目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第9話 縁と関係

「神よ! 僕に勇者ブレイバー才能スキルを与えた神よ!」


 教会の中には普段多くの人が礼拝に使う空間があり、その奥に関係者以外には入れない『本殿』が存在する。

 もちろん小さな教会にはないが、この街は王都にも近い栄えた場所だ。勇者が修業をする場所として選ばれるだけあって、文明圏のど真ん中。だからそこにある教会にも、大きな『本殿』が備わっていた。


 勇者はその空間で、『才能を与えし者』のかたどった石造へ叫び続ける。


「なぜ、僕の人生はうまくいかない!? なぜ、才能のない者が僕より評価される!? 僕の方が優れている! お前がそう決めたんだろう!? だったら──もっと、僕の人生をうまいこといかせろよ!」


 その石造は女神像であった。


『才能を与えし者』。その名をインゲニムウス。

 この世界を担当・・する神であり……


 勇者を、正確にはその魂を寵愛する者である。


「神よ! 我が女神インゲニムウスよ! 僕の問いかけに応えろ!」


 その神は『いる』とされている。すべての者に与えられる才能スキルは、この神が選び、与えたものだと言われている。

 すべての人は才能の恩恵を受ける時、また、誰かの才能が何かを成したのを見るたび、この神の存在を感じ、信仰を捧げる。そうしてこの神は勢力を伸ばし、この世界でもっとも強大な一柱となった。


 ……ただし、神というのが、神託以外でヒトに直接言葉をかけることはないのだ。


 いかに勇者とはいえ、女神インゲニムウスをかたどった像の前で、ひたすらその言葉をねだるなどというのは、狂態である。

 ……勇者アーノルドは、『ままならない人生』『どうしようもない現実』を前にして、その他責思考の強さから、『この人生をうまくいかせない神をなじる』という行動を選んだのだ。


 いかな勇者とはいえ、これまで神の声など聞いたことがない。

 だが、この呼び声は届くと思っていた。その『思い』の根拠となるのは、『自分は神に寵愛を受けた勇者であり、神は自分の人生を良いものにする義務があるのに、その義務を果たしていないということは、言い訳の一つもするべきだ』というものであり、ようするに、『根拠はない』というということなのだが……


 しかし。


「──我が勇者、アーノルド」


 ……通常、神は地上に干渉してはならない。

 それは神々が世界を担当する際に交わされる条約だった。

 過度な神の干渉、神とその世界に生きる知的生命との直接的な言葉の交換は、よくない結末をもたらす。そうしてひどいことになった世界がいくつもあった。

 だからこそ神々は『その世界を生きる知的生命体に過度な干渉をしてはならない』という不文律を守っている。


 だがそれは、強制力のあるルールではなく、あくまでも紳士協定。


 紳士協定とはいえ破れば他の神々からの白眼視は避けられぬものである。


 しかし……


 今、『才能を与えし者』インゲニムウスの中には、『過度な干渉をしてもいい言い訳』が用意されていた。


「我が勇者アーノルドよ。試練の時が来ました」

「……! 女神インゲニムウス! やっぱり僕の声に応えたか! ははははは! そうだよなぁ!? そうに決まっている! だって、僕は、お前の『勇者』なんだから!」

「ええ、我が勇者よ」


 女神をかたどった像が、まばたきをする。


 その石膏でできた像は、右手に盾を、左手に剣を持ち、風に浮かぶような薄い衣を身にまとった、髪の長い女のものだった。

 白い石膏像であった。だが、それに今、急に色がつき、その髪色が明るい金であること、その瞳の色が深い青であること、その肌がぬくもりのある白であることがわかるようになっている。


 まぎれもなく神の奇跡──


 だがこれは、降臨ではない。


「神々の世界に、『神殺し』が出現したのです」


 知的生命体に直接干渉するための言い訳。

 それこそが、『神殺し』の出現だった。


「……あなたは、我が勇者として、『神殺し』を倒さねばなりません」

「……まさか、その『神殺し』っていうのが」

「ええ。お察しの通り。我らが同胞を殺し、逃亡している者こそ、『ディ』と呼ばれる者。あの者は、『神の小部屋』に至り、力に目覚めました。しかし、その小部屋にいた女神を殺し、逃げたのです」

「つまり、最近のあいつの力は、神から奪ったものってことか!?」


 一部の神以外は、人に嘘をつくことができない。


 だが、嘘をつかずとも、答えを誘導することはできる。


 ディは神の小部屋に至った。……瀕死に至った際に、生命の危機と、それでも未来をあきらめぬ心から覚醒をし、独力で・・・神の小部屋に至った。

 そして、神の小部屋に至る過程・・・・で、力に目覚めた。


 それからは神を殺した。そして、殺した神が追いかけて来るので、逃げている。


 何も嘘は言っていない。

 だが、いかにも『神の小部屋に招かれて力をもらったが、神を殺してその力をちょろまかし、逃亡中』というように聞こえる言い回しだった。


 まして勇者アーノルドは、ディを『卑怯な弱者』と思いたがっている。

 であればこの言葉の誘導に引っかかり、なんの疑問も抱かないのは当然であった。


「我々、神というものは、その世界を生きるヒトらに干渉してはならない。……けれど、相手が神を殺し、力を得て神から逃げている者とあれば、話は別です。……勇者アーノルド。あなたとともに、わたくしも戦いましょう」

