「届いたのね」
しっかりと目が覚めたアオを着替えさせて(無論俺は部屋から出た)、段ボールを見せるとそんな淡白な反応が返ってきた。
自分の荷物だろうに、興味なさそうね。まぁ、中身のわかっている箱の扱いなんてそんなものかと思っていたら、段ボールを引き寄せて愛おしそうにその表面を撫でる。
短い言葉とは違い、意外と思い入れがあるのかと思う所作だった。
「それ、引っ越しの荷物……だよな? 1箱しかないのか?」
「他は買えばいいから」
「……裕福だよね、君んち」
「そう?」
自覚なく首を傾げるアオを見て、やっぱりお嬢様かもと思う。
昔からあまりお金に頓着しないというか、結構雑な部分があった。そのことをおじさんもおばさんも嗜めることもなかったので、樋妖家では当たり前なのかもしれない。
実際、買い物でもクレジットカードでさっくり精算していた。持ちきれなかった荷物は郵送で、届いた購入物を広げた部屋はやや狭くなり、ハートが増えた。
ラブリーとファンシーになった部屋に思うところはあれど、現状は見なかったフリをしている。こういう時、友達がいないと誰かを家に招く機会がないので、見られる心配がない。やっぱりぼっちは最高だなと改めて実感する。
「そうなると、中にはなにが入ってるんだ?」
話を聞く限り、生活用品ではない。服だろうとなんだろうと新しく買い足せと、身1つで乗り込んできたのであれば、その類が箱に詰まっている可能性は薄かった。
それならなんだろうか。買い足せない物……唯一性。
「家族、とか?」
「ユイトの家では、家族を箱詰めして郵送するのかしら?」
「猟奇的だな」
うちの母親なら驚かせようという気持ち1つでやりそうではあるが、やりそうなだけでそこまで常識外れではない。ない……はずだ。たぶん。きっと。そうであれ。親なんだから。
そうなるともはや事件だが、俺が言いたいのはそういうナマモノの話じゃない。
「ぬいぐるみとか、人形とかそういう話な」
「ユイトの家では、家族を箱詰めして郵送するのかしら?」
「猟奇的だな」
数秒前にした会話を繰り返す。
つまるところ、相手が血の繋がった両親であれ、名前を付けたぬいぐるみであれ家族は家族ということらしい。可愛そうというお話だ。まぁ、わからないではない。
となると、やっぱり箱の中身がわからない。両側に穴が空いていて、手を突っ込めるならヒントにもなりそうだが、残念ながらバラエティーではなくリアリティーなのでそんな不要な穴は空いていない。
「ま、いいか。映画でも観てるから荷解きしてて」
「いいの? ユイトにも関係あるものだけど」
「なぬ?」
中身が女の子的な物を警戒して、気を遣って離れていようとしたのだけど、引き止める言葉に体が固まる。
俺に関係する物? アオの荷物で?
……なきにしもあらず。
幼稚園からの幼馴染なので、互いに関係ありそうな物を持っている可能性は十分にあった。誕生日やクリスマスにプレゼントを送ったりもしている。ただ、それが引っ越しの時に必要か、と問われると首を傾げたくなる。
現実的には服とかだろうか。俺もマフラーやワイシャツを貰ったりしている。そのワイシャツは現在、アオの寝間着になっているんだがそれはともかく。
「見ていいのか?」
「いいわ」
許可が下りたのでアオが段ボールを開けるのを見守る。「……ん」ガムテープの端をかりかり。「あかな」爪でじゃりじゃり。「切れた」ガムテープの端っこだけびよん。
………………よし。
「カッター持ってくるわ」
「待って。もう少しだけ……!」
なんだか意地になっているアオをほおって、どこかにあったカッターを探す。
アオが自力で開けるのと、俺がカッターを探し当てるの。どっちが早いか。
「開けるぞ」
「あー……」
勝負にもならず、嘆くアオを放置してカッターでスパスパ段ボールを開封する。一応、中身を傷つけないように刃は短く、蓋は浮かせてを意識してる。
自分のならここまで気にしないけど……と、開いた。
「さてさて、中身はなんぞ、ゃ…………ゃ」
ゃ。
そのままパタンッと蓋を閉じる。見覚えのある、見ちゃいけない物を見た。
「ガムテープ……ガムテープはどこだ。2度と開けられないように厳重に封印しなくては」
「どうして閉めるのよ」
「災厄が詰まってたからだよ」
パンドラなら最後には希望が見つかるのだろうが、この箱にはそんな物は存在しない。あるのは暗い暗い、底なし沼のような地獄だ。
「開けるわ」
「やー……」
立場と居場所が入れ替わって、今度は俺が嘆くことになる。
アオが箱の中からさっと額縁を取りだぎゃー!
