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2-10 最悪の再会


 雪玉シュエユーとの視界の共有はそれなりに疲れるため、一旦戻ってもらうことになる。


 王宮内には道士もいるので、【怪異】が存在しないと思っていたのだが、意外とそうでもなかった。おそらくこちら側に影響のないものは、放っておかれているのだろう。


 幽鬼も同様、官人や女官の姿をした霊が色んな場所に点在していて、死んでいることに気付いていないのか、生きている時と同じ姿でいそいそと働いている者さえいた。


『きゅう~』


「よしよしいい子だね~。お疲れ様さま、」


 雪玉シュエユーは顕現した状態で夏夕シアシーの膝の上に転がって甘えている。言いたいことはたくさんあるが、確かに頑張ってはくれたので今日くらいは目を瞑ってやろうと、暁玲シャオリンは頬を膨らませつつも口を噤む。


玲玲リンリンの手料理に医官たち泣いて喜んでいたね。よっぽど私の作ったものが気に入らなかったようだ。まあ、仕方ない。私、斬る・・のは得意だけど調理は苦手なんだ。まったく····腹に入れば一緒だろうに」


 自分たちの食事も終え、やっと仕事が落ち着いた。医官たちもそうだが、宵耀シャオヤオも顔に出るくらい食事を喜んでくれたのは純粋に嬉しかった。誰かのために食事を作ることがほとんどない暁玲シャオリンにとっては、新鮮な気持ちだった。


 普段、師父しふである嗚嵐ウーランは食事には付き合ってくれるが食べることはない。たまに李清リーチンがふらっと食事の頃に来ては食べてくれるくらいで。


「明日から王宮の道士が合流するそうだ。どうする? 今夜、抜け出す?」


「いえ、正直まだ範囲が絞り込めていません。雪玉シュエユーが王宮内を動き回ってくれましたが、それらしき人物はいませんでした。今夜は皇子様の部屋で記録したものを整理します」


「わかった。けど、あんまり遅くまで根詰めないように。明日は明日で別の仕事もあるからね。ところで、さっき書いていたのって報告書かなにか?」


 雪玉シュエユーが戻る直前まで、ふたりはそれぞれの時間を過ごしていた。同室だがそこまで広くはない部屋の真ん中に衝立を置いて、暁玲シャオリンの提案で隔てることにしたのだ。それに対してしぶしぶだが夏夕シアシーも同意してくれた。


「ああ、あれはですね、日記です。今日のことを忘れるといけないので、念の為に。あと、夏夕シアシーさんのことも書いていました」


「あら嬉しい。私のことも? 見せて見せて~」


「いいですよ。似顔絵も描きました」


 ドヤ顔で自信満々にいうので、どんなに素敵な似顔絵だろうと期待しながら、夏夕シアシー暁玲シャオリンから日記帳を受け取るが、開かれた部分を目にするなり思わず二度見してしまう。


 他にも何人かの似顔絵と名前、そして特徴や出来事が事細かに書かれていたが、それよりも捲る度に視界に入ってしまうその珍妙な似顔絵が印象的すぎて、なんとか笑いを堪えるのに必死だった。


「ふ、ふーん····ど、独特な絵ねぇ····って、あら、他のひとのもある······ちょっ····これ、李清リーチン殿っ⁉」


 まさかの知り合いの名前と共にその独特な似顔絵を目にしてしまい、夏夕シアシーは半笑い状態で肩を震わせる。これはある意味天才なのでは? と心の中では大爆笑していた。


チンおじさんを知っているんですか? やっぱり華衛かえい府に属している官吏だったんですね。でなければ、こんな依頼をもってくるわけないですし」


 暁玲シャオリン夏夕シアシーの反応を見てなんとなくそう思った。華衛かえい府はこの国の丞相直属の諜報部隊で、他の部署で不正がないか、必要なものは足りているか、不審な動きを探ったり、秘密裏に動く監査部署らしい。選りすぐりの優秀な文官や武官が、本来の部署と兼任して密かに所属していると聞く。


 この夏夕シアシーも同様、女性の身でありながら武官で、華衛かえい府の命で動いていると言っていた。暁玲シャオリンが部外者と知っているからこそ教えてくれたまでで、普通なら秘密にしておくことだろう。


