺が聞く。
もう一度だけ、ちゃんと伝えるために。
*
海斗と別れたあと、俺は一人で秋葉原の駅前を歩いていた。人混みの中にいても、頭の中はさっきの会話でいっぱいだった。
水原が撮ったと思われていた写真──実際には、白野が海斗に依頼して撮らせたものだった。
白野は、あたかも水原が“ストーカーまがいのことをしていた”ように見せるために、第三者を使って証拠を捏造した。
それをリセに渡した。
水原の信用を奪い、俺の気持ちを揺さぶり、リセの心を傷つけた。
全部、仕組まれていた。
どこまでも姑息で、どこまでも冷酷な手口だった。
けれど今、その嘘を暴く材料が、俺の手の中にある。
帰宅してすぐ、俺は海斗から送られてきた写真ファイルと証言メモをPCに保存した。タイムスタンプは改ざんされていない。撮影日時、撮影場所のGPS情報、ファイル名──すべてが白野の嘘を証明していた。
USBメモリを手に取り、しばらく見つめる。
──この証拠を、誰に渡すべきか?
学校? 教師?
それとも、まず水原本人に。
答えは決まっていた。
俺はスマホを取り出し、水原にメッセージを送った。
『明日、放課後、少しだけ時間をもらえないか? ちゃんと、話したいことがある』
既読はすぐについたが、返信は来なかった。
けれど、それでもよかった。読んでくれただけで、今は十分だ。