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第70話 すべて

 ある日の放課後。


 校門の前で待っていると、しおりが制服の襟元を押さえながら駆け寄ってきた。


「ヒロくん〜、寒い〜っ」


「だから言っただろ。マフラー忘れんなって」


「つい……でも、ヒロくんがあっためてくれるって信じてたから」


「お前な……」


 そう言いながらも、俺は持っていた自分のマフラーを広げ、しおりの首に巻いてやる。


「ん〜……ヒロくんの匂いする」


「やめろ、恥ずかしいこと言うな」


「だって本音だもん」


 マフラー越しに見上げてくるその瞳が、やけにキラキラしていて目をそらせなかった。


「今日はまっすぐ帰るか?」


「ううん、ちょっと寄り道したい」


「どこ行くんだ?」


「ヒロくんち」


「……は?」


「だってさ、まだ渡してないものあるんだもん」


「渡してないもの?」


「うん。ヒロくんの好きが詰まったやつ」


 言いながら、しおりはぽんと自分のバッグを叩く。


 そのまま駅前を通り過ぎて、俺の家までふたりで歩いた。


 部屋に着くと、しおりは遠慮なくコタツに潜り込んだ。


「……あー、これこれ。ヒロくんの家のコタツ、最高」


「まるで自分ちみたいな顔してんな」


「だって落ち着くんだもん」


 そう言ってしおりはバッグを開け、中から小さなタッパーを取り出す。


「はい、これ。昨日のうちに作っておいたやつ」


 タッパーの中には、手作りのチョコクッキーがぎっしりと詰まっていた。


「……これ、全部お前が?」


「うん。ヒロくんがさ、甘いのちょっと苦手って言ってたから、ビターめにしてみた」


 ひと口かじると、ほんのり甘くて、でもしっかりとコクのある味だった。


「うまい」


「ほんと? よかった〜」


 しおりはほっとしたように息をついて、俺の隣にぴたりと寄ってきた。


「……ヒロくん、またキス、していい?」


「……なんでいちいち聞くんだよ」


「だって、ちゃんと“お願い”してからしたいの。好きな人には、ちゃんと大切にしたいもん」


 そう言われて、俺は黙ってうなずいた。


 ソファの隙間で、静かに唇を重ねる。


 時間が止まったような、冬の午後の静けさのなかで──ただ、そのぬくもりだけが、世界のすべてだった。

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