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第62話 甘い日

 その後、二人で寄り道して、駅前のクレープ屋に立ち寄った。


「チョコバナナがいいなあ。ヒロくんは?」


「ストロベリー……って、女子っぽい?」


「ううん、意外で可愛いかも」


「お、おう」


「じゃあ、一口ちょうだい」


「……俺もそっち一口」


 紙の包みを交換しながら、互いにクレープを差し出す。


 しおりが一口かじって、「あまっ」と目を細めた。


 俺も彼女のクレープをかじって、「こっちは香ばしいな」と感想を言った。


 それだけで、世界が色づいて見えた。


「こうやって、“ふつう”のデートって、憧れてたんだ」


 しおりがぽつりと呟いた。


「今まで、恋愛ってどこかで“役目”みたいに思ってたから」


「もう、役割とかじゃなくていい。お前が笑ってくれたら、それでいい」


「……じゃあ、もっと笑わせてよ」


「任せろ」


 ふたりで笑って、クレープを食べながら駅まで歩いた。


 日が沈むころには、手を繋いでいた。


 誰にも見られてなくても、堂々と。


 たったそれだけのことが、こんなにも胸を温かくするなんて、知らなかった。


 しおり。


 これからは、この名前を呼び続ける。


 何度でも、何回でも。


 *


 一月の風は冷たく、吐く息が白く染まる。


 下校時刻、校門の前であたし──水原しおりはヒロくんの姿を探していた。


 少し遅れて姿を見せた彼は、マフラーをぐるぐるに巻いていて、手袋もしていない手をポケットに突っ込んでいた。


「遅い」


「ごめん。職員室に寄ってた」


「言い訳は風に流されたってことで許してあげる」


 そう言って笑いかけると、ヒロくんはちょっとだけ照れたような顔をした。


「寒いな。手袋、持ってこなかったのか?」


「持ってきたけど、片方なくしちゃった。そっちこそ、手、冷たそうだよ」


 あたしはヒロくんの手にそっと触れてみる。


「……つめた」


「お前のもだろ」


「ね、こうすればちょっとはマシじゃない?」


 あたしは指先だけ、彼の手のひらに重ねた。手をつなぐにはまだちょっと照れる距離。


 でも、あたしにとってはそれが十分だった。


「なあ、水原」


「……名前で呼んでくれるって言ったじゃん」


「……しおり」


 耳まで赤くなってるのが、はっきり見えてしまった。寒さのせいだけじゃないよね? 


「えへへ……やっぱ“しおり”って呼ばれると、ちょっと嬉しいかも」


 笑ったら、彼も少しだけ緊張を緩めたように口元をほころばせた。


「今日さ、どこか寄っていかない? あたし、図書館で調べたいことあって」


「いいけど。寒くないか?」


「ヒロくんと一緒なら、へいき」


 わざとらしく言うと、彼は「うるさい」と呟きながら前を歩き出した。


 その背中に追いつくように歩いて、こっそりと袖をつまむ。


 このくらいなら、きっと大丈夫。

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