目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第65話 勉強


 翌朝。日曜日。


 カーテンの隙間から差し込む光に目を細めながら、俺はゆっくりと体を起こした。


 昨日の雪は止んでいたが、屋根の上にはうっすらと白く残っている。


 スマホの通知を確認すると、しおりからメッセージが届いていた。


『今日の午後、うち来る? 勉強教えてって言ってたでしょ』


 そうだった。期末も近い。


 あいつにしては珍しく、真面目に勉強をしようとしているらしい。


『行く。昼過ぎにそっち向かう』


 そう返信を打って、軽く朝食をとったあと、シャワーを浴びて支度をした。


 寒さに備えてマフラーを巻き、手袋もポケットに突っ込む。


 冬の空気は澄んでいて、どこかしゃんとする感じが心地よかった。


 *


 しおりの家は、駅から歩いて十分ほどの住宅街の中にある。


 インターホンを押すと、すぐにドアが開いて、パーカー姿のしおりが顔を出した。


「いらっしゃい、ヒロくん」


「おじゃまします」


「ほら、あがってあがって。ストーブつけてあるから」


 リビングにはコタツが出されていて、すでにノートと参考書が並べられていた。


「準備いいじゃん」


「やる気あるって言ったでしょ? 今日のあたしは一味違うよ」


「……ちなみにどこからやるんだ?」


「英語の文法」


「お前、それ苦手だろ」


「だからヒロくんに頼んでるんだってば」


 しおりはコタツに潜り込むように座って、俺にも「ほら」と隣を示す。


 言われるままに座ると、自然と肩が触れ合った。


「近くね?」


「だって寒いんだもん」


「コタツあるだろ」


「ヒロくんが暖房です」


「うるさい」


 照れながらも、俺はノートを開いて説明を始めた。


「ここの“that”は関係代名詞。“which”との違いは──」


「待って、いまのとこわかんない」


「お前、ちゃんと聞け」


「だってヒロくんの声、説明より優しさが勝ってる」


「意味わかんねぇ」


 それでも、ひとつひとつ丁寧に説明していくうちに、しおりの表情が真剣になっていった。


「なるほど……そっか、“who”は人、“which”はモノ、“that”は両方に使えるってことか」


「そう。けど、“that”は非制限用法には使えないから注意な」


「非制限ってなに?」


「……そこからか」


 ため息をつきながらも、俺はまた図を書き始める。


 しおりは、俺のペンの動きをじっと見つめていた。


 説明が終わったあと、しばらく沈黙が続いた。


「……ねえ、ヒロくん」


「ん?」


「こうして教えてもらってるとさ、ちょっとだけ、特別な気持ちになるよね」


「特別?」


「うん。ふつうの勉強より、あったかいっていうか……」


「それ、勉強って言わないんじゃ」


「ううん。ちゃんと勉強してる。でも、同時にヒロくんのことも、もっと好きになってる」


 その言葉に、顔が赤くなるのを止められなかった。


「……お前なあ」


「照れた」


「うるさい」


 しおりは笑って、俺の腕にぴとっと頬を寄せてきた。


「ね、たまにはこういう時間も、いいでしょ」


「……ああ、いいな」


 こういう何でもない日曜が、いちばん幸せだ。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?