眠り皇子の魂魄が消えていた。そうなると皇子が倒れる前までの動きを知る必要があるが····知っていそうなのは"あのひと"くらいだろうか。あの感じだと簡単には教えてくれないだろうし、ただの女官に主である
「
『きゅ!』
「あら、視えなくなっちゃったわ」
「では魂魄の行方は彼に任せるとして。私たちは女官の仕事をこなしつつ、なにか手がかりになりそうなものを手に入れるしかありませんね」
皇子が普段どのような行動をしているのか。正直、
「あとどのくらい、ここにいられそうです?」
「そうね。医官たちが戻ってくるまであと四半刻もないかもしれないわね。」
「ではこのまま続けてください。私はこの部屋を少し探ってみます」
寝所になにか重要な手掛かりがあるとは思えないが、繊細な作りのさまざまな調度品とは別に、部屋の隅に丸い形の本棚と文机があった。なにが手掛かりになるかもわからないので、記録できるだけ記録しておくのがいいだろう。
ここに来るまでに宮殿内をだいたい見て回ったが、皇子が普段使用している部屋は二つ。この自室兼寝所と公務をするための執務室だけのようだ。執務室にはさすがに入ることはできないらしく、鍵がかかっていた。掃除も不要と言われているそうだ。
ただ、のんびりもしていられない。
(それにしても色んな書物が置いてありますね。
三段ある本棚の一番上の左端から背表紙をなぞっては一冊ずつ開いていく。その何冊目かにあった書物を手に取り、馬車の中で
『――――
花言葉の本。庶民の間でもよく読まれているというその書物に、
しかし今はなるべく多くの情報を頭に入れるのが優先だ。とりあえず他の書物と同じようにすべて捲って読み込み、あとで気になる部分だけ読み返そうと思った。
「
そうしている内に扉が開き、医官たちが三人共中へと入ってきた。すれ違うようにふたりは出て行き、再び扉の前にいる護衛官に頭を下げた。
「では、終わりましたので私たちは戻ります」
「ご苦労様でした」
「あの、私····なにか、失礼をしましたか?」
じっと驚いたように見つめてくるその瞳は
「
「········いえ、突然すみませんでした」
「では、私たちは行きますね。あとで食事を持ってきますから、その時にまた参ります。
「いえ、私はここにいます。いつ
先程までのらしくない表情は消え、いつもの笑顔が彼の面に飾られる。
第三皇子のお守り役であり、どんな相手にでも平等にあの笑顔で対応をするようで、女官たちの間で密かに人気があるらしい。
見た目も優し気な上にあの秀麗な面立ちである。声音も穏やかで心地よい響きだ。しかも武芸の腕も達つとなれば女性にもてないわけがない。それなのに結婚もしていないし浮いた話もないという謎が、余計に女子たちの妄想を駆り立てるのだろう。
(あの胡散臭い笑顔に皆が騙されるのだろうな。正直、私の好みではないが)
部屋に戻り、ふたりはふっと同時に嘆息する。
「び、びっくりしました····てっきりなにかに感づかれたのかと」
「私もだよ。しかし君のなにが彼にあんな行動をさせたのか。もう少し慎重に行動した方が良いかもしれない」
この後は夜の食事の用意をして、今日の女官としての仕事は終わりだ。それまでは休んでいる暇はない。食事の準備をするにしても提供する人数が少ないのがせめてもの救いだろうか。
「まあ、
「そうなんですね。眠り続けている皇子様が心配なのでしょう」
彼のようなひとがそれほど信頼している皇子なら、きっと立派で尊敬できる素晴らしい人格者なのだろう。先程少しだけ皇子の顔を見たが、確かにいいひとそうな印象が寝顔からも感じられた。
「
「いつも自分の分は自分で作っていますので、得意な分類ではあります」
「それは助かるわ。これで少しは皆の士気も上がるかもね」