ぼうーっと呆けている自覚はあった。
「巫子様はいったいどうされたのでしょう?」
窓辺に寄りかかり空を見ていると、神官たちがこそこそ内緒話をしている声が聞こえてきた。
無気力がちな立憐だったが、今ほど気が抜けている様子は珍しかった。立憐も好きで遠くばかりを見ているわけではない。気づいたら、思考が明後日の方に行ってしまっているのだ。
あまりに神官たちが心配するので、立憐は巫子の部屋に閉じこもった。長椅子に寝転がり、高い天井を見つめる。
――僕が、満砕を好き。
好きなのは、ずっと前からだ。何かしたいとも、してほしいと思うのも満砕だけだった。いったいいつから立憐はこのような思いを抱いていたのだろう。
いったい、いつから――
――僕は満砕のことが好きだったんだろう。
友愛でも家族愛でもなく、一人の人間としてでもなく。
恋愛の意味合いで、立憐は満砕のことが好き。そう、気づいてしまった。気づいてしまったらもう二度と後戻りはできない。
「ああ~~~~~~‼」
頭に血が昇る。ごまかすように左右に転がり続けた。余計に体に熱は溜まる。
火照った頬を両手で包みこみ、立憐はいまさら気づいた真実に思いっきり叫びだしたい気持ちで張り裂けそうだった。どうしてそう思うのか理解できないのに、何かを外に発出しなければ、全身がくすぐったくて仕方なかった。
立憐は満砕ことが好き。
これは恋か。恋だ。
愛があるのは分かっていた。たくさんの愛情を彼に向けている。向けられている自負もある。
だが、恋は、恋は――駄目だろう。
「何で今になって……」
満砕はもう、この世にいないというのに。
好きな相手が死んだあとに自覚するなど、何もかもが遅すぎる。
「……でも、良かったのかもしれない」
男同士の恋愛が叶うはずもない。恋愛は男女の関係で成立するのであって、立憐と満砕ではうまくいかないのは分かりきっている。
それ以前に、立憐は巫子だ。成長しない、見た目が子どものままの自分に、満砕が恋してくれるはずはない。
「何が良かったんですか?」
「……右南」
音もなく部屋に侵入し、立憐を上から覗いたのは右南だった。立憐が初めての恋心を自覚して悶えている姿を見ていたのだろう。視線が生暖かい。
「馬鹿にしてるの?」
「まさか! 私はとても嬉しいだけです!」
精神年齢三十代の初恋を知っても、その相手が男であり兄であっても、右南の態度は変わらない。からかっている様子もない。彼の性格の良さも褒めるべきか、そっとしといてくれと拒絶するべきか、立憐は掴みかねていた。
「感情を気づきにくい立場でありながら、自身で感情の正体を見つけた。それがどんなに大変なことか、巫子様は自分でも分かっていないんですよ」
そう言われてみると、巫子を長く続けてきて初めての事象だ。
この恋心は今になってぽっと湧いたものではない。長い期間を経て、積もり積もってきたものでもない。
最初からこの思いはあった。村にいたころか、再会したときか、死に分かれたときか。いつかは定かではないが、今まで恋心に気づくことができなかっただけで、立憐の中にしっかりと根づいていた。
立憐が気づくのを、虎視眈々と待っていたに違いない。
気づいてしまったらもう、無視はできないのに。
「……満砕はもういないのに」
いまさら気づいたって遅い。ぼやいたところで、解決策ないと分かっている。立憐が今後の長い人生で、胸の中にしまい込むだけしかできない。ただそれだけに過ぎないのだ。
「だからこそですよ」
右南は立憐の頭のそばに腰かけた。優しい目で見下ろされる。
「思い続ければ、兄上が巫子様の中で生き続けます」
「この思いをずっと抱えながら生きろって言うの?」
未来に続く、悠久のごとき時間を?
「そうです。ずっと持ち続けてください。兄上のことを思い続けてあげてください」
強い口調で、それでも目は穏やかに。酷なことをあっさりと。右南は兄の死後を願って、立憐の恋心を肯定した。
立憐はその願いを無視できず、はっきりと受けいれることもできず、口をもごもごとさせて黙りこんだ。その姿を右南はいっそう温かい目で見つめてくるのであった。