なにかを忘れてる時、頭の片隅に透明なモノがある気がする。どこに行くにも付き纏っていて、意識させられる。でも、そのなにかを思い出せなくて、そのうち忘れていることすら忘れていく。
そうやって人間は色々なモノを忘れて生きていくんだなーと、布団と仲よくしていると呼び鈴が鳴る。1度目は眠気でスルーできても、2度目は覚醒を促される。
「朝からなんだ……」
布団から手だけ出して、ぺしぺしとスマホを探す。指先が硬い物に触れる。スルスルと回収すると、時刻は8時を過ぎたばかりだった。
「…………ねむぃ」
これが平日なら遅刻で、時間を見た瞬間目が覚めるのだけど、今日は生憎土曜日だ。まだ寝ていたいという欲求が体を重たくさせている。
放置したい。なにもかも。
怠惰に誘惑されるが、呼び鈴を鳴らし続けられたらストレス値が上がってしまう。健康のためにも起きねば、と思うくらいには男子高校生らしくない俺だった。
「つか、だれ」
来客を告げるモニターを見ると、宅配業者の格好をしたお兄さんが段ボールを抱えて映っていた。まぁそりゃそうか。友達のいない俺に来客なんて、宅配か宗教勧誘、選挙に清き1票をくらいだ。あれで誰が投票するんだろうと思いながら、「今出まーす」とインターホン越しに声をかけておく。
「アオは……」振り返る「寝てる」
当然のように俺の布団でだ。
1週間も経つと慣れてはくるが、だからといって認められるかはまた別問題だ。このままずるずるとしょうがないを積み重ねていったら、最終的にどうなるのか。
なにより、1人暮らしのワンルームでインテリアとするには大きすぎるベッドがあまりにも勿体ない。ベッド暮らしだったアオのために譲ったが、こんな調子なら俺がベッドを使うのも検討するべきか。
「意味なさそう」
どっちであれ潜り込んでくる気がする。げっそりしながら玄関に向かう。
「おはようございます!
「……はぃ」
ぺかーっと、顔に蛍光灯でも付いてるんじゃないかってくらい元気ハツラツな笑顔が眩しい。寝起きに拝むには目が痛い。
多少とはいえ待たされただろうに、嫌な顔を1つせず対応できるのはプロ意識が高いからか、元の性格がいいからか。
わからないが、あまり時間と手間を取らせるのも悪いので、さっさとサインを書いて段ボールを受け取る。
「ありがとうございましたー!」
「あざざっしたー……」
帽子を外してビシッと頭を下げて去っていく宅配のお兄さん。なにかスポーツでもやってたのかと思わせるテンションと爽やかさだった。朝日と汗がよく似合う好青年。
眩しさに目を細めて、段ボールを部屋に持ち帰る。宅配のお兄さんの
「意外と朝起きないよなぁ」
子どもの頃からのんびりしている。平日に朝食やお弁当を作れるのが不思議なくらいには、すやすや女子だった。
「今回は起きなくてよかったけど」
布団からはみ出している肩は白い。伸びた素脚は細く、肌色だ。上も下も肌を覆う布が1片も見えない。
どうせ人のワイシャツを寝巻き代わりにしているんだろうが、そんな格好で宅配を受け取らせるわけにはいかなかった。女の子として、人としてダメ、絶対。
泉の妖精の眠りなんてタイトルが付きそうな寝顔を晒しているアオにはそのまま眠ってもらい、届いた荷物を確かめる。
送り主は、と。
「……
お前かいとすぴーしているアオを振り返る。
そういえばまだ引っ越しの荷物が届いていなかったなと思い出す。でも、遅くない? 届くの。もう1週間くらい経つんだけど、引っ越しの荷物ってそういうもの? 俺の時は指定だったし、これもそうなのか?
わからないと言えば、この段ボールもだ。
「なぜ1つ」
引っ越しの荷物にしては少なすぎる。服すら入り切らなそうだ。男の俺でも、引っ越しの時には3、4箱にはなった。それでも必要最低限で、いらない物は実家に置いていき、細々とした物は買い足して、だ。
「うーん、わからん」
箱もそんなに重くないし、中身の想像が付かなかった。気になって開けたくなるが、幼馴染とはいえ女の子の荷物。本人の許可なく開けるのはマナー違反でデリカシーがなさすぎる。なにより、下着とかそういう女の子特有の物が出てきたら目も当てられない。
「アオが起きたら聞くか……ふわっ」
用件が終わったらまた眠くなってきた。2度寝するかと振り返るが、俺の布団はアオが占領している。
朝起きて否応なく添い寝されているならともかく、俺から一緒するのは問題でしかない。別に勇気や度胸がないわけではない。ないったらない。常識と良識の問題だ。
「……ベッドでいいか」
元は俺のだし、人の布団を占領しているアオも文句は言うまい。
とりあえず、届いた荷物は部屋の隅に追いやり、ベッドに倒れ込む。ぼふんっと久々にスプリングが跳ね返してくれる。
やっぱりベッドがいいよなぁとふかふかの心地よさに身を任せようとして、甘く冷たい香りに顔を顰める。
「アオの、匂いが、する」
どうやら既にベッドは俺のではなくなっていたらしい。不意打ちで深く吸い込んでしまった匂いが鼻の奥を刺激して、頬に熱が帯びる。
もはや2度寝どころじゃなく、逃げるようにベッドから飛び降りる。
「寝取られてた」
ベッドが。
寝具全てを支配された俺はどこで寝ればいいのか。独り相撲のように、朝からから回っていたら、さすがに騒ぎ過ぎたのかアオがもそりと起きる。
相変わらず胸元がはだけたセクシーな格好で、目を
「……おはよぅ、ユイト」
にへらと油断しきった顔で笑って、はてと小首を傾げた。
「どうしたの? 顔、赤いけど」
「荷物、届いてる」
指摘には答えず、用件だけを告げる。寝起きでぽやぽやしているアオは「?」を浮かべているが、構う余裕はないので無言で立ち上がって洗面所に向かう。
「顔あっか」
鏡に映る真っ赤な顔を見て、思わず口を突いてしまった。