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第五章⑤

 士官学校はおよそ十五歳から十八歳までの人間が入校する。卒業後、兵士や武官などに所属するための育成を主旨としている。


 兵士と言っても、王都の門兵から王宮を守る衛兵、国中に散る村々の駐在兵など多岐に渡る。


 士官学校内での出世組と言えば、戦場にでる軍兵だろう。戦力の期待できる者は将から個人的に声をかけられると噂されている。功績を残せば、未来の将軍候補として活躍することとなる。


 武官はさらに望みの高い存在だが、この地位はほとんど貴族の子息が就く。入校時点から、武官への道がすでに敷かれている者がほとんどだ。


 凱諸侯の嫡子である援来もまた、将来がすでに決まっている者の一人だ。凱諸侯の跡を継ぎ、領地を治める道が決定している。士官学校での生活は、援来にとっては最後の自由な時間なのかもしれない。


 約三年間の短い期間は着実に過ぎていった。


 満砕と援来は毎日競い合う関係だったが、ともに訓練をするようになってからは段々と会話が交わされるようになった。お互いに力量は認めていたため、戦友と認識するのに時間を多く必要としなかった。


 援来と行動をともにするようになってから分かったことがある。彼は想像していたよりも、かなり世話焼き体質の男だった。


「満砕、それしか食わんのか? もっと肉を食え、これがうまい」


 食堂で自分の大盛りの皿から肉を移していく甲斐甲斐しい姿が、たびたび見られるようになった。その様子を初めてみた学生たちは、ぎょっと目を剥いて、騒ぎが波のように広がっていった。援来はその雰囲気に気づかないのか、わざと無視しているのか、我関せずを貫いている。


「おまえは野菜が足りない」


 追加の野菜を用意するのは満砕の方だったため、お互い様と言えた。


「俺は二十周走った」


「ならば俺は三十周走ろう」


「子どもか?」


「おまえが言い始めたのに?」


 この程度の競い合いは日常茶飯事であり、教官からも推奨されていた。「おまえらが切磋琢磨することで、ほかの学生の意欲も上がるからな」と教官がいつもより朗らかに言っていた。


 事実、満砕たちの学年は優秀な者が多く輩出されるだろうと予測されていた。


 卒業が近づいてきたとき、「おまえはどこへ行くんだ」と普段なら絶対に聞いて来ないことを援来に問われた。そのときになってようやく、満砕は援来へ卒業以後の道を話していないことに気づく。


 援来も自身が領地に帰るため、特に気にしていなかっただろうが、武勇を高め合った者の進路くらいは聞いておこうと思ったのかもしれない。


「言うのを忘れていた」


 正直に話すと、援来は呆れた顔でため息を吐いた。


「おまえはそういうところがあるよな」


 まるで満砕のことを薄情者ように言ってみせる。満砕の心情を察したのか、もしくは顔に出ていたのか、援来に胸を指で突かれた。


「おまえは人の悪口を言わないし、困っている人がいたら助ける質だろう? 私は細やかな優しさを持たないから、満砕のそういう部分を尊敬している」


 めったに人を褒めない援来からの直接的な誉め言葉に驚きを隠せなかった。特に競い相手の満砕に、援来が褒めたことなど、いつの日か瓏家の剣の型を見られたとき以来ではないだろうか。


「どうした? 援来が俺を素直に褒めるなんて珍しい」


「褒めてなどいない、続きを黙って聞け」


 援来は再度、満砕の胸に指を強く突き立てた。それは深く念押しをする勢いだった。


「同時に、おまえは誰も見ていない。誰にも平等であるが、平等にどうでも良い存在だと思っている。その無神経なところは、親しくなればなるほど気づかれやすい」


 腕を下ろし、援来は腕組みをした。力強く鋭い瞳によって射抜かれる。


「これは忠告だぞ、満砕。人付き合いを良くしたいのなら、一番大事な者以外、懐に入れるんじゃない」


 満砕は無自覚に多くの者を傷つけていたのかもしれない。


 結局どこにいても、満砕の大事な者をたった一人しかいないのだ。彼以外、援来の言う通り「どうでも良い存在」と思っている、と思われても仕方ない。そういった態度を自然と向けてしまっていたなら、それはあまりにも無礼極まりなかった。


 満砕は援来に頭を下げた。


「俺は、おまえにも失礼な態度を取っていたんだな。悪い」


「謝るな。早々に直せるものでもあるまい。私はおまえの質を分かっていて割りきって付き合いを続けている」


 頭ごと片手でわしづかまれ、満砕は顔を上げさせられた。援来はまったく気にした素振りなく、いつも通りに「それで?」と話題を変えた。


「おまえはどこに配属されるんだ?」


 最初の会話では卒業後の進路についてだったことを思いだした。満砕は援来に掴まれて乱れた髪を直しながら答える。


「直属部隊に入ることになった」


 貴族が私兵を持つことは場合によって認められている。しかし、満砕の口にした主語を持たない直属部隊の意味を、援来は正しく理解してくれた。


「……満砕の秀才ぶりは理解していたつもりだが、随分と上を目指したな」


 この国で最も入隊が困難な配属先は、大王直属部隊である。


 大王の直属部隊から入隊の勧誘を受けたときは、満砕も援来と同様に驚いたのだ。平民が配属されることは稀である。


 担当教官以外、満砕の進路を知る者はいない。直属部隊の配属は内密に取り決められたことだった。


 大王の直属部隊は特殊な部隊だ。大王の護衛はもちろんのこと、大王の命令は絶対であり、大王の敵を排除することも求められている。暗殺もまた、直属部隊の仕事の一つだ。


 暗部を知れば知るほど、巫子を守る助けとなるだろう。立憐に近づく一手として、満砕は直属部隊の配属を受けいれた。


「私に話してしまって良かったのか?」


 内情を理解しているからこそ、援来は少し困惑をみせた。彼がこのような顔をするのは珍しくて、満砕は機嫌を良くした。


「知っていてくれ。もし力になれることがあれば、何が何でも駆けつけるから」


 歯を見せて笑いかけると、援来は苦笑した。


「そこは大王様を優先しろ」


 気難しい入校当時だったなら、この時点で援来の怒声が響いていたことだろう。満砕と関わって援来も変わったのだと思うと、幾分か気分が良かった。



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