ある日の放課後。
校門の前で待っていると、しおりが制服の襟元を押さえながら駆け寄ってきた。
「ヒロくん〜、寒い〜っ」
「だから言っただろ。マフラー忘れんなって」
「つい……でも、ヒロくんがあっためてくれるって信じてたから」
「お前な……」
そう言いながらも、俺は持っていた自分のマフラーを広げ、しおりの首に巻いてやる。
「ん〜……ヒロくんの匂いする」
「やめろ、恥ずかしいこと言うな」
「だって本音だもん」
マフラー越しに見上げてくるその瞳が、やけにキラキラしていて目をそらせなかった。
「今日はまっすぐ帰るか?」
「ううん、ちょっと寄り道したい」
「どこ行くんだ?」
「ヒロくんち」
「……は?」
「だってさ、まだ渡してないものあるんだもん」
「渡してないもの?」
「うん。ヒロくんの好きが詰まったやつ」
言いながら、しおりはぽんと自分のバッグを叩く。
そのまま駅前を通り過ぎて、俺の家までふたりで歩いた。
部屋に着くと、しおりは遠慮なくコタツに潜り込んだ。
「……あー、これこれ。ヒロくんの家のコタツ、最高」
「まるで自分ちみたいな顔してんな」
「だって落ち着くんだもん」
そう言ってしおりはバッグを開け、中から小さなタッパーを取り出す。
「はい、これ。昨日のうちに作っておいたやつ」
タッパーの中には、手作りのチョコクッキーがぎっしりと詰まっていた。
「……これ、全部お前が?」
「うん。ヒロくんがさ、甘いのちょっと苦手って言ってたから、ビターめにしてみた」
ひと口かじると、ほんのり甘くて、でもしっかりとコクのある味だった。
「うまい」
「ほんと? よかった〜」
しおりはほっとしたように息をついて、俺の隣にぴたりと寄ってきた。
「……ヒロくん、またキス、していい?」
「……なんでいちいち聞くんだよ」
「だって、ちゃんと“お願い”してからしたいの。好きな人には、ちゃんと大切にしたいもん」
そう言われて、俺は黙ってうなずいた。
ソファの隙間で、静かに唇を重ねる。
時間が止まったような、冬の午後の静けさのなかで──ただ、そのぬくもりだけが、世界のすべてだった。