「おぃやめろなんてもの額に入れてるんだよっ」
「懐かしい」
郷愁に触れるようにアオが掲げたのはどこからどう見ても落書きだった。棒人間の方が些か人の程を成しているだろう、見るからに怪物が2体。幼児が描くぐるぐる太陽が、どうして赤ではなく青なのかと尋ねたい。
地面が青なのも謎。海を表現したいのか、それとも茶色がなかったのか。今の俺にはわからないが、どうにかできなかったのかと文句を言いたい。
「ユイトの絵、かわいいわよね」
「どこがだぁっ」
そう。
目元を緩めたアオが見ているのは、俺が描いた絵だ。正確に表現するならば、幼稚園年長にわとり組が描いた人物画だった。もっと言うなら、俺とアオが描かれている……はずだ。
そんな幼稚園の頃の絵なんて、普通、高校生になったら覚えていない。どうして覚えているのかと言えば、こうやってアオが定期的に取り出しては見せつけてくるからだ。俺の黒歴史を。
幼稚園時代から黒歴史があるなんて、俺はどこまでも最先端に生きてるなぁっ!(ヤケクソ)
「どうしてそんな物を持ってきた」
「ユイトとの大切な思い出だから」
震え声で訊けば、ぎゅっと胸元に絵を抱いて言う。その顔は幸福に満ち足りていて、俺がいまだに捨ててと強要できない原因だった。
なぜ昔の俺は、こんな落書きをアオにあげてしまったのか。その辺りの記憶はさすがにないが、どうあれアオの持ち物になっているのは確かだった。
「この折り紙で作ったメダルもいいわよね。金と銀がいいんだって」
「子どもは金と銀の折り紙が大好きなんだよー」
後生大事に取っておく派がアオで、開けて即使う派が俺。
「見て、どんぐりのネックレス。今でも付けられるかしら」
「虫湧くよぉ」
「防虫加工済みだから」
徹底しすぎだろう。
それからも次々
「どこに飾ろうかしら」
なんて死の宣告をするアオをどうにか拝み倒して、段ボールに丁重に保管してもらうことになった。
「こういうのいいわよね。昔を懐かしむの」
「……俺のへたり具合を見てよく言えたもんだ」
床に崩れ落ちる俺とは対照的に、アオはつやっつやだった。どうして俺は週2日しかない休日で、朝っぱらから見たくもない過去をこれでもかって掘り返されなければならないのか。
これだから幼馴染は怖いんだ。
しくしく抱き寄せたクッションをじめじめさせていると、アオがちょんちょんっと肩を突いてきた。
「……なに」
「ユイトも、私の物を持ってたりする?」
「…………まぁ、服とかなら」
ちょこちょこ贈ってくれるので、実は俺の半分くらいの私服はアオセレクションだったりする。
「そうじゃなくて、子どもの頃にあげたものとか」
「………………知らない」
探りを入れてくる瞬く青い目からふいっと逃げて、クッションに顔を埋める。
子どもの頃にアオから貰ったもの。
なくはない。
お祭りの日に贈り合ったおもちゃの指輪。小さい宝石が飾られたそれは、見るからにプラスチックで、イミテーションよりも安っぽい。
それをこんやくゆびわだーなんて、ませたクソガキが幼馴染の女の子と交換していた。
子どもの戯言。よくある話。
本気にしているわけじゃないけど、現在に至るまで大切に保管していて、実は今もこの部屋にあったりする。
「そうなんだ」
幼少から積み重ね続ける羞恥の熱は夏にも負けない。
自ら燃える太陽になったみたいにふつふつと体温が上昇し続けていると、アオが今思いついたとばかりにパンッと手を合わせる。
「せっかくのお休みだから、掃除しようかしら」
「お母さん部屋は自分で掃除するからほっといてぇ!」
「いいわね、それ。家族っぽくて素敵」
俺の思春期男子のお母さん冗句が思ったより受けたようで、るんっと音符を飛ばして余計にやる気にさせてしまった。
掃除機すら持たず、部屋を検め始めるうきうきなアオ。引き出し1つ開けるごとに、体がびくっと跳ねてしまう。
このままだと見つかるのも時間の問題だった。
「あのーアオさん? 花摘みか、買い物に行ったりは……?」
「後でやるわ」
そんなところ俺の母親に寄せなくていい。しかもやらない返事だ。
「あら? これは」
「もーやーめーろーよー」
休日に届いた荷物は爆弾だった。
俺の悲鳴が室内に響き、幼馴染の鈴のような鼻歌が死を告げる鐘に聞こえる。そんな疲れる土曜日だった。
◆第3章_fin◆
__To be continued.