「ああ、ああ! そうだよな、そうでなくっちゃ、だよな! ははははははは! すごいことになってきた! 僕はやはり──運命に愛された勇者だったんだ!」

「ええ。我が勇者よ。……降臨の時は近い。どうか、ともに悪しき『神殺し』を討ち果たしましょう」

「わかった! ……いえ。わかりました。我が女神インゲニムウス。あなたの御意思に従い、必ずや邪知暴虐なる神殺しを討伐してご覧にいれましょう。つきましては……」

「わかっています。あなたに、さらなる力を。我が降臨の時までは、その力でしのいでいてください。わたくしは、あなたの味方です。ともに戦いましょう、アーノルド」

「は!」


 アーノルドは恭しく片膝をついて一礼する。


 女神インゲニムウスはその姿を見て笑みを深めた。


 愛する人の魂。

 こうして恭しくしていれば、往時の姿が思い浮かぶようだ。


 女神インゲニムウスは、微笑みの裏で思う。


(待っていてくださいね、あなた。……最初からこうすればよかった。今、あなたに寄り添いに参ります。わたくしの愛した──英雄。あなたのそばに、参ります。ともに戦い、ともに、あの神殺しを殺しましょう)


 インゲニムウスは『神殺し』に危機感を覚えている。

 それに加えて、『愛する人の生まれ変わり』である勇者をないがしろにし、その魂を削るディを個人的にも許せない。


 ……かくして教会に『託宣』が下される。


 神が、降臨する。


 ディの射程の中に。



「よぉ、ディ! こっち来て呑むか!? おごるぜ!」

「すまない。忙しい」

「相変わらずだなぁテメェはよお! まぁいい、がんばれよ!」

「ああ」


 冒険者ギルドの様子は、すっかり変わっていた。

 あくまでもディの主観での話にはなる。冒険者ギルドも、冒険者どもも、前々からこうだった。明るく笑い、理由を見つけては酒を飲み、仲間意識とライバル意識を同居させつつ付き合い、やや乱暴で、金もないくせに気前がいい。


 だがディはかつて、この『輪』の外にいた。


 勇者パーティの一員だったというのもある。だが、ディ自身が人の輪に入っていく性分ではなかった。努力する時間を割いてまで人付き合いをしようと思わなかった、というのもある。

 必要最低限の事務的な付き合いさえできていればそれでよかった。


 だが、こうして『輪』の中に入れられてみると……


(想像していた『輪』の中は、もっとうざったくて、面倒くさい、時間をとられるばかりのものだと思っていた。……けれどこうして受け入れられてみると……悪くない)


 ディは自分が、案外『人』を好きであることを発見する。


 だから、ふっと、思い出す。


(アーノルドも付き合うのにコツはいるけれど、そう悪いヤツではなかったな。……少し、時間をとって、話でもしてみるか。思えば戻ってきてからすげなくしすぎた気もする。悪いことをしてしまったかな)


 教会を率いて自分を異端審問にかけようとしたヤツだ──などというのは、ディの中で問題になっていなかった。

 ディはアーノルドにコキ使われていたけれど、別に、アーノルドのことを嫌っていない。というより、『好き』とか『嫌い』とか、そういう感情を向ける対象でさえなかった。ただの『人型の試練』であり、『努力のやりがい』でしかなかったのだ。

 思えばこれは、かなり失礼な人付き合いであったようにも感じられる。アーノルドは怒りっぽいヤツだが、その怒りっぽさの一因には、自分がきちんとアーノルドという人間に向き合えていなかったから、というのもあるかもしれないと、今なら思うのだ。


「ディ! うちのばあさんがお前にってよこしたモンがあるんだ、受け取ってくれや!」

「すまない。もらう理由が思いつかない」

「そう言うなって、ほらよ!」


 投げ渡される麻袋。

 開いてみれば、保存食である干し果実が詰まっている。


「……ありがとう」

「ああ、ばあさんに伝えとくぜ!」


 冒険者のノリというものに、まだまだなじめている気はしないが……


(『すまない。もらう理由が思いつかない』は少し間違った対応だったような気がする)


 努力以外眼中にない男が、ようやく、『人』を視野に入れ始めた。

 これは紛れもなく進歩、だが……


(ただ、こうやってもらい物が増えてしまうのはなんというか……困るな。俺は何も返せていないのに)


 まだまだ、人間関係初心者。

 人からの施しに、居心地の悪さを覚えてしまうのは、どうしようもない。

 努力の余地は、多そうだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?