外の景色が見慣れたものに変わり、間もなく王都に到着するようだ。ガタゴトと揺れる馬車の中で、
ここから王宮に入る前に
やれることはやるつもりだが、自身がこの国の丞相であることを
王都に入る直前、途中で馬車から下ろし、若い武官のひとりが
そのまま
そこは東区にある大きな妓楼だった。話は通っているようで、ほんの四半刻程度で
髪を整えられ化粧を施され、女官の衣裳に着せ替えられる。その間、綺麗なお姉さんたちに質問攻めに合うという、おまけ付きだった。
(····こ、こわかった)
拠点のひとつとしている妓楼の裏口から出てきた
元々相乗りをしていた時に綺麗な髪だなぁと細身の後ろ姿を眺めていたわけだが、正面からまじまじとその姿を見れば三倍以上の魅力があった。
「すみません、お待たせしました。このあとはどうしたらいいんでしょう?」
ぼんやりしている武官を見上げ、
若い武官が「男だと知っているのに、この可愛さはなんなのだ?」 と本気で問いたくなるほど、女官姿の
なんとか我に返った武官は手筈通りに乗ってきた馬を妓楼に預け、
「ここから先は、彼があなたを導いてくれます。どうかお気を付けて、」
視線の先には入り口の陰に紛れている男がひとり、なんともやる気のなさそうな雰囲気で立っていた。その中年の男は
武官に「ありがとうございました」と頭を下げて御礼を言い別れると、そこで待つ男の許へとつま先を向けた。
「おお、誰かと思ったら嬢ちゃんじゃないか。俺だよ俺、あの時はどうなることかと思ったが、まさかどうにかしちまうなんてなっ」
「はい····ええっと、はい、はじめまして?」
「あはは。はじめましてだったか。まあいいや。いつものことだしな」
まったく記憶にないせいで気のない返事になってしまったが、男は全然気にしていない様子で、その軽い態度になんだかほっとしてしまう。
もしかしたらどこかで顔を合わせたのかもしれない。言葉を交わしたのかも。しかしあの時とはどの時だろうか?
「眠り皇子の宮殿はこの先だ。このまま俺について来な」
くるりと背を向け、男は
◇◆◇◆◇◆◇
「嬢ちゃんの名前、聞いてなかったな。あ、ここでは本名は名乗らないことだ。なにか決めてきたかい? まだ決めてないなら俺がつけてやろうか?」
「名前、ですか····一応女官ですし女性っぽい方がいいですよね、」
「そりゃあそうだろう。変なことをいう嬢ちゃんだな。で? なにかいいのは決まったかい?」
うーん、と
「
男の後ろについて行き宮殿内に入ると、ひとりの女官が姿を現した。男とは顔見知りらしく、彼女も
「はじめまして、
「
頭を下げて
あまりこれといって特徴のない普通の中年の男性官人。印象としては仕事ができそうな感じではない。しかし、彼も
(私が男だってことは知ってるんですよね? 他のひとたちにバレるとまずいから、女の子設定に合わせてくれているのかも)
見た目のことに関してはいつものことなので特に気にしないわけだが、その程度の疑問で済ませる
まずは寝泊まりする部屋に案内すると言われ、
「ひと月前の活躍は
まったく憶えていないが、ひと月前の【怪異】の時に顔を合わせていたようだ。もしかしたら同じように仲介をしてくれたのだろうか。あの時のことで記録しているのは
(ああ、だから"あの時"って、)
立ち振る舞いが武官特有のもので、どうやらただの女官ではなさそうだ。そんな凛とした強さを彼女の後ろ姿から感じた。
「今回は怪異かどうかもわかっていないけど、道士を呼んだってことはその可能性もあるってことでしょう? 人間相手ならいくらでもやれるけど、怪異相手じゃ普通の人間にはどうにもならないわ。だから協力は惜しまない。一緒に頑張りましょう」
「はい、必ず皇子様を目覚めさせます」
まっすぐになんの迷いもなく断言した
そうこうしているうちに、広い宮殿内の隅の方に用意された部屋の扉を開く。元々はここの宮殿の従者が待機するための部屋だが、今は暇を出されてひとりもいないのだ。
この宮殿内に存在するのは、眠り皇子と自分たち以外にあと四人。護衛官がひとりと医官が三人だった。護衛官はそもそも皇子直属の者のため、自室がある。医官たちは皇子から目を離せないので、交代で休みを取りながら常に近くに常駐していた。
「 女官としての仕事は皇子様の身の回りのお世話と、ここに軟禁状態になっているみんなの食事の用意や雑用。君はそれに加えて道士としてバレないように動く必要もある。なかなかに大変かもしれないわね。ということで、今日からここで共同生活になるけど、なにかわからないことがあったら私に言ってちょうだいね?」
「ああ、はい。あの、ひとつ確認したいことが····共同生活って、私と
今、さらっとすごいことを言っていた気がする。
それってつまり?
「私と君が相部屋ってことだけど、なにか問題あるかしら?」
言って、