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2-7 強くて美しいお姉さんは好きですか?


 外の景色が見慣れたものに変わり、間もなく王都に到着するようだ。ガタゴトと揺れる馬車の中で、李清リーチンはこれからのことを話す。


 ここから王宮に入る前に暁玲シャオリンを着せ替えて、女官にする必要がある。部下のひとりが待つ場所に連れて行くまでが自分の役割であり、この先はよっぽどのことがない限り手を貸せない。


 やれることはやるつもりだが、自身がこの国の丞相であることを暁玲シャオリンには知られなくはなかった。


 王都に入る直前、途中で馬車から下ろし、若い武官のひとりが暁玲シャオリンを自身の前に乗せて相乗りをすることになった。


 そのまま李清リーチンたちとは別れ、指定された場所まで送られることになる。


 そこは東区にある大きな妓楼だった。話は通っているようで、ほんの四半刻程度で暁玲シャオリンは女官の姿に変身させられた。


 髪を整えられ化粧を施され、女官の衣裳に着せ替えられる。その間、綺麗なお姉さんたちに質問攻めに合うという、おまけ付きだった。


(····こ、こわかった)


 拠点のひとつとしている妓楼の裏口から出てきた暁玲シャオリンに対し、若い武官は言葉を失っていた。


 元々相乗りをしていた時に綺麗な髪だなぁと細身の後ろ姿を眺めていたわけだが、正面からまじまじとその姿を見れば三倍以上の魅力があった。


「すみません、お待たせしました。このあとはどうしたらいいんでしょう?」


 ぼんやりしている武官を見上げ、暁玲シャオリンは今後のことを訊ねるが、なかなか反応が返ってこない。


 若い武官が「男だと知っているのに、この可愛さはなんなのだ?」 と本気で問いたくなるほど、女官姿の暁玲シャオリンは魅力的だったようだ。


 なんとか我に返った武官は手筈通りに乗ってきた馬を妓楼に預け、李清リーチンの指示に従い王宮の秘密の抜け道の入り口まで案内する。


「ここから先は、彼があなたを導いてくれます。どうかお気を付けて、」


 視線の先には入り口の陰に紛れている男がひとり、なんともやる気のなさそうな雰囲気で立っていた。その中年の男は暁玲シャオリンを視界に入れるなり、上下にひらひらと手を振って手招きしてくる。


 武官に「ありがとうございました」と頭を下げて御礼を言い別れると、そこで待つ男の許へとつま先を向けた。


「おお、誰かと思ったら嬢ちゃんじゃないか。俺だよ俺、あの時はどうなることかと思ったが、まさかどうにかしちまうなんてなっ」


「はい····ええっと、はい、はじめまして?」


「あはは。はじめましてだったか。まあいいや。いつものことだしな」


 まったく記憶にないせいで気のない返事になってしまったが、男は全然気にしていない様子で、その軽い態度になんだかほっとしてしまう。


 もしかしたらどこかで顔を合わせたのかもしれない。言葉を交わしたのかも。しかしあの時とはどの時だろうか?


「眠り皇子の宮殿はこの先だ。このまま俺について来な」


 くるりと背を向け、男は暁玲シャオリンを置いてさっさと歩きだす。思い出そうとしたところでどうにもならないと考えた暁玲シャオリンは、前を行く男の背を少し遅れて追うのだった。



◇◆◇◆◇◆◇



 紫華ズーファ殿。第三皇子皓懍ハオリェンの宮殿。門の前にはふたりの衛兵が立っており、案内人の官人の男の姿を目にするなりすぐに道を開けてくれた。暁玲シャオリンの容姿が珍しいからか、ちらちらと視線を感じたが、なにか言うでもなく中へと通された。


「嬢ちゃんの名前、聞いてなかったな。あ、ここでは本名は名乗らないことだ。なにか決めてきたかい? まだ決めてないなら俺がつけてやろうか?」


「名前、ですか····一応女官ですし女性っぽい方がいいですよね、」


「そりゃあそうだろう。変なことをいう嬢ちゃんだな。で? なにかいいのは決まったかい?」


 うーん、と暁玲シャオリンは少し考えた末、名前を文字って『玲玲リンリン』という名にすることにした。元々の名が男女どちらともとれる名なので、違和感はおそらくないだろう。