「ああ····あの御方は、まあ、そうだな····色々と事情が複雑で、」


 もごもごと急に口ごもる夏夕シアシーだったが、暁玲シャオリンはそれに対してなにか突っ込むことはなかった。


「ふ〜あ。じゃあ明日も早いから、私は先に休む。ああ、そうだ、」


 半分に区切られた向こう側に行こうとしていた夏夕シアシーは、なにを思ったのかくるりとこちらを向き引き返して来た。どうしたんですか? ときょとんとした顔で座っている暁玲シャオリンを見下ろし、その耳元に顔を近づけて囁く。


「おやすみ、可愛い玲玲リンリン


 ぞくぞく。


 耳の近くでふぅと息を吹きかけられ、暁玲シャオリンは「はわわ」と動揺する。夏夕シアシーは迫力美人でなんだか格好いい雰囲気を持つ年上の女性。一応こんななり・・でも十五歳の少年である暁玲シャオリン


 道士として仙人を目標に日々修練に励んでいる身であり、そういうことに疎い自分でも、彼女が魅力的なのはじゅうぶんわかる。


 だがしかし、これだけは言っておかないと!


「わ、私は男なんですよ⁉ こういうのは冗談でも、だ、ダメですっ」


「そんなのどうでもいいことだろう。君が身体的に男の子なのは知ってるけど、だったら別に問題ないでしょ?」


「は? ····ん? ええっと、それはどういう····?」


「おや、聞いていない? 私は女の子にしか興味ないんだ。でも君は気に入った。うぶな反応も可愛いし、見た目も好みだ。あ、じゃあ問題ありか」


 まあ襲ったりしないから安心して、と肉食系な発言を残して夏夕シアシーはさっさと寝床に入ってしまった。残された暁玲シャオリンは頭が追い付かず、つまりどういうことでしょう? といらぬことに思考を巡らせてしまうのだった。



◇◆◇◆◇◆◇



 そして、皇子が眠り続けて四日目の夜。


 暁玲シャオリン夏夕シアシーは、夜も深まった頃にやって来ると聞いていた道士たちを迎えることになる。夕餉の後に一度仮眠をとり、雪玉シュエユーに王宮を探索してもらいつつ、彼らが来る前に身支度を整えた。


 早めに宮殿の入口あたりで待機していたら、しばらくして門の前で話し声がした。それを合図にふたり並んで拱手礼をしながら頭を下げたまま、三人の道士が入ってくるのを待つ。


「お待ちしておりました、道士殿。どうぞ、中へ」


 夏夕シアシーが代表して挨拶をした。彼女の左横で暁玲シャオリンは同じ態勢のままやり取りが終わるのを待つ。そして同時に顔を上げたのだが、その先にいたひとりの道士を視界に入れた途端、暁玲シャオリンは石のように固まってしまう。


 三人の道士の真ん中にいた人物。その見覚えのある彼は、じっとこちらを見つめてなにか物言いたげだった。


 それはそうだろうとも! こんな格好で再会するなんて誰が想像したことか! いや、あれ? 李清リーチンがあの時、なにかそんなことを言っていたような····いないような? 


 いや、やはりあとで道士が追加されるとしか聞いていない····にしても!


(な、なんで、あのひとがっ⁉ ····絶対、間違いなく私に気付いてますよね?)


 さあぁぁっと血の気が引く。気まずい。ものすごく気まずい!


 事情を知っているひとや赤の他人ならまだしも、生まれてはじめてできた友と呼べるひとに、こんな姿を見られるなんて····最低最悪だ。


「ん? どうしたの、玲玲リンリン


「····な、なんでもないです! ちょっとぼんやりしてしまって!」


「あらあらこんな時にいけない子ね。お仕置きが必要かしら?」


 耳元で夏夕シアシーが囁く声に顔が真っ赤になってしまう。今はお願いだからやめて欲しい。


「 け、結構ですっ!」


「そう? 残念ね、」


 素早く視線を逸らして背を向けると、先に歩き出した夏夕シアシーの後に慌ててついて行く。


 暁玲シャオリンは背中に刺さるような視線を感じつつも、彼になにか問われた時の上手い言い訳を考えながら、気付けば皇子の眠る寝所の前に辿り着いていた。




~ 第二章 了 ~



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