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第1話 図書室のテスト勉強。幼馴染が離れてくれない。

 12月に入ると教室の空気が引き締まってくる。それは、冬の到来を告げるように気温が下がっているのもあるけど、学期末テストが近づいているからというのが大きいだろう。

 諦めて友達と遊びに行く約束をしている生徒もいれば、休み時間の度に先生に質問しに行く真面目な生徒もいる。


 かくいう俺はといえば、いつもならテスト期間が近づこうとも普段の生活を変えず、その日の授業の軽い振り返りをしたら終わるくらいだ。日頃の成果を確認するのがテストの目的であるならば、焦って勉強する意味もない。

 というのが、1人だった時の俺のやり方だった。ここに幼馴染が加わると勝手が変わる。


「家でもよかったと思うのだけど」

「手狭だろう」

 図書室の机に座って教科書とノートを開くアオは、テスト勉強は家でしたかったとやや不満そうな顔。俺も実家ならそうしたが、本来1人暮らし用のワンルームだ。アオの荷物も増えて、ずいぶんと生活スペースが狭くなってしまっていた。

 そのこと自体に文句はないが、互いの匂いが届くような距離ではテスト勉強にも身が入らない。逐一アオが手に触れてきたり、肩を寄せてきたりするのだから、余計に集中力が削がれる。


 そのため、こうしてテスト勉強に集中するため、アオと2人で図書室を訪れていた。対面の席に座るアオは、数学の教科書に目を落としながらも不機嫌そうに唇を結んでいる。

「せめて隣に座ってもいいと思う」

「ダメ」

「むぅ」

 ちょっかいをかけてくるのが目に見えている。

「だいたい、俺はやらなくてもいいって言ったのに、テスト勉強しようって言い出したのはアオだろ。真面目にやれ」

「……こういうのじゃない」

 子どもみたいな不満が聞こえるが、聞こえなかったフリをする。一体、テスト勉強になにを夢見ていたのか。考えるとまた集中力を欠きそうなので、漢字の書き取りに戻る。


 テストが翌週に迫っている割には、図書室は人が少なかった。部活動も停止期間に入り、学生たちは暇を持て余しそうなものだが、わざわざ放課後の学校で勉強をするという発想には至らないらしい。騒げない図書室ともなればなおさらか。

 だからか、図書室の机に座るのは個人の生徒が多い。さらに、眼鏡をかけた生徒が多く見えるのは偶然だろうか。真面目な生徒ほど目が悪くなりやすいとかあるのか。それとも、賢く見せるためのファッションだったりするのか。


 ペンを落とした音すら響く図書室で、根は真面目なのでふてくされながらもペンを動かし続けるアオを眺める。見た目通り、元々頭もいいのでこうして勉強すれば、100点も夢じゃないだろう。俺も、いつも通りでも平均以上は固いので、勉強している今回は高得点を狙えそうだった。


 とはいえ、どうにも集中できず、頭の中で別のことを考えてしまう。アオがいるから、というのは間違っているようで、正しくもある。

 このままで本当にいいのか。

 それは同棲についてだったり、教室でのクラスメイトに対するアオの接し方だったり。

 およそアオに関することばかりなのだが、目下テストよりも俺の頭を悩ませる問題だった。


 アオの勢いに任せた同棲は突然発生した台風のようで、考える余裕なんてなかった。けど、時間が経つにつれて風が弱まると、身の回りに目を向けられるようになる。

 そもそもなんでアオは転校してきたんだ?

 俺に会いに来たというのが、現状1番可能性が高いのは熱を出しそうなので考えないようにするが。

 それならそれで、事前に連絡してもいいんじゃないかとも思う。その場合、どうにか断れないか模索しただろうが、それも含めて突然の押しかけよりはマシに思える。俺を驚かせたかった、というのもなくはなさそうでもある。


 ただ、アオは知らない間にのっぴきならないことになってたりするからな。

 妖精のような神秘的な容姿だ。

 どこであろうと目立つ。というか浮く。湖の上に浮かぶ1輪のはすのようなものだ。惹かれるな、という方に無理がある。

 つい前髪の上から額を撫でて、自分の行動に気付いて手を引っ込める。


 どうあれ事情くらいは聞いておきたかった。行動を起こす起こさないに関わらず、知っておくことで心構えができるだけでも変わってくる。

 いい加減、連絡を寄越してくれないものか。苦悩と一緒に嘆息すると、ポケットに入れていたスマホが震えた。見て、丁度いいんだか悪いんだかと肩を竦めたくなる。


「図書室でスマホを弄るのはマナー違反よ」

「急ぎの連絡なんだよ」

 机の下で届いたメッセージを確かめる。今日この後、か。突如入った新しい予定。俺としては問題ないが、と上目で窺うのは文句を言ってきそうな幼馴染だ。

「この後、予定が入った、……って言ったらどうする?」

「私も行く」

 でしょうね、とぶすくれた顔を見てため息を零す。


 他の用件なら、いつものように根負けして連れていくことになるだろう。……折れるがのいつも、というのには物申したいが、事実を変えようはない。

 そのことについては今後に期待するとして、だ。

 今回の件は、どうしてもアオを連れていくわけにはいかなかった。


 絶対にごねるよな。

 言う前から確信しているが、言わないと始まらないので半ば諦めつつも口に出す。

「悪いけど、この後予定が入ったから、先帰ってて」

「嫌」

 ほらごねた。


 わかりきっていた返答にもはやため息も出ない。

 ここからの説得の難しさは十二分に知っているが、どうにかしなければならないのが辛いところ。

 十年以上の付き合いである幼馴染としての経験を存分に活かして、どうにかむくれたアオの説得を試みる。


「人と会う約束があるんだよ」

「それは誰?」

「……まぁ、なんだ。それはともかく」

「誰?」

 冷ややかなジト目に喉がりそうになる。どれだけ経験を重ねても、活用できなければ意味がないことを知る。俺の誤魔化しが下手すぎるとも。


「先に帰ってくれる、という意思はないのか?」

「…………」

 アオの口の両端が機嫌の下降に伴って下がっていく。反比例するように眉尻は上がっていって、同時に怒りは上昇しているのがわかる。人間の顔には感情を示すグラフがあるのを今日初めて知った。


「アオ」

 嘘は付きたくない。言い訳はできない。

 最後に頼みと縋るのは、情けないことにアオの温情だった。もう少しうまく事を運べなかったのかと自分の不器用さに嫌気が差す。

「……ずるい」

 体を小さくするように肩を寄せて、なにかを堪えるように俯いてしまう。そうすると、逆に胸部の大きさが際立つのだが……ここでそれを指摘するほど、空気を読めてなくもない。


 一挙手一投足が毒だよな。

 熱と共に脳のじわりと染み込む毒を感じる。

「普段ズルいのはアオだからたまにはな」

「…………ずるぃ」

 その声はやや涙ぐんでいた。

 罪悪感を覚える。でも、普段からアオがズルいのは本当だ。

 甘えて、誘って。

 アオの我が儘に折れるのはいつも俺だった。たまには折れてくれてくれないと、釣り合いが取れない。


「……………………………………………………………………わかったわ」

「ありがと」

 ずいぶんと長い沈黙だったが、ゆっくりと頷いてくれた。その所作に不承不承を隠しもしないけど、了承してくれただけよしとする。納得してないのは見るからに明らかだが。

「でも」

「……まだなにか?」

 ここからちゃぶ台をひっくり返すのかと、バッと顔を上げたアオを見る。眉尻はまだ吊り上がっていて、強い感情がアオの中でまだ渦巻いているのがわかる。

「相手は女の子、じゃないわよね?」

「なんの心配してるんだ」

「答えて」

 呆れそうになると、ぺしっと鞭を打つような語気の強い言葉が飛んでくる。そんなこと気にしなくていいだろ、とまでは言えないが、俺にその手の話が無縁なのは昔から知ってるだろうに。


 じーっと肌に刺さる強い視線に、やれやれとため息を零す。

「男だよ」

「なら、いい」

 戦慄わなないていた肩が途端に力を失ったように下がる。

 お前は俺のなんなんだ。

 そう思わなくもないが、この状況を受け入れている時点でいまさらなのは自覚がある。本当にいまさらなのは、同棲を断らなかった時点なんだろうけど。


 とりあえず一難去ったと、額に浮かぶ冷たい汗を拭っていると、アオが椅子から立ち上がって机を回り込んでくる。

「なに?」

「……」

 無言のまま、ぐっと背伸びをして顔を近づけてくる。鼻がぶつかりそうになって身を引くと、それを許さないとばかりに俺の両肩の服をぎゅっと掴んで押さえてくる。

 輝く青い瞳に、困惑する俺が映り込む。


「納得はしない、けどもうなにも言わない」

 だから、と星に雲がかかるように僅かに瞼を伏せる。

 ――キスして


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