玲玲リンリンちゃんか。ま、いいんじゃない? 可愛いらしくて」


 男の後ろについて行き宮殿内に入ると、ひとりの女官が姿を現した。男とは顔見知りらしく、彼女も華衛かえい府の諜報部隊のひとりだそうだ。そんなことを部外者に話しても平気なのだろうかと思ったが、李清リーチンが自分が動きやすいように彼らに上手く話してくれたのかもしれない。


「はじめまして、夏夕シアシーよ。君の手助けをするように上から命を受けているわ。よろしくね、可愛いお嬢さん」


玲玲リンリンです。どうぞよろしくお願いします」


 頭を下げて暁玲シャオリンは挨拶をした。官人の男は仲間に暁玲シャオリンを引き渡すと「またな、嬢ちゃん」と言って去って行った。


 あまりこれといって特徴のない普通の中年の男性官人。印象としては仕事ができそうな感じではない。しかし、彼も華衛かえい府の所属らしいから実は優秀なのかもしれない。華衛かえい府とは、丞相が独自に集めた者たちだけで構成されている府と聞く。


(私が男だってことは知ってるんですよね? 他のひとたちにバレるとまずいから、女の子設定に合わせてくれているのかも)


 見た目のことに関してはいつものことなので特に気にしないわけだが、その程度の疑問で済ませる暁玲シャオリンも大概である。


 まずは寝泊まりする部屋に案内すると言われ、夏夕シアシーについて行くことになった。少ないが荷物もそこに置いていいそうだ。通路を歩きながら、夏夕シアシーが声を抑えながら興味津々に訊ねてくる。


「ひと月前の活躍は烏影ウーインから聞いているわ。王宮の道士が逃げ腰だった怪異を鎮めちゃったんですって? あのひと、君のことを"可愛いお嬢ちゃん"なんていうもんからどんな子かと思えば、本当にそのまんまだったから逆にびっくりしたわ」


 まったく憶えていないが、ひと月前の【怪異】の時に顔を合わせていたようだ。もしかしたら同じように仲介をしてくれたのだろうか。あの時のことで記録しているのは憂炎ユーエンとのことだけで、それ以外のことはもうどこにも存在しない。


(ああ、だから"あの時"って、)


 夏夕シアシーはくすくすとその美しい容姿に明るい笑みを浮かべ、首だけこちらに向けて言った。彼女は自分よりずっと背が高くすらりとしているが、かなり武功に優れているようだ。李清リーチンが武官だと言っていたのも頷ける。


 立ち振る舞いが武官特有のもので、どうやらただの女官ではなさそうだ。そんな凛とした強さを彼女の後ろ姿から感じた。


「今回は怪異かどうかもわかっていないけど、道士を呼んだってことはその可能性もあるってことでしょう? 人間相手ならいくらでもやれるけど、怪異相手じゃ普通の人間にはどうにもならないわ。だから協力は惜しまない。一緒に頑張りましょう」


「はい、必ず皇子様を目覚めさせます」


 まっすぐになんの迷いもなく断言した暁玲シャオリンに対して、夏夕シアシーは「可愛くて面白い子」という情報を急遽追加するのだった。


 そうこうしているうちに、広い宮殿内の隅の方に用意された部屋の扉を開く。元々はここの宮殿の従者が待機するための部屋だが、今は暇を出されてひとりもいないのだ。


 この宮殿内に存在するのは、眠り皇子と自分たち以外にあと四人。護衛官がひとりと医官が三人だった。護衛官はそもそも皇子直属の者のため、自室がある。医官たちは皇子から目を離せないので、交代で休みを取りながら常に近くに常駐していた。


「 女官としての仕事は皇子様の身の回りのお世話と、ここに軟禁状態になっているみんなの食事の用意や雑用。君はそれに加えて道士としてバレないように動く必要もある。なかなかに大変かもしれないわね。ということで、今日からここで共同生活になるけど、なにかわからないことがあったら私に言ってちょうだいね?」


「ああ、はい。あの、ひとつ確認したいことが····共同生活って、私と夏夕シアシーさんが一緒の部屋ということです?」


 今、さらっとすごいことを言っていた気がする。

 それってつまり?


「私と君が相部屋ってことだけど、なにか問題あるかしら?」


 言って、夏夕シアシーはその綺麗な唇の端を上げて、それはもう楽しそうに、それでいてどこか怪しげに微笑むのだった。




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