「念願のコラボの打診が来たようですね」
ピカりの家のモニターには、ディたちからの
そこにはあまり書き手の人格がうかがえない、どこからか拾ったテンプレをそのまま流用しているような文章で、ピカりの再三のコラボ打診にスケジュールの問題で応じることが出来なかったことへのお詫び、ようやくスケジュールが確保出来たのでよろしければやりましょうという誘い、それから、コラボ配信のコンセプトの提案が書かれていた。
後ろから声をかけてくる
コラボというのは通常、『すでに流行しているゲームをみんなで一緒にやる』とか、『流行の歌を二人(あるいはそれ以上)で一緒に歌う』とか、互いのチャンネルの根幹コンセプトがそもそも被っている場合には、その根幹コンセプトに沿ったものをやるとか、そういうものだ。
ピカりもディもいわゆる
だが、今はDSが多すぎて、『じゃあ、ダンジョン攻略配信をしましょう』だけではコンセプトとして弱い。
向こうもそれは心得ているようで、提案されているコンセプトはダンジョン攻略で何をするか、というものだった。
まず、最近熱い『死亡遊戯』。
この『ダンジョンにひたすら籠り続ける』という単純な配信は、かつてゲーム実況などであった、『死にゲーに延々挑戦する様子を見せる』というものに近い。
見ている方も苦行だが、その代わりに達成出来た時の安心感がカタルシスになるというものだ。
当然ながら提案の一つはこの死亡遊戯動画で、ディは男性だが、ピカりも
ダンジョンというのは『死んだら死ぬ』場所ではあるので、これには死にゲー実況とは違う本物の緊張感が伴うけれど、ディという男がそばにいる安心感というのが視聴者から『今見ている彼女が死ぬかもしれない』という不安を取り除くようで、しかもコラボ、つまりパーティを組むとくれば、いつもより挑戦的な階層で死亡遊戯を行うことも出来るだろう。
次に、歌。
ピカりは新しい曲をディたちに提供しており、これはまだ発表されていない。
そこで奈々子に歌わせて、こっそりとご本人登場するというコンセプトの歌配信だ。
……奈々子がめちゃくちゃいいリアクションをするのがピカりにも見える。絶対にものすごくキレる。並みの配信者とのコラボであれば、奈々子のガチギレはただただ雰囲気を悪くするだけなのだが、ディの存在と、そしてピカりであれば、空気をどうにかして笑いに出来る。このコラボでしか出来ないものだし、昭和・平成という過去の時代にあったテンプレの一つであるので、今やるのは逆に新しいかもしれないとも思われる。
……そして、提示されたコンセプトのうち最後の一つが。
『ダンジョンを、最後まで行ってしまうというのは、いかがでしょうか』
「ふっ。ハッ。ハハッ。ハハハッ」
「楽しそうですね、ピカり様」
名無しの神が微笑んでいる。
背景を黒くしたモニターの中に映る、黒い男神を見て、ピカりはリクライニングに背を預けて、天井を仰いだ。
「……楽しいんじゃないはずなんだけどね。なんかもう、笑っちゃうよね。これ絶対真顔で言ってるよ。冗談でもなんでもなくって──ダンジョンを最後まで。誰も知らない、誰も見たことない、誰もやったことのない、『ダンジョン完全攻略』をしてしまおうって、書いてるよ。動画でうっすらわかってたけど、あの執事くん、本当にヤバいね」
「どうなさいます?」
「……別にさあ、ダンジョン踏破に興味ないっていうか──踏破したら、コンテンツとしての『天井』が見えちゃうんだよね。そりゃ、脅威であり続けるし、踏破階層まで行けるのは、世界でもそんなに人数いないでしょ。それでも……視聴者は『ああ、ダンジョンはここまでしかないのか』って、飽きちゃうと思うんだ。だから、ダンジョンの完全攻略は、出来てもしないのがいいんだよね」
「なるほど」
「……でもさ。──いいじゃん」
「……」
「ねぇジョン、あたし、長くないでしょ」
「そうですね」
「あたしさ、お金が欲しいんじゃないんだよね。名声っていうのも、『ついで』なんだ。あたしは──あたしの可能性を証明したい。さんざん否定された可能性を、実力を、あたし自身を、世界に轟かせたい」
「それは『名声』ではないのでしょうか?」
「違うよ。違うんだ。名声っていうのはもっと、チヤホヤされることでしょ。あたしが目指してるのは『偉人』なんだ。偉人はチヤホヤされない。される場合もあるけど、『普通に遺ってる』ものでしょ。世界が忘れない名前でしょ。……あたしは普通に遺りたい。知って欲しいわけじゃない。見て欲しいわけじゃない。『それが何をしたかはわからない人でも、その名前を知っている存在』──あたしは、それになりたい」
「……」
「最後に成し遂げた偉業が『ダンジョン完全踏破』って、絶対に歴史に遺るでしょ。──すげーいいじゃん」
「しかし、まともには攻略出来ませんよ」
「アンタが邪魔するから?」
「ええ。私は、あなたとディ様、この二つの大きな乱数をぶつけて、世界の完全を目指しますので」
「つまり、神様があたしの足を引っ張るわけだ」
「そうとも言えるかもしれません。ですが、事実として、私はあなたに多くの恩恵を与えてもいます」
「差し引きゼロってこと?」
「さて、定数化出来る概念ではないので、差し引きと言われましても、お答え出来ませんね」
「神様に力を与えられて、神様に足を引っ張られて、それでも夢を叶えたらさ。それはもう──言い訳の余地もないほど、『あたしの力』だよね」
「さあ?」
「……いいんだよ。最初からあたしは、『他人』がどう思うかはどうでも良かったんだ。あたしだけは、あたしを信じてた。あたしが信じるままに、あたしはやってる。その結果が他人に観測されて、今がある。最初から最後まで、自分を信じるのは自分だけ。だから、自分が信じられるなら、それでいい」
「理解し難いと申し上げましょう」
「他人を理解出来るわけねーだろ。他人は他人なんだから」
「……」
「
DMへの返事を書いていく。
答えはもちろん、快諾。
ただし──
「これは『コラボ』じゃなくて『対バン』だから。競争だよ、どっちが先にダンジョンを踏破して、『最奥』にたどり着くか」
名無しの神は、笑う。
「……では、私はあなたたちの『対バン』を盛り上げましょうか」
「……はぁ? どういうこと? アンタ、そんな積極的に配信に絡むヤツじゃないでしょ?」
「興が乗った、と申し上げましょう」
名無しの神は、ピカりを見ている。
ピカりは、背もたれの首筋を乗せるようにして、喉を天井にさらすようにしながら、真後ろの名無しの神を見ていた。
逆さまの景色の中で、黒い男神は笑っている。
「あなたたちの戦いは、世界の命運が懸かったものが望ましい。乱数は苦境でこそその振れ幅を大きくする。下振れか、上振れか。……多くの方々が、下振れしてきた。『いざ』となれば逃げ、恐れ、喚き、『こんなはずじゃなかった』と下振れしてきた。あなたは違うと信じておりますよ、ピカり様」
「へぇ。アンタ、やっぱ人を見る目ないんだ」
「どういう意味でしょう?」
「今まであたしを見て来たんでしょ? だったら『違うと信じておりますよ』じゃねーだろ。……あたしは違うんだよ。特別な才能を持ってるわけ。苦境でこそ輝くわけ。ずっとそうだったでしょ」
「……ふむ。やはり、あなたは特別面白い」
「そうかよ。どうも」
「その言葉が思い返した時に空言とならないような活躍を期待します」
「してやるから高評価入れとけよ」
かくして名無しの神の演出が加わり──
波乱のコラボが、開幕する。