その後、二人で寄り道して、駅前のクレープ屋に立ち寄った。
「チョコバナナがいいなあ。ヒロくんは?」
「ストロベリー……って、女子っぽい?」
「ううん、意外で可愛いかも」
「お、おう」
「じゃあ、一口ちょうだい」
「……俺もそっち一口」
紙の包みを交換しながら、互いにクレープを差し出す。
しおりが一口かじって、「あまっ」と目を細めた。
俺も彼女のクレープをかじって、「こっちは香ばしいな」と感想を言った。
それだけで、世界が色づいて見えた。
「こうやって、“ふつう”のデートって、憧れてたんだ」
しおりがぽつりと呟いた。
「今まで、恋愛ってどこかで“役目”みたいに思ってたから」
「もう、役割とかじゃなくていい。お前が笑ってくれたら、それでいい」
「……じゃあ、もっと笑わせてよ」
「任せろ」
ふたりで笑って、クレープを食べながら駅まで歩いた。
日が沈むころには、手を繋いでいた。
誰にも見られてなくても、堂々と。
たったそれだけのことが、こんなにも胸を温かくするなんて、知らなかった。
しおり。
これからは、この名前を呼び続ける。
何度でも、何回でも。
*
一月の風は冷たく、吐く息が白く染まる。
下校時刻、校門の前であたし──水原しおりはヒロくんの姿を探していた。
少し遅れて姿を見せた彼は、マフラーをぐるぐるに巻いていて、手袋もしていない手をポケットに突っ込んでいた。
「遅い」
「ごめん。職員室に寄ってた」
「言い訳は風に流されたってことで許してあげる」
そう言って笑いかけると、ヒロくんはちょっとだけ照れたような顔をした。
「寒いな。手袋、持ってこなかったのか?」
「持ってきたけど、片方なくしちゃった。そっちこそ、手、冷たそうだよ」
あたしはヒロくんの手にそっと触れてみる。
「……つめた」
「お前のもだろ」
「ね、こうすればちょっとはマシじゃない?」
あたしは指先だけ、彼の手のひらに重ねた。手をつなぐにはまだちょっと照れる距離。
でも、あたしにとってはそれが十分だった。
「なあ、水原」
「……名前で呼んでくれるって言ったじゃん」
「……しおり」
耳まで赤くなってるのが、はっきり見えてしまった。寒さのせいだけじゃないよね?
「えへへ……やっぱ“しおり”って呼ばれると、ちょっと嬉しいかも」
笑ったら、彼も少しだけ緊張を緩めたように口元をほころばせた。
「今日さ、どこか寄っていかない? あたし、図書館で調べたいことあって」
「いいけど。寒くないか?」
「ヒロくんと一緒なら、へいき」
わざとらしく言うと、彼は「うるさい」と呟きながら前を歩き出した。
その背中に追いつくように歩いて、こっそりと袖をつまむ。
このくらいなら、きっと大丈